第十話 荒野の4人Ⅱ
物音がしてデミは目を覚ました。相変わらず寝起きが悪いデミを出かける準備をしていたカノンがくすりと笑う。バロックは大太刀、ボレロは槍、カノンは弓、ロンドはノートと保安官やギルドと同じように2本の剣を持ち皆それぞれ出かける準備をはじめていた。デミは寝坊したと飛び起きると出かける支度をはじめる。
「別に一緒に出かけなくてもいいのよ」
カノンは相変わらずニコニコしていた。
家替わりの穴を出るとすぐ目の前に1体のヴァンパイアがいた、まだこちらに気づいている様子はない。放置するとアレバまで到達しそうだった。
「ロンド、どう思う」
バロックの問いかけにロンドはノートを開いて簡単な地図を書くと真剣な表情で作戦を伝える。
「ボレロは回り込んで道を塞いで、僕とバロックは左方向、カノンはここで狙撃をお願い。それがベストだと思う」
ロンドの指示に皆が頷き行動に出る。デミは少し見てみたい感覚になったがハルにいち早く合わなければならないしハルがいつまでもキールにいるとも限らない。しばらく4人の動きを見守っているとデミはその場に待機していたカノンに話しかける。
「私はキールに向かいます」
「もう迷うんじゃないよ」
カノンは少し笑うと軽く右手を挙げた。
「でも、迷ってよかったです」
本心だった。道に迷って冷たい目線に当たったが暖かな顔にも出会った。
デミは振り返ると歩き始める。
「動くな!」
4人の誰でもない声が荒野に響き渡る。デミは思わず声のした方向に体を向けた、既に4人はヴァンパイアを倒していたのかヴァンパイアの影はなかった。それぞれの持ち場にいた4人が一箇所に固まっていく、デミも気になりそっちに向かった。
「盗賊どもめ、今日こそ成敗してやる」
デミと4人の視線の先には5人ほどの槍を持った人たち。「盗賊」と行っていたところアレバの住民だろう、しびれを切らしてバロックたちを倒しに来たのだ。
アレバの住民はゆっくりとデミたちを囲む、バロックが大太刀を捨てて両手を上げると残りのメンバーも同じように武器を捨てて手を上げた。
住民の一人、昨日村長の横にいた男がデミを見ると鬼のような形相で言い放つ。
「お前は昨日のよそ者!こいつらの仲間だったのか!」
デミはさすがに怒りが爆発した、氷が一気に沸点に達したようだ。
「あなたそれって!私達の言い分も聞いてくれてもいいでしょう!」
デミはバロックの無言の静止を振り切って男のもとに歩み寄る。しかし残りの住民の槍を突きつけられ動けなくなってしまった。
「ひっとらえろ」
男は冷たく、しかし力強く言葉にした。
アレバの中央にある広場にデミと4人は縛られた状態で座らされた、そしてそれを見下ろすように村長がいる、顔は血があるのか疑わしいくらいに冷たい表情だ。
「よそ者を信じたわしが馬鹿じゃったな・・・」
その視線はデミに向けられていた。村長の後ろでは大きな炎がメラメラと燃え上がっている、明らかに夜を灯す明かりとして燃やしているわけではなさそうだ。
デミは捕まってから怒りっぱなしであった。声に出さないのは言いたいことがありすぎて整理できないからである。デミはヴァンパイア譲りの長い爪で縄を引っかき始めた。
村長は次に4人の顔を順番に眺めると表情を変えずに「これでようやくわしの村に平和が訪れるわい」とデミ達にわざと聞こえるように大きくつぶやいた。カノンとロンドは強い目線で村長を見つめているがバロックとボレロは無表情のまま目を閉じていた。
デミは言葉の整理ができない、整理ができないけど縛られたまま動かないわけにいかなかった。縄を爪で切り終えるとそのまま立ち上がり今まで誰にも見せたことのないような表情で村長のもとにスガスガと強い歩調で村長のもとに向かう、村長は顔色一つ変えなかったが周りの住民が槍でデミを制止しようとする。デミはその槍を払いのけさらに進む。
「あなた!バロックが、ボレロが、カノンが、ロンドが今まで・・・何を思って!何を感じて!何の為に・・・」
「構わん、やれ」
村長の冷たい声からわずか数秒、どう表現していいかわからない音が聞こえる。その瞬間デミの意識が飛ぶ。
「デミィィィ!!!」
沈黙を貫いていたバロックが大声をあげる、ロンドは声には出していないが目と口を大きく開いている。カノンは目を伏せボレロは相変わらず表情を変えなかった。
槍の柄に緑の液体が伝わりそしてポツリと落ちる。デミを突き刺した槍は貫通していた、突き刺した男が手を離すとデミは膝をついて崩れ落ちる。
バロックが何かを言い捨てると立ち上がる、立ち上がると同時に縄がパラパラと落ちていた、バロックもデミと同じように隠し持っていたナイフで気づかれないように縄を切っていたようだ。先ほどのデミのように今度はバロックが村長のもとに向かう。
「てめえ、デミは・・・デミは関係ないだろう・・・関係ないだろう!」
横たわるデミの横にバロックが来たとき、それがピクリと動いた。
「大丈夫ですよ・・・私なら・・・」
