019
翌朝、玖雅旺伝は拉致された。朝起きた後、いつものように精神安定剤を飲んでいると、突如、ドアを蹴破られて複数の男に乱暴された挙句、気絶させられて車の中に押し込まれた。そして、目が覚めると、見覚えのある顔が大接近していた。互いの鼻と鼻がチョンと触れ合う程度の距離で。
「おはようございます」
紛れもない。トリプルディー・ラストラッシュだ。なるべく、関わりになりたくないのだが、こんな形で会う事になるとは想定外だった。
「うわああ!」
吃驚して声を上げながら、無我夢中で飛び起きた。
「おや、そんなに吃驚しなくても良いでしょうに」
見ると、ラストラッシュは漆黒のスーツを着ていた。まるで、普通のサラリーマンのように。旺伝は不思議に思って辺りを見回すと、ここはドラマやアニメなどで見かける大会議室だった。横を振り向くと、巨大な窓があり、そこからまるで蟻のように小さくなった人々が見える。
「なんだ……ここ!」
「私の会社です」
ラストラッシュは微笑んで、そう言うのだ。
「会社だって!」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまう。ラストラッシュが会社の取締役だったなんて知らなかったし、あまりにも予想外だったからだ。
「はい。私は社長という身分の通りなにかと忙しいので、部下に頼んで貴方を連れてきてもらいました」
手を差し出されたので、旺伝はその手を掴んで立ち上がった。
「もしかして、また盗賊の勧誘か。あれは断った筈だぞ」
「いえ、そうではありません」
静かに首を横に振っていた。
「それじゃ、俺を拉致した理由は何だよ」
「あら、もう忘れたのですか? 昨日約束したでしょう」
ラストラッシュは昨日の出来事を話題に上げていた。昨日したことと言えば、ラストラッシュ、友奈と一緒に花火をしたことぐらいである。その間に特別、約束を交わした覚えはない。
「約束なんかしたか?」
「契約金の半分を私に差し出すと、言ったではありませんか」
「バカ野郎。あいつを取り逃がしたから契約はパーになったよ」
旺伝はぶっきらぼうに答えていた。
「それで、実際に契約金はいくらでした?」
「500万だったな」
「ということは、250万の借金ですか」
「借金!」
声を荒げてしまった。この眼前の男がとんでもない事を言い始めるからだ。
「生活費に困っている貴方が、到底支払える額とは思えません。故に借金です」
「ちょい待て! 昨日の契約は無かったことにならないのか?」
「なりません。ボイスレコーダーにもほら」
すると、ボイスレコーダーから旺伝とラストラッシュの交わした契約の内容が漏れ聞こえてきた。どうやら内緒で録音していたらしい。
「い、何時の間に……」
「私は準備の鬼ですよ。ボイスレコーダーぐらい持っています。持っているのだから、使わないと損です」
そう言って、ボイスレコーダーをスーツのポケットにしまっていた。
「ちくしょう、ハメられたか」
「さあ、250万円を用意してもらいましょうか」
「だから、俺は金が無いんだって」
必死に説明していた。金の無い自分に不甲斐なさを感じながら。
「為らば、働いて返してもらいましょうか」
「働く?」
「はい。私の会社で雇ってあげますよ」
「お前の会社で……俺が働くのか?」
「はい。言っておきますが、私の会社は大企業なので大卒しか雇っていません。高校中退の貴方がそもそも就職出来るレベルの会社じゃないのですよ」
相当自分の会社に自信があるようだ。自らの会社を大企業だと言っている。
「それは強制か?」
「嫌なら体で支払ってもらいますが」
「どういう意味だよ!」
「盗賊になるか私の会社で働くか、その二択という事です」
ラストラッシュは選べと言っていた。どちらになるかを。
「……分かったよ。お前の会社で働けばいいんだな?」
「その言葉をお待ちしておりました」
「言っとくが、借金返済までだからな。俺は縛られる事が嫌いなんだよ」
そう、大企業だろうが中小企業だろうが関係なく、正社員という名の縄で縛られることを嫌っているというのだ。この旺伝は。
「それでは、短期間ですがよろしくお願いしますよ」
「で、何をするんだ?」
「そうですね……私の世話係になってもらいましょうか。丁度秘書を募集いていたので丁度いい機会です」
そう、旺伝を秘書として雇うのだと言うのだった。