第二十話 人鬼戦争Ⅱ
「ルメルさん、僕はここにいればいいのですね!?」
「そうだハル!太陽砲から逃れたやつをその太刀で切り裂け!」
ギダムの南側に元ナーカの保安官ルメルとハルがいた。ルメルが南側の部隊長となりこのあたりの兵を指揮していたのだ。ルメルはとても優秀な保安官で昔からギダムやジョウォルで指揮官になって欲しいとの声があったのだがルメルは現場にこだわり普通の保安官でいた。今回の戦争ではさすがに重い腰を上げたようだ。
今回の戦争では新たな武器が2つ投入された。1つは太陽砲、見た目は竹のような筒状のものだ。太陽石にツキコケと呼ばれるコケを乾燥したものをまぶすと強く弾け出す性質があることが発見された。これを利用して作り出されたのが太陽砲であり筒に熱した太陽石を詰めて筒に笛のように空いた穴からコケをいれて太陽石を放つ。
問題点は太陽砲は連続して放てないこと、そして遠距離のヴァンパイアにも攻撃できるが近すぎると近距離武器に劣ることだ。
もう1つは太陽槍、槍の先に刃のついた太陽石をつけたものだ。刃のついた太陽太刀がヴァンパイアにとても有効なのが実践テストでわかっているが刃のついた太陽石はいまだ量産が難しく加工できる職人も少ない。そこで太刀よりも刃渡りが短い槍として加工することで兵たちに行き渡らせたのだ。太刀よりは応用性が少ないがそれでも従来の太陽剣より強力だ。
遠くのヴァンパイアに対しては太陽砲で攻撃し逃れたヴァンパイアを太陽槍で迎え撃つ陣形が今回の戦争でとられている。
「弾幕を抜けてきた!太陽砲を持っている奴は下がれ!槍を持っている奴は前に出て応戦しろ!」
ルメルが状況を見極めて隊列を変えた。部隊で唯一太刀を掲げるハルを中心に槍部隊が前に出る。
「うおおおぉぉぉ!!」
ハルが先陣を切って残ったヴァンパイア相手に斬って回った。周りの兵もヤリでヴァンパイアを突く。一突きとはいかないが何回か付けばヴァンパイアは倒れていった。ただでさえ太陽砲で数が大幅に減っているし、残ったヴァンパイアもスタミナ切れや弾がかすったなどで弱っているので楽に倒せる。効果は絶大だった。
ヴァンパイアがギダムに向けて突撃する中、デミは流れに逆らってヴァンパイア大群の中央に向かってかけていった。
「あれは弓の強力版みたいなやつなのかな?」
戦場に近づいていったので向こう側が何を使っているのかがわかった。太陽石と思われる小石を打ち出す筒と槍状の武器だ。槍は以前アレバでボレロが使っているのを見たがあれは普通の刃と刃のない太陽石の双刃の槍だったがあれを見る限り以前アチの村で見た刃のついた太陽石をつけたものだろう。刃のついた太陽石はハルがブレイから受け取っていたが既に実戦投入されているようだ。
「ルコは何やっているの?完全に劣勢じゃん・・・」
ギダムに向かうヴァンパイアは次々と焼けていくのを見ると胸が痛くなってきた。あの村でルコの事を知ってからどうも自分の考えがヴァンパイアよりになっている。
「いた!ルコ何やっているの!」
「・・・・!」
「ヴァンパイアは家族なんでしょ!?無駄に殺しているだけじゃない!今ヴァンパイアを殺しているのは人間じゃなくてルコだよ!」
「・・・マケテモイイ」
「負けてもいいって・・・!」
ルコの目的はあくまでヴァンパイアを認めさせることだ、ヴァンパイアの必死さが伝われば勝敗は関係ないのだ。ルコは人間を支配しようとしているわけではない。キールやアキュスも勝つつもりは無かったのだが奇襲だったため落とすことに成功していた。
「それは言っていることとやっていることが違わない!?」
「・・・・・」
パアン!ヒュン!・・・・
「筒の音!?さっきより近い!」
しばらく音が聞こえなかったと思ったがまた鳴り始めた。防衛が済んで攻撃にでたのだろう。奥の方から兵士たちの影が見えてきた。
