257 いずこも同じ
胡麻団子を食べていたら、八足馬に胡乱な眼差しで見られた。
昼下がり。
庭弄りの一休みに、カナンは少し早めに摂った昼食時に作っておいた胡麻団子を緑茶と共にデッキテラスへ持ち出して堪能していた。
盆で胡麻団子を載せた小皿と湯呑、茶葉入り急須、小さめの湯入りポットをスクエアテーブルへ運び、庭が見える側の椅子に座って一息。
その時点まではイニレファスキの姿は見える範囲の何処にもいなかった。
ただ、居住区へ来ていたことは庭弄りを始める前に知っていた。
ルデウコヌウィとプルカネラの様子見に牧草地へ行ったら来ていたのだ。
歯のブラッシングを望むのであればカナンの間近に現れる。それが遠目で視線が合っても関心なさげに直ぐ逸らされてしまい、カナンに用はないのだろうと解釈して暫く存在を忘れていた。
それが、デッキテラスで椅子を引いて座る際、少しばかり顔を下向け、座って正面へ上げてみれば、誰も、何もいなかったテラスと庭を区切る格子柵の庭側に八足馬が忽然と現れていた。
何か用が出来たのかとカナンが見遣っても視線を合わせようとはせず、何故かじっとスクエアテーブルの上を凝視するばかり。
しかしそこにイニレファスキの関心を引くものはない筈で(胡麻団子は八足馬の大好物でも好物でもない)、訳が分からないと思うものの、見られながら食事をすることにストレスやプレッシャーを感じる質でもない為、そのまま食事を始めた。
すると、今度はカナンの手元に八足馬の視線が移り、感情の窺えなかった眼差しに心持ち色が載ったようで、益々不可解度が増したが、やはり理由に見当がつかず、流石にカナンも困惑を露わにせずにいられなかった。変わらず胡麻団子を頬張りつつではあったが。
カナンの胡麻団子はシンプル・オーソドックスなものだ。
ネットで拾ったレシピそのまま、特にアレンジもしていない。
材料は白玉粉、砂糖、こし餡、炒り胡麻(白)、水、植物油。
餡は作り置きのものをストレイジバッグから必要分だけ出して使用。
胡麻は白玉粉、砂糖、水を混ぜて一纏めにし、何個かに分けてボール状にした後に焙煎。
バットへ移して冷ましている間に生地に丸めた餡を包み、順次冷えた炒り胡麻の上へ転がして全体に満遍なくまぶす。
温度調整を精霊任せにした150℃程度の油に上記を入れ、適度に転がしながら浮き上がってくるのを待ち、色がついてきた後は「このくらいでいいか」とアバウトな判断で取り出して油を切る。
最後の上げ時はレシピによって「生地が透き通ったら」「多少膨らんだら」「香ばしい色になったら」など様々で判断に困り、他者の為に作るのではない、自分一人で食べるのだからと開き直って適当にしている。
あまりにも早過ぎる時には今は家妖精が茶々という助言をくれる為、生地の揚げが足りず失敗することはない。
失敗で一番多いらしい揚げている最中に破裂するということも、原因である餡の水分調整で家妖精の監修が入り、未然に防がれている。餡をしっかり生地で包み込めていない、といった初歩的な原因は数をこなして自力でどうにかした。
材料の内、白玉粉はゲーム当時はNPCの店で売っていた為、作ったことがなく、トリップ後は家妖精の中に知識のある者がいたことで何とか加工出来た。
ゲーム当時にその家妖精が[ホーム]で作ることをしていなかったのは、単純に契約主が要求しなかったからだそうだ。
小麦粉や蕎麦粉はカナンが言わずとも自主的に作っていた為、酒好き妖精が日本酒を作れないことと関連して米の加工知識がないのかとも思っていたが、そうでもなかったらしい。
考えてみれば小麦粉、蕎麦粉以外、例えばきな粉や片栗粉などもカナンが望まなければ作らなかった(カタクリに関しては、ジャガイモから作るのかと思えば自生していたカタクリの地下茎から作り上げ、少々驚いた覚えがある。すっかりリアルで定着していたジャガイモから作るものと思い込んでいたこともさることながら、[ホーム]にカタクリが生育していたことにもだ)。
[ホーム]内の植生はある程度管理者であるプレイヤーの裁量で自由に変更出来たが、カナンは海洋生物ほどには植物の自生に干渉していなかった。
食材や素材目的の植物は栽培で別途育てているからだ。
流石に海洋生物の養殖に手を出そうという気にはなれず(誰かに任せようと思うほどの拘りも量的な必要も考えられず)、食べたい魚介類の有無を[ホーム]情報で確認して、いない場合はオプションで追加可能になる度、増やしていった。
