第九話 荒野の4人Ⅰ
モニの村から北の山、鉱山である山道はくにゃくにゃに曲がっている。道はそれほど整備されているわけでなく砂利道が続いていた。
デミは夜の山の中を歩いていた。通りすがる人などはいない、時折野生動物やヴァンパイアがうろついているのを見かけた。動物はデミを見ると逃げていったがヴァンパイアはデミを全く気に止めずに歩いていた。倒しておきたいところだがこんなところでヴァンパイアと戦い始めたらきりがないであろう。デミもヴァンパイアを無視して先に進むことにした。
「山は下ったのかな?」
道は既に平坦になっていた、登ってきた山が後方に見えている。ここは荒野のようだった、木は一本も生えていない、わずかに茂みがあるくらいである。
気になることがひとつあった、ヴァンパイアの数が多い。先ほどの山の中よりも数が多かった。1~2分も歩いていれば1体は目撃するくらいである。
ヴァンパイアが多い理由はすぐにわかった、所々に地面に穴があいてある。大きさはバラバラだがヴァンパイアが隠れるほどの大きさも数多くあった、この荒野は小さなヴァンパイアスポットがいくつもありそれらが巨大なヴァンパイアスポットを形成していた。
歩き続けて東から日が見えてくる頃に建物がいくつか見えてきた、しかし村にはヴァンパイアよけの壁がない。周りにヴァンパイアスポットがあるナーカの村は頑丈な壁に覆われていたがここはヴァンパイアスポットが目の前にしてはあまりに無防備だった。
「あれがキール?ギルドの本拠地にしては小さいし無用心だし・・・」
ともかくキールならシキが知らせを送っているはずだ。とにかく入ってみよう。
あ、あれ・・・
デミは村に入ってみたが住民はデミを見るといっせいに建物の中に隠れてしまった。おかしい、いやデミは薄々気付いていたのだがここはキールなんかじゃない。どこか別の村だ。
そういえばウノが「迷わないように注意しろ」と言っていたような気がする、本当に迷ってしまっていたようだ。
「あの、すいませーん、場所をお伺いしたいのですが・・・」
反応がない、完全にデミを怖がっているようだった。呼びかけをしばらく続けているとある家の扉が開いた、結構立派な家だ。中から杖をついている老人と槍を構えている若者が出てきた。この村のお偉いさんだろうか。
「何者じゃ、何用じゃ」
老人は話しかけてきた、よかった話が出来そうだ。
「あの、キールに向かいたいのですがどこに行けば・・・」
「キール?キールならここから北東にいったところだ」
デミが出発したモニの村からキールは真北である、どうやら道を西にそれてしまったようだ。
「一応キールはそこに向かえば良いのじゃが・・・」
老人はひと呼吸入れると
「しかしこの村に土足で踏み込む、しかもお前のような得体の知れない者をのこのこ通らせるわけには行かない」
デミの予想は外れた、話など出来そうにない、そして「得体の知れない」という言葉がデミの心に刺さった。自覚はしていたが直接言われると深く傷つくものだった。
「どうしてもキールに向かいたいのです。どうか通ししてくれませんか」
「そういうわけにはいかない、それにここを無断で踏み込んだ罰もある」
話の雲行きはどんどん悪い方向になっていった、もういっそ山まで引き返して進もうか。そんなことを考えていると先程から老人の横にいた若者が老人に耳打ちをする。老人は何度か頷くと口を開いた。
「うむ、お前が何者かは知らぬがひとつ頼み事をしよう」
「頼みごと?」
「わしの村の周辺にはお前が見たとおり荒野になっておる、その荒野なのじゃが盗賊が徘徊しておるのだ。その盗賊どもをひとり残らず殺すことができれば村を通してやるし無断で来たことも許してやろう」
話によればこの村は地形や土地柄どうしても孤立しやすい場所だという、周りがあなぼこの荒野で商人も訪れにくいのだ。その荒野に4人の盗賊がうろつくようになりこの村には誰もやってこなくなってしまいこの村は貧しい生活を余儀なくされているとデミは聞いた。