「ルコ!とにかく逃げるよ!」
「・・・・・!」
デミはルコの手を引いて森の奥に逃げていった。
ギダムの本部ではナナとハルが戦いを見守っていた。イリバは先程から出かけたきり戻ってこない。
「太陽砲と太陽槍の効果がここまでとは僕も思いませんでした」
「すごい・・・」
ナナは窓に張り付いて覗いていた。
「おや?防衛を終えて攻撃に回るみたいですね」
「攻撃に出る必要あるの?どうせ朝になれば向こうは撤退するじゃない」
「人は愚かですよ。戦い始めると相手を全滅させるまで続きますから・・・」
「ヴァンパイアをこの世から抹消する気?」
「そうでしょうね・・・全くバカみたいです。人間は常にトップでいたいのですよ」
もしヴァンパイアを残らず殺すならその中には半分ヴァンパイアであるデミも含まれることだろう、わずかに人間が残っていても敵から見れば”れっきとしたヴァンパイア”なのだろうデミはきっと人間でありたいのに・・・
戦場を眺めてみると扉がゆっくりと開いてイリバが入ってきた。いつものゆったりとした様子ではなく引きつった顔だった。
「あれイリバ先生?どうしたんですか?」
「先生らしくないですね・・・・」
「・・・・・」
イリバは黙り込んでいた。本当にらしくない。
「先生?」
「ロンド・・・ごめんなさい・・・」
イリバはその場に崩れ落ちた。
「せ、先生!」
ナナがイリバを介抱していた。
「イリバ先生、まさか・・・ボレロが・・・」
「ごめんなさい・・・」
ボレロが処刑された。イリバが処刑を待つように取り計らったのだがその時には既に処刑されていたようだ。
「え!?どういうこと!?」
ナナだけは状況を理解していなかった。
「ロンドはね、友達と一緒に保安部に捕まったの・・・」
「罪人!?」
「私だって教え子が裁きを受けるのは嫌だった。だから・・・」
「先生は僕をここの参謀に入れるという形で身柄を守り、仲間のボレロを人質に取るという形で身柄を守った」
「だけどごめんなさい・・・私の行動が遅かった!もう遅かった!」
イリバが倒れ込んだまま地面を見つめていた。基本思い通りに行くイリバであったが想定外のことは人間である以上イリバにも起こる。
「ちょっとロンド!どこいくの!」
「もう僕がここに居る必要はない!僕は僕の戦いをする!」
ナナの静止を振り切ってロンドが部屋を出て行ってしまった。
「ロンド・・・まって!」
「せ、先生!」
イリバがロンドを追って部屋を出て行く、気づけば部屋にはナナ一人になっていた。
「もうダメだ、もうここはダメだ・・・」
ロンドがいなくなった、イリバ先生もしばらく使えそうにない。
「私はこれからどうしたらいいのだろう」
私は好き好んでこの場所にいるわけではない、ただ立場上ここにいるだけだ。私が今本当にやりたいことなんて今は・・・
「デミ・・・」
そうデミだ、彼女のことを知ってしまったために今ナナの気持ちはデミに向いてしまっている。かなり危険な方向だ、恐らくデミは・・・
「進め!」
太陽砲の発射音が鳴り響く中兵たちは進んでいった。ヴァンパイアの陣形は総崩れの状態になっており統率力もなくなっている。たったひとりの女の子では制御できる範囲に限界があった。
「ルメル隊長!」
「どうした!?」
「敵司令らしき少女を発見しました!」
「わかった!可能な限り生きて捉えろ!」
「それと噂の半人半鬼が一緒と思われます!」
「なんだって!?」
「デ、デミが・・・」
ルメルも横にいたハルも顔が固まった。
「デミ・・・ヴァンパイアになるというのか・・・」
「隊長、どうしました?」
「いや、なんでもない!いいか、必ず生きて捉えろ!いいな!」
パァン!ヒュン!バシュゥ
「はぁ、はぁ・・・もう追いつかれるぅ!」
「・・・・・!」
パアン!