カタクリは白玉粉同様、片栗粉がNPCの店で売っていたことに加え、上記のようにジャガイモから作るものと思っていたことで、居住区で栽培しようと思いつきもしなかった。鑑賞用としてさえも。そのくらい馴染みのない存在だったのだ。
それが使うのはカナン一人とはいえ、安定してそれなりの量を確保出来るだけの数が自生しているとは。良い意味での予想外だった。
胡麻と言えば、カナンは地球にいた時、炒り胡麻は硬い皮に覆われている為、飲み込む前に良く噛み潰していないと胃で消化されず栄養にならないという話を真に受け、すり胡麻ばかりを食べていた時期がある(更には小さな胡麻をしっかり噛み潰すことなど出来はしないから、すり胡麻以外を食べるのは無意味とまで断言しているサイトがあったが、流石にそれには懐疑的になった)。
後に、それは生の胡麻との混同であり、焙煎された胡麻は種皮が破壊されたことで消化され易くなっている、手もみで簡単に砕けた、といった画像付きの情報を得て拘りはなくなった。
炒り胡麻よりすり胡麻やペーストの方が消化効率が良いことは確からしいが、反動といおうか、良く調べもせずに鵜呑みにした恥ずかしい己を誤魔化す為と言おうか(誰にでもなく自分自身に対して)、以降は栄養がどうとは気にしなくなった。
*
「俺が一日三回五年通しで胡麻団子食べ続けると走ってる馬に追いつけるようになるんだぞ~って教えたからだろうなあ。ついさっき」
あからさまに面白がっています、という満面の笑みを浮かべて愉快犯が顕現したのはカナンが二つ目の胡麻団子に箸をつけた時だった。
「……………」
直ぐに反応するのも癪で、頭上に現れ視界に入っていないのをこれ幸い、構わず黙々とカナンは胡麻団子に噛み付き、一部を口内へ移して咀嚼する。
「まー、胡麻団子っても祷の食べてるのとは似ても似つかないもんらしいけど」
ただ、カナンのその反応も予測済だったのだろう(最初の顕現位置を自在に決められるとは聞いていないが、現れた直後に不本意を主張したところを見たことがない)、気にすることなくマイペースにジョシュアは話を続ける。
「まず白玉粉使ってないし。使うのは胡麻だけで、炒って粉にして白蜜で団子にするらしいよ。でもって元ネタは道教関係だから真偽のほどは推して知るべし? あ、白蜜ってのは蜂蜜のことな」
蜂蜜を使うのなら胡麻"だけ"ではないだろう、という揚げ足取りは頭の中でだけ。
気になることが脳裏を過り、無視し切れずにカナンは目線を己の額よりやや上方へ向けた。ジョシュアが上体を倒してカナンの顔を覗き込むような体勢を取っていたからだ。
「芝麻球のことじゃないのね」
芝麻球は中華料理の点心の一種で、まま胡麻団子だ。
胡麻餡を水と胡麻油を加えた白玉粉で包む(餡には小豆や蓮の実などヴァリエーションがあるらしい)。
根拠もなく、最初の馬に追いつける云々の段階で故郷の逸話というより某国っぽいと思ったものの、次いで白玉粉を使わないと言われて見当違いに内心で勝手にバツが悪くなり、しかし道教に絡むと続けられてそこまで外れた直観でもなかったのかと容易く浮上した己のチョロさを言葉に出すことで誤魔化さずにいられなかった、というのがカナンの内実で、無視し切れなかったのはジョシュアの話をというより、そうした内心を見透かしているだろうジョシュア自身をだった。
共有域から覗いたのであれ自前の所謂リアルスキルで察したのであれ、さぞ面白がっているだろうと上目遣いに見たジョシュアの表情は予想していたようなニヤニヤ笑いではなかったが、充分に愉快がっていると窺い知れる無意味無駄ににこやかな笑顔だった。
「どーだろーねー。そっちの起源知んないし」
それを言われるとカナンも知らないので肯定も否定もしようがない。
ともあれ、イニレファスキの胡乱な眼差しの意味は分かった。
あれは、何の変哲もない胡麻団子を食べ続けたくらいで己に追いつけるようになるのか、という猜疑の目だ。
通常の馬であれば魔法でどうにかなる気もしないではないが、全力の霊獣の相手は流石に無理だろう。少なくともカナンには。
通常の馬でも素の足で追いつけるようになるとは思わない(「思えない」ではなく「思わない」。地球でだろうとこの世界でだろうと胡麻団子は胡麻団子。特にここでは魔法で詳細が知れる。胡麻団子に〔解析〕を使ったことなど一度としてなかったが、ジョシュアの話を聞いた直後に条件反射的に掛けてしまっていた。結果は言うまでもない)。