デミはちらつく意識の中ゆたりと起き上がった。周りにどよめきが走る、一番驚いていたのはバロックかもしれない。カノンもロンドも、そしてボレロですら目をデミに向けていた。
体に何かが貫通したときはむやみに抜いてはいけないと聞いたことがある。しかしデミはこのままでも槍が邪魔だったので刺さっている槍の柄を両手で掴むとそれをポキリと折った、そのまま柄の先を横に投げ捨てる。どよめきが鎮まりに変わった村でカランカランと柄が落ちる音が響いた。
ここでデミは半分ヴァンパイアだと気がつく、今は夜だしヴァンパイアならこのまま抜いても問題はないだろうと結局デミは刺さった槍を抜き始めた。槍を抜くと入口と出口両方からドバドバと血とは違う緑の液体が流れる。滝のように流れたそれは徐々に勢いを弱めていきやがて止まった。長い時間のように見えるがほんの2~3秒の出来事である。
しばらく続く静けさの中初めて口を開いたのは村長だった。
「こ、この見た目通りの化物め!仕留めろ!仕留めてしまえ!」
槍を持った住民たちが構える。バロックは難しい表情をしながらゆっくりデミの前に立ち左手を水平にあげた、無言だが止めろと言いたいのだろう。一度は構えた住民も一度はその構えを解く。それを確認するとバロックは表情を崩さずに辺りを見る。後ろでは縛られていたはずの3人が既に立っていた。ボレロもナイフを隠し持っていて皆の気がデミに向いている隙に縄を切りそしてカノンとロンドの縄も切ったのである。
「・・・3人を連れて今すぐ村から逃げろ」
バロックはデミにしか聞こえない声で囁いた。デミは口を少し開け上目遣いでバロックを少し見ると3人のもとに走った。デミの行動に住民は再び槍を構える。
ボレロは瞬時にデミの行動の意味がわかった。ボレロは縄を切ったナイフを構えるとデミを誘導し村の北に走る。ロンドはボレロよりも少しだけ理解が遅かった、状況が飲み込めても実行したくなかったがボレロとデミが動き始めているのでそれに習うしかなかった。
「パパ・・・パパ・・・」
カノンだけが取り残されている。その口はひたすら父親替わりであるバロックを呼んでいた。今やるべきことが理解できないわけではない、ただ実行したくなかった。
「カノン・・・ここからはリーダーとリーダーの場だ、お前はすぐにここから去れ・・・」
バロックはカノンを見るとゆっくり視線を村長に向ける。その顔はとても強かった。
「パパ・・・でも・・・」
カノンが何かを言いかけたその時カノンの体が持ち上がる、引き返してきたボレロに抱きかかえられたのだ。
「生きたいなら動け、だが死にたくても俺が動かすぞ」
ボレロは静かにいった、そのままボレロはカノンを抱えたまま走る。カノンは左手でボレロの肩をつかみ右手をバロックの方に伸ばした。当然手を伸ばしてもつかめる距離はない。
「パパ・・・パパ・・・パパ!」
カノンは泣きじゃくっていた。運んでいるボレロも難しい顔をし先を走るロンドとデミは唇を噛み締めていた。4人は村の北の方角からアレバの村を脱出する。
「お前はキールに向かいたいのだろう?無理矢理だが村から北に出られたことだしそのまま北東に進め」
ボレロはある程度走ると走るのをやめてデミに話しかけた、目線はデミにではなくアレバの方向を見ている。まだアレバの村はすぐそこだった。
「ボレロさんでも・・・」
デミもアレバに視線を向ける中、ロンドはコンパスをデミに握らせるとその目をデミに向けながら何やら清々しい顔立ちで口を開く。
「コンパスだよ、これがあれば目印のない荒野でも大丈夫。それにバロックなら今から助けるさ、僕らのリーダーだからね」
ロンドは視線をデミからカノンに移す。カノンは強い顔で村を見つめていた。
「“僕らのリーダー”か・・・じゃあ私なんかが手伝っちゃいけないね・・・」
デミはアレバの村が視界に入らないように思いっきり上を向いた。カノンはその声につられてデミに顔を向ける。
「そう・・・これは私と、ロンドとボレロでやる」
カノンの顔を見ると顔はまだ赤いがもう泣いていなかった。それをボレロは微笑みながら見る。
「じゃあまた会おう!“みんな”で!」
デミはそれを笑顔で言うと体をくるりと向けるとワンテンポしてから歩き出した。一度も振り返らなかった、きっと振り返っても誰もいないだろうから・・・
デミはそのまま穴だらけの荒野を一人で歩く、詰まるところ、気になるところはいくらでもあった。自分のことよりも今は4人のことが気になるがデミは早く忘れようと何度も首を振った。だけど忘れようと思っても方向を確認するためにコンパスを見るたびに思い出す、このコンパスは正しい方向を向いているがデミにとっては狂っているように感じた。
朝焼けが辺りをオレンジに染める頃、地面に穴がなくなりそして遥か前方に立派な壁に覆われた街が見える。今度は間違いなくキールの街だ。キールにたどり着くまでだいぶ遠回りした。長く感じるのは単純に道の長さ、そしてそれ以外にもあるはずである・・・




