027
旺伝、ラストラッシュ、山父の三人は密閉空間で会話をしていたので、喉が渇いてきた。しかも将来に関わる重要な事を喋っていたので、尚更である。
「それにしても喉が渇いてきましたね」
ラストラッシュは暑そうに麦わら帽子を扇いで、自身の体に風を送り込んでいた。
「こんな真夏なんだから喉の一つや二つ渇くに決まってるだろ」
旺伝も同じ気分の様だ。チラチラと横目で山父を見て「お茶の一杯ぐらい出しやがれ」という念を送り続けている。すると、そんな念が届いたのか、山父が立ち上がった。
「気が利かなくて済まんな。ちょっくらお茶出してくるぜ」
「ああそうそう山父さん。ついでにお土産を渡しておきます。玖雅さん例のアレを」
「オーケーだ。やっと渡せるぜ」
旺伝はそう言うと、首にぶらさげていた虫かごを山父に渡した。すると、山父は満面の笑みを浮かべながらそれを受け取るのだ。
「すげえ、オイラの大好きな虫がいっぱい入ってやがるじゃねえか!」
それこそ少年のように喜びの声を上げる山父だ。それを見ていると、旺伝も触れしくなって、なんだかほろ苦い気持ちになる。
「虫が好きって、随分と変わってるな」
「まあまあその話しはお茶を出し終わってからするぜ」
山父は奥の部屋に行くと、しばらくしてから三人分のお茶をコップに入れて持って来た。旺伝はそれに感謝の気持ちを抱きながらコップを持つと、なんとキンキンに冷えていたのだ。こんな山奥にガスも電気も通っている筈もなく、ましてや科学嫌いの山父が冷蔵庫を持っている筈もない。そう不思議に思った旺伝は首を傾げる。
「冷蔵庫も無いのに、なんでキンキンに冷えてるんだ?」
「そりゃおめえ。自然の冷蔵庫を使っているからさ」
「自然の冷蔵庫?」
「洞窟ですよ」
横からラストラッシュが正座でお茶を飲みながら言ってきた。
「洞窟って……こんな山奥に洞窟があるのか!」
「山奥だからこそだぜ」
そうだというのだ。
「山父様は洞窟に食料や飲み物を保管しているのです」
「自給自足の生活には必要な必需品だぜ。洞窟は」
そうとまで言い切るのだ。この山父は。
「山奥で自給自足……なんと素晴らしい響きでしょう」
ラストラッシュは何故か感銘していた。
「ちょい待て。山奥で生活するなんてどうかしてるぜ」
科学と魔法の世界に慣れ親しんだ旺伝は今更科学も魔法も捨ててまで自給自足の生活をしたくないと口にした。人間は便利に慣れ過ぎると本能が低下してしまうのだが。
「何故ですか?」
「俺の弟が中学の裏山にログハウス建てて暮らしてるんだけどさ」
旺伝は唐突にとんでもないことを言い始めた。実の弟が山暮らしをしていると言うのだ。しかも中学校の裏山で。
「玖雅さんの弟ですか」
「名前が聖人っていう中防なんだけどよ……電気代とかガス代とか水道代とか家賃とか……その他諸々の生活費を払うのがもったいないっていうからログハウス建てて住み始めたのさ。一度生活っぷりを覗いてみたが、あれはもう原始人の領域だったぜ。川に潜って魚をわしづかみにしたり、畑を作って野菜を育ててやがった」
そこまでだというのだ。
「中学生のくせに行動力がある奴だな。その聖人って奴は」
「あいつは野生本能だけで生きてるような輩だからな」
兄貴にそこまで言われればおしまいである。
「そそられます……一度会ってみたいですね」
確かに、ラストラッシュはそう言っていた。会ってみたいのだと。
「聖人にか?」
「ええ。本能だけで生きている人間なんてこの時代にはいないですからね。滅多に」
「そうなんだよ。あいつは本能だけだから料理も出来やしない。捕まえた魚は焚火で焼いて丸かじりだぜ。今時どこにそんな中学生がいるって話だ」
「オイラと同じ匂いがするな」
山父も話しを聞いているうちに興味を示し始めたようだ。玖雅聖人という人間に。
「で、山父はここでどんな暮らしをしてるんだ?」
「オイラも弟さんと似たような暮らしさ。畑で野菜を収穫したり川で魚を獲ったり、五右衛門風呂用に木を切ったり、これがまた楽しいんだぜ」
自然の中で生活していると、生き物本来が持っている野生本能が目覚めていく。聖人や山父の暮らしは便利な世界で植え付けられた理性という名のリミッターを解除して、伸び伸びとした自由に溢れる暮らしである。