「おまけの話もすると、二年食べ続けると白髪が黒くなるんだってさー。こっちはちょっと軽率な気もするけど、当時の人がホントに実行したのかも、実行した結果も分かんないから俺の主観なー」
軽率というのは、「馬に追いつける」というのは渇望して試す者は中々にいなさそうだが、「白髪が黒くなる」は切望して縋る者がそれなりにいそうだからか。
カナン達がいた時代にも氾濫していた健康食品や健康情報の類いは、何千という単位の昔から存在していたというわけだ。
…………今更かもしれない。
「蜂蜜入りの胡麻ペーストならふつーに俺達の時代にもあったけど」
「…………胡麻ジャムなら覚えがあるよ」
蜂蜜が入っていたかどうかまでは覚えがないが。
「似たようなもん? でも白蜜で~ってのは「団子にして」って書かれてるらしいからやっぱ別モン?」
「……」
片鱗に触れたジョシュアでも知らないことを全く触れたことのないカナンが知っている筈もない。
ただの言葉遊びだろうとは思うものの、これ以上は続ける気になれず、カナンは胡麻団子の堪能に専念することにした。
八足馬はどうにも気になるのか、カナンが皿に載せてきた四つ全部を食べ終わるまでじっと見続け、最後の一欠片が彼女の口の中へ消えた瞬間、踵を返して牧草地へと駆けて行った。
* * *
「馬に追いつくという話はないが、髪に関しては似たような迷信が<向こう>にもある」
家妖精の依頼を果たしにやって来たアウレリウスは、先日のイニレファスキの挙動と胡麻団子の話を聞いて、苦笑しながらそのようなことを言ってきた。
依頼内容は例によって新酒の試飲。
今回の酒の原料は?――――捻りなく胡麻だ。
胡麻の酒というと焼酎くらいしか思いつかないとジョシュアは言っていたが(カナンはそれ以前、胡麻の酒があること自体知らなかった)、日本酒の作れない家妖精が作ったのだ、当然ながら?焼酎ではない。
ゲーム特有の高糖度な変異胡麻を地道に溜めて(カナンが。これはこれで家妖精からの依頼を受け、ストレイジバッグに何年もかけて酒に出来る量を溜めてきたのだ。[ホーム]の変異胡麻は品種改良では生み出せない。地球のリアルは知らない)作られた醸造酒と蒸留酒だ。
イニレファスキの話は肴として出した、甘い餡の代わりに肉とチーズをそれぞれ詰めた甘くない胡麻団子からあの場にもいた精霊が思い出して言及し、詳細まで語る気がない様子にカナンが話を継ぐことになった。
アウレリウスからの要求は特になかったが、隠すことでなし、話題の一つとして利用することにしたのだ。
「似たような、ですか」
デッキテラスでアウレリウスの正面に座ったカナンは、あの時と同じように自分用に持ってきた急須で湯呑に緑茶を入れ、一口喉に通してからアウレリウスの言葉の一部を復唱した。
「ああ、<向こう>は白髪を黒くするのではなく「髪を太くする」と言われている」
「はぁ……」
髪の悩みとしては有り勝ちで、他に返しようもなくカナンは気の抜けた応えを漏らす。
先に「迷信」と言われてしまっている以上、今更真偽確認のしようもない地球での話と違って効果はないのだろう。ならば敢えて明らかにしたい疑問も湧いてこない。
どれほどの量を食べるように言われているのかなども、澱や魔力バランスに影響があるのでもなければ知る必要はない。
何処か揶揄と苦笑の混じった表情のアウレリウスから、深刻事でないことも窺える。
「太くするってのは俺達の故郷でもあったぞー」
不意に割り込んできた声は言わずもがな。
あの時と同じようにカナンの頭上にいつの間にか浮いていた。
「……そうなの?」
「例の話を知った時にネットで検索かけたらそういうキーワード候補が出て来たんだよなあ。要は胡麻は育毛にいいって観点?」
「そうした意味でなら、俺が知らないだけで<向こう>でも白髪を黒くするという主張が何処かしらにあるのかもしれんな」
本当に真面目に取り合うことではないのか(少なくとも<あちら>では)、ジョシュアに同調するアウレリウスの口調は何処までも軽い。
これが迷信が原因で胡麻の野生種が絶滅寸前ということにでもなっていれば、また語調も表情も一変していたのだろうが、この調子では栽培種だけで完結しているのだろう。