もうすでに日は高い。別に村を通らなくても来た道を引き返せばキールにつく、この村の人たちはどう考えても通してくれなさそうだし盗賊相手とはいえ人間相手に暴力は振りたくない。デミは村の近くの穴に入り日が暮れるまで眠ることにした、ヴァンパイアが1体同席していたがデミには興味がないようなので無視することにした。いたるところでヴァンパイアスポットがあるここでヴァンパイアと戦い始めたら一体何日何年かかるだろうか想像はしたくはない。
夜が来てデミは行動をはじめる。一緒にいたヴァンパイアはどこかに去っていった。盗賊は商人を狙っているという、ヴァンパイアが出るこのご時世に夜出歩く人はいないので盗賊は昼間に活動しているはずだ。恐らく夜はどこかの穴にある根城にいるはずである、デミはモニの山に戻るために歩き始めた。
ヒュンッ
どこかから何かが飛んでくる音がした、デミは咄嗟に避ける。飛んできたものはデミのいた地面に突き刺さった。
「矢!?」
刺さっていたのは一本の矢、盗賊の矢だろうか。盗賊たちに気がつかれてしまったようだ。
「囲め!」
男の声が辺りに響き渡ると矢の飛んできた方角から4人の影が見えた。距離があったがデミには見えた、矢を飛ばしてきたのはデミよりも少しだけ年上の女性、残りは男で大男と長身の男、そして眼鏡をかけたデミ同じくらいの年の少年だった。間違いない、この人たちが噂の盗賊だ。でも何故夜にこんな所にいるのだろうか、辺りには明かりなどなく盗賊の居城らしき場所ではない。商人を襲うには時間がおかしい、この時間帯は商人などいるはずもなく変わりにヴァンパイアがうろついているだけだ。
盗賊たちはデミを囲んでいた。少年が合図らしき素振りをすると大男が身の丈ほどもある太刀をデミに振りかざしてくる。デミは後ろに飛んだ、あんなのをまともに食らってしまったらいくらデミでも命の保証はできない。
大男に気を取られていると後ろから長身の男が槍を突き刺しに来た。それを横にかわして難を逃れるがその場所に女が弓を居ってきた。盗賊の連携がきいている、デミがいいようにされているような気がした。
防戦一方のさなかデミは長身の男の槍が気になった。男の持っている槍はそれぞれの柄の先に刃がついていた、片方には普通の鉄の刃、もう片方の先端には太陽石を加工したものだ。ヴァンパイアとの戦闘を意識しているように見える。
大男と槍使いが前線に出て女が狙撃、少年は遠くから手で指示を出す陣形が見て取れた。盗賊たちはほとんど口にしていない、無言に近い戦闘が始まっていた。デミは予想以上のチームワークに時間稼ぎしかできていない、時間が経ってしまえば人数と体力のある盗賊たちの方が有利である。デミは心の底で焦っていた。
どこかに逃げようとデミは引こうとしたその時ヴァンパイアが2体突然現れ始めた。人間を見て、あるいは仲間がやられているのを見て飛びかかってきたのだろう。
大男はヴァンパイアを見るとそのヴァンパイアに斬りかかった、デミももう一体のヴァンパイアの腕を掴むとそのまま噛み付いた。大男の切ったヴァンパイアは真っ二つに切れそれでいてまだうごめいている、デミの噛み付いたヴァンパイアは例によって破裂した。
「ヴァンパイアがヴァンパイアに噛み付いた?」
槍の男がデミをじろりと睨む。
「な、なに?」
盗賊たちの様子が変わる。
「はっはっは、俺たちが盗賊ねぇ」
盗賊、もといフリーのヴァンパイアハンターである根城にデミはいた。大柄な男であるバロックはデミの話を聞くと大きく笑い出した。
「パパ、笑っている場合じゃないと思うけど、アレバの村からそう思われているなんて」
紅一点であるカノンがため息をつきながら言っている。
槍使いボレロは腕組みをしながら椅子に座りデミを鋭い視線で睨みつけている。最年少であるロンドは本を読んでいた。
この4人は保安官でもなければギルドのメンバーでもない、もともとはバロックが個人的にヴァンパイアを狩るようになった。デミを襲ったのは金品目当てではなくヴァンパイアと認識したからである。