「ッ!」
太陽砲の一発がデミの手の甲を貫いた。熱い!手の甲から全体が焼けていくような感覚だ。
デミの様子を見たルコが口笛を吹くと何体かのヴァンパイアが飛び出してきた。取り敢えずほんの少しの時間稼ぎができた。ヴァンパイアが太陽槍で倒されていくのが心痛むが茂みの奥の奥の方まで入っていった。
「くっ!」
右手の甲を抑えるがとにかく熱い、痛いのもあるけどそれ以上に熱い。
「デミ・・・」
ルコは懐から包丁を取り出した。調理用なのか護身用なのか、持ち歩いているならば後者だろう。
「ルコ?」
ルコはそのままデミの手首から切った。
「ぎゃあああああ!」
デミの手首がそのままボトリと落ちた、子供とは思えない力だ。
「デミ、サケブとココがバレル」
「・・・・!」
しょうがないので思いっきり口を閉じた。
「何で切ったのよぉ・・・」
「ソノママだとソコからヤケちゃう」
ルコの言ってる事は正しかった。太陽石の弾が手に残ったままのためこのままだとデミといえどその部分から焼けてしまう。だからと言って手首ごと切断することは・・・
「デミ、ヴァンパイアダカラ・・・シバラクすればハエテクル」
「そんな無茶苦茶なぁ・・・」
左手で右手首を拾おうとしたが焼けた鉄板のごとく熱かったのですぐに放してしまった。
「すぐに生えて来ないかな」
無駄だと思うが一応念じてみよう・・・
「うぬぬぬぬぬ・・・・」
念じて数秒で切断面に変化があった。肉片がうごめいていきやがて形になってくる。
「う、うそ・・・」
変化が落ち着く頃には手の形になっていた。若干不格好な手になってしまったが手としての機能は果たせそうだ。デミは出来上がった手のひらをグーパーしてみる。
「ルコ、ヴァンパイアの回復力ってこんなに早いものなの?」
「デミ、スゴイヴァンパイア」
切断されてここまで回復が早いのはヴァンパイアといえども異常だ。突然変異したデミのワームは回復力までもが上昇していた。注目すべきところはそこだけではない。本来ワームが人間を支配するはずなのにデミの場合は逆にワームを支配していた。
「そこまでです!」
森の中からどこかで聞いた声が聞こえてきた。あの人は確かジョウォルで見たことが・・・
「久しぶりですねデミ・テール。そして初めましてヴァンパイアクイーン」
森の奥からテルトが姿を現した。それと同時に周りには兵士たちが囲んでいる、いつも間に囲まれていたようだった。
「いつのまに・・・」
「しばらく見ないうちに随分ヴァンパイアらしくなりましたね。見た目も心も・・・」
「・・・・・」
ルコが口笛を吹いた。4~5体のヴァンパイアが現れた何人かの兵士が太陽槍で応戦するが兵の数が多いので逃げる隙は生まれなかった。
「これは早めに対処しないとヴァンパイアがより多く来てしまいますね。さっさと片付けましょう」
テルトの合図で兵士たちが槍や筒を構える。デミはテルトに向かって駆け出した。
「ええええええい!」
テルトに噛み付こうとしたが兵の一人が槍を突いてきた。
「くっ!」
デミはとっさに槍の柄を掴んだ。あと数センチずれていたら顔が熱せられるところだった。
「失敗でした」
テルトは襲われかかったというのに平然としていた。
「熱に強いヴァンパイア、地上最悪のヴァンパイアですが研究材料として価値があると思い生かしておいたのですが・・・考えが甘かったです、人間の心がある部分に油断していました。ヴァンパイア側につくとは・・・」
「違う、私は人間でありヴァンパイアだ」
「ふっ、そんな虫のいい話が・・・中途半端はこの世で最も嫌われるものの一つですよ」
「・・・・!」
デミは掴んでいた槍の柄をそのまま折った。
「なっ!」
兵士たちが慌てて槍を付きそして筒を放つ。慌てていたためか一部槍で味方を突いてしまいに筒が兵士に当たってしまった。対ヴァンパイア用の兵器であるが人間にあたってもただでは済まない。
ガブリ
「テルトさん!」
兵士が同士討ちになってくれたためテルトの肩に噛み付くことができた。テルトは兵士ではなく専門家として協力しているだけだ。戦闘力は少ない。
「いえ、大丈夫です。噛み付く能力も中途半端なようですね・・・」
ヴァンパイアに噛み付かれればワームがジャックして気絶するはずなのだがテルトは噛まれた肩を抑えているだけで平気そうだった。
「そうだ、なんで気がつかなかったんだろう。私のワーム増えないんだった」
デミのワームは特殊環境下の中で突然変異したためワームは増殖しないしそして宿主をコントロールしない。他者に噛み付いたところでそれも変わらず結局“ワームはいるが人間”という状態になってしまうだけだ。
「形勢逆転のつもりでしたが残念でしたね」
「デミ、アキラメナイ」
「ルコ?」
直後に辺に地震が起こり始めた。地割が起こり中から出てきたのは。
うあああああああ!!
きゃああああああ!!
わあああああああ!!
「これは・・・」
「ちょっ、こんなの見たことがない!」
複数の奇声をあげて地面から出てきたのは体長10m程あろうかというヴァンパイアだった。毛むくじゃらな塊のように見えるがその毛のようなものは人間の手や足だ。手と足同様に人間の頭も無数にありどこが正面なのか分からない。肉片の塊のようなヴァンパイアは今までのどのヴァンパイアよりもおぞましく奇形のヴァンパイアだった。
「ヤット、キテクレタ・・・・」
ルコは奇形ヴァンパイアの背中に乗った。




