025
山父様との対話は始まったばかりだ。旺伝は厳しい表情を見せながら、口々に相談事をぶつける。
「さっそくだが本題に入らせてくれ。昔、あんたは東日本に行ったことがあると聞いたのだが」
そのためにここに来たのだと言うようにして、旺伝は真剣な表情で尋ねていた。
「てやんでい、誰に聞いたんだよ」
山父という男は警戒心の針を出している。初対面の相手なのだから無理も無いだろう。ここは、流暢に言葉を交わして信用を勝ち取らねばならない。
「隣の金髪モヒカン野郎に」
そう言うと、旺伝は親指を立ててラストラッシュに向けた。
「お前さんがそう言ったのか」
「ええ」
ラストラッシュは短く頷く。
「確かにオイラは東日本に行ったことがある……だが、それは百年も昔だ」
「百年前と言うと、第三次世界大戦が始まる前か」
韓国と日本に決定的な亀裂が生じて、そこから世界大戦にまで発展したのだ。その第三次世界大戦は百年前に起きた話である。ようするに、山父は核戦争で崩壊する前の東日本にしか言ったことが無いらしい。
「あの戦争で仲間の妖怪を大勢失った……。そりゃあ悲しかったぜ」
「そうか。悪いな、そんな辛い事を思い出させてしまって」
素直に5度ほど顔を下げて、謝る旺伝だった。
「良いってことよ。もう昔の話しだべ」
「核戦争後の東日本には行ったことないのか?」
「行ったことないな。行きたいって気持ちは重々あるんだが……オイラはここから離れたくないのさ」
この山父は自然を愛し、山を愛する妖怪だった。こういう自然を愛する心を持った山父族は珍しい。ほとんどの山父は人間に噛みついたり、耳元で大声を出して鼓膜を破ったりと凶暴な性格がほとんどなのだが、中にはこういう心優しい山父も存在する。それが、この男だった。
「なんだ、行ったことないのか」
旺伝の中に落胆に似た感情が芽生える。
「ああ、すまねえな。お前さんの力にはなりそうもねえ」
すると、山父は旺伝の悩み事を知っているかのように、喋っていた。それを不思議に感じた旺伝は、こう言った。
「? 俺は相談内容は言っていないが」
「分かるのさ。オイラには」
分かるのだというのだ。山父には。
「山父様には不思議な能力が宿っているのです」
隣で背筋を伸ばして立っていたラストラッシュが口をはさむ。
「まさか、能力者なのか」
「そうだぜい。オイラには予知能力があるのさ」
恢飢や悪魔だけではない、妖怪にも能力者がいる。山父もその一人らしい。興味を持った旺伝は、更に話を進めようとする。
「予知能力か。どれぐらいの的中率なんだ?」
「そいつは運命力によるな」
山路は丁寧に説明していた。
「運命力だと?」
「いいか。予知ってのはあくまで推測と可能性の話しだ。当たる場合もあれば外れる場合もある。それを運命力で補うことが出来るのさ」
占いもそうだ。必ず当たる占いは存在しない。当たるか外れるかは、その人が生まれながらに持っている運命力に左右されるのだ。
「俺の運命力が強ければ予言は当たると?」
「そうじゃない。決められた運命を自分の手で決めれるのさ」
「つまり、選択権が与えられるという事か」
「そうだぜい。オイラは、近い将来お前さんの身に起きるであろう出来事を問題に出す。それをどう答えるかは自分次第ってことさ」
運命力が強いものは答えを選ぶことが出来る。それは古今東西で共通して言えることだ。神話でも童話でも、必ず主人公は預言者の出す問いに、自らの意志を持って答えていた。
「ということは、今から出すお前の問いは、的中するのか」
「ああ、問いは百発百中だぜい。答えをどうするかはお前さん次第だが」
どうやら、学校のテストと同じようなもののようだ。
「分かった。将来、俺の身に何があるか教えてくれ」
旺伝は決意を固めて、山父の予言を受けることにしたのだった。