バロックはここから遠い場所に妻と娘の3人で暮らしていた、職業は麻薬のバイヤーだった。妻とは客として出会いやがて恋に落ち結婚した。娘が生まれたが娘が5歳の時に妻が亡くなった、麻薬のせいであった。それでもバロックはバイヤーを続けていた、それしか稼ぐ宛がなかったのである。バロックはこの仕事を娘には教えることができなかった、とてもじゃないが誇れる仕事ではない。バロックは娘には配達員と伝え仕事をしていた。
娘が12になった時にバロックは娘に仕事を打ち明ける決意をする。その日、バロックは仕事に娘を同行させた。しかし不幸なことにその夜の町にヴァンパイアが1体紛れてしまった、最悪なことに保安官の警備の目を掻い潜ってしまったようで鐘が鳴ることもなかった。夜を出歩く人は少なく必然的にヴァンパイアはバロック親子の前に現れる。バロックは娘を逃がして自分は少しでも時間を稼ごうと護身用に持っていたナイフで応戦したがヴァンパイア相手に素人がかなうはずもなかった、隙をつかれて噛み付かれそうになる。
そのとき後ろから娘がバロックの背中を押した。娘は逃げてなどいなく物陰から様子を見ていたのである、そしてその直後に娘はヴァンパイアに噛まれた。ヴァンパイアは満足したのか夜の闇に消えていく。バロックはそのまま心に穴があいたように動かなくなった。
やがて娘がヴァンパイアとして起き上がるとバロックを襲うこともなく夜の町を歩いていく、それからしばらくたつとヴァンパイア襲来を知らせる鐘の音がなった。
バロックはその音を聞くと我に返り娘を探し始めた。どれだけ探しただろうか、やがて「この町に紛れた“2体の”ヴァンパイアは無事に退治した」との知らせが広まる。バロックは再び動かなくなった。
それからバロックはヴァンパイアが許せなくなった。責任転嫁にも程があるのはわかっていたがそう考えないと自我が持たなかった。保安官やギルドに入る手もあったがバロックは組織に頼らずに自分の力でヴァンパイアを根絶したかった。ギルドの武器庫に忍び込んで大太刀を手に入れるとそれを使ってヴァンパイアを自分の思うままに退治し始めた。
その生活を数年していたある時、ヴァンパイアに壊滅された村があるとの情報を聞いてバロックはそこのヴァンパイアを一掃するべく村に向かった。村であらかたのヴァンパイアを退治すると物陰から子供が出てきたのである。ヴァンパイアとなった娘と同じくらいの年であり重なるところがあったバロックはその子供を育てることにした。カノンと名乗ったその子供はやがてバロックを「パパ」と呼ぶようになり自分もヴァンパイアを倒したいというようになった。バロックは乗り気でなかったが結局負けてカノンにもヴァンパイア退治をさせるようになった。弓を使わせたのはカノンにヴァンパイアを近づけないためである。
バロックがヴァンパイアを狩るようになって結構な時間がかかりそのあいだにヴァンパイアに対する研究も進んでいった。バロックの大太刀戦法が時代遅れになっていき応急処置としてカノンの扱う矢の先に太陽石をつけたがそれでもまだまだ知識が足りなかった。カノンは知識人をスカウトすることを提案した、バロックはもともと一人でヴァンパイアを狩る気だったのだがカノンの頼みだったため知識人を求めてヴァンパイアの研究の進むキショーに向かった。キショーの大学は国立のためほとんどの専門家が保安官に研究成果を提供する。
しかしそんな保安官が気に食わずにギルドに協力することを決める学生も存在した、ロンドもその一人であった。
ロンドはヴァンパイアの行動に関するエキスパートであり子供ながら大学を飛び級しており今年卒業予定だった。ロンドはギルドに入りたかったのだが保安部から強烈な圧力がありギルドもそれを妨害する行動をとっていた。ロンドはやがて妨害行動をとるギルドにも愛想をつかし自分がどうするか悩んでいたところカノンが声をかけてきた。保安官でもギルドでもない集団はロンドの悩みを解決する手段でありロンドはカノンの誘いに乗った。
新たな仲間を加えて行動していたバロックたちがヴァンパイアに襲われているという村に向かうとその村でひとり槍を振るう男がいた。その男ボレロは殺し屋でこの村に来訪中である保安官の要人を殺すように依頼されたがヴァンパイアが集団で襲来してきたためそれどころではなくなってしまったのだという。4人は協力してヴァンパイアを退けると腕を見込んだバロックが仲間にしようとボレロに声をかけた。まさか自分が仲間を欲しがるなんて思っていなかった。カノンとロンドの影響が出たのかもしれない。ボレロは一旦断ったが押しに負けて仲間になった。
4人はアレバの村の周囲に広がる荒野を拠点にした。ヴァンパイアが大量にいる割には保安官もギルドもいないからである。バロックはこの村を守ることを決意し荒野に定住した。
「あの村はアレバだ、歴代の村長がアレバという名前を代々襲名していてな、まるで別の国みたいな村だ」
バロックはこの荒野にきた経緯をデミに話すとアレバの話題に切り替えた。
「でも今はアレバの村を守るためにここに居るのですよね?なぜ村の中にいないのですか?そのほうが効率いいような気がしますが」
「あの村は閉鎖的すぎるのだよ」
ロンドが突然会話に入ってきた。いつの間にか彼は本に栞を挿みそれを腕に抱えていた。背表紙には“ヴァンパイアの記録報告書Ⅴ”と書かれていた。どうやらデミのことを調べていたようだ。著者は“イリバ・ファス”と書かれている。
「君も見たと思いますがアレバの荒野はチーズのように穴だらけです。とてもじゃありませんが馬車は通ることができない、訪れる人も少ないし陸の孤島となっていきました」
今までデミのことを睨んでいたボレロはロンドにつられたのかついに口を開く。
「人というものは不思議なものだ、隔離されれば隔離されるほどに隔離されたくなる。あいつらもそんなもんだ」
「この世は不思議でいっぱいね、あなたみたいに」
カノンは意味ありげにデミを見つめた。
「まあ、そういう訳で閉鎖的なアレバの住人たちによそ者の俺たちが入る隙間はなかった。しょうがねえからこの荒野で村を守ってやってんのさ、盗賊と思われているとは思わなかったが」
陸の孤島であるアレバは閉鎖的な社会だった。商人も限られた者しか村に入ることができなかった。陸の孤島は情報も限られたものしか入らずヴァンパイアがまわりの荒野に住み着いてもその驚異に気づくものがいなかった。ヴァンパイアだらけの荒野に商人たちは恐れて逃げていき村は自給自足の貧しい生活を余儀なくされた。保安官は門前払いにされてしまいギルドは最初からこの村を守ることを諦めていた。バロックたちはそれを聞きつけてここに定住したのである。もっとも村の中ではなく村の外だが・・・
あるときアレバの住人が荒野をうろつくバロックたちを見かける。「村に商人がやってこないのはあいつらのせいだ」アレバの人たちはそう思ったのだろう。
「やる気がなくなるね」
ロンドがメガネを上げながら言葉を漏らす。
「だがそれでも俺たちのやることは変わらない、俺たちがいなくなればアレバの村はたちまちヴァンパイアタウンだ」
「パパ・・・でもそうだよね」
カノンが頷くとロンドは無言で頷いた、メガネがずれたのか手で直していた。
その横でボレロは椅子に座りながら眠り始めた。バロックはそれを見ると。
「もう朝か、おめえらそろそろ寝るぞ」
その合図に皆が寝支度を始める。ロンドは本棚の横に寝転んで唯一の布団にはカノンが寝る。
「嬢ちゃんすまねえな皆夜型の人間なんだ、お前はどうする?」
「大丈夫です、私も夜型なので」
「寝る場所は・・・カノン、一緒に入ってやってもいいか?」
「構わないよ。デミ、おいで」
バロックの問いかけにカノンは手を振って答えた。デミはお言葉に甘えて布団に入れてもらった、かなりぺちゃんこな布団だったが中は暖かかった。バロックはそれを見届けると自分は入口近くの床に寝転んだ。
穴の位置の都合上荒野からキールに行くにはどうしてもアレバの村を通らなければならない、引き返してモニの山を登ることを考えたほうがよいとバロックはいった。
アレバの村長はバロックたちを殺せといった。消して褒められず、称えられず、むしろけなされて、悪口を言われてなおアレバの村を守るというバロックやそれに賛同する仲間達、彼らを突き動かしているのは何か、そう考えてデミは眠りについた。