え、とられたん?
俺の名前は秋野悠陽。♂
高校二年生である。
我が家は社家だ。
シャケってのはサーモンじゃなくて、家が神社ってことだ。
爺ちゃんはだいぶ前に死んでしまって、今は婆ちゃんが宮司をやっている。
父さんは町の大きい神宮に勤めてて、普段は母さんと婆ちゃんで回してる。
それはそうと。
うちの婆ちゃんには最近、ちょっとした問題がある。
それは――
『野良猫にめっちゃ餌やる』
元々うちの神社の境内には野良猫がたくさんいて、割と困っている。
そりゃそうだ婆ちゃんが餌やるからな!
そしてそんな野良猫の中に一頭別格な奴がいる。
めちゃくちゃでかい白黒の猫で、ハチワレだからハチと呼ばれている。
犬なのか猫なのか分からん名前だが、婆ちゃんのセンスだから仕方ない。
で、そのハチの事なんだが、毎日のように怪我をして帰ってくるのだ。
もともとそいつが現れたのは数年前。
始めて現れた時もハチは大怪我をしていた。
まあ、その時は婆ちゃんが人間用の傷薬をぬりぬりしていたらすぐ治ったんだが。
そこから居付きやがった。
それからというもの、こいつは夜な夜な出かけて行っては朝に帰ってくる。
いつもかすり傷だらけで。
「ほんまこいつはケンカばっかしくさってからに!」
婆ちゃんはその度に文句を言いながら猫缶を開け、薬をぬりぬりしている。
こいつが傷だらけってことは、どこかに相手がいるはずである。
このくそでかネコが怪我するってことは、相手の猫はもっとひどい怪我をしてるだろうし、なんなら死んでんじゃ……。
ある日の事、俺は婆ちゃんに言ってみた。
「なあ婆ちゃん。ハチ、去勢したほうがいいんじゃね?」
去勢とはきんたま(ω)を取ることである。
それにより男性ホルモンの分泌を抑えることにより、縄張り意識や性欲を抑え、ケンカを減らすことができる。
「そやなあ」
去勢をしていないネコを飼っているとなると、街の人からの風当たりも強い。
ノミの駆除や去勢は、飼い主のマナーなのである!
飼ってないけどな!
だがしかし。
ハチはめちゃくちゃ力が強い。
普段は何をしても怒らない。
婆ちゃんがケガに薬をぐりぐりしても怒らない。
が、網に入れようとしたり、ケージに入れようとすると、途端にめちゃくちゃ抵抗して走り去るのだ。
さすがに10キロ近くもあるバカでかいネコに暴れられたら、恐怖を感じる。
なのでなかなかその計画は実行されなかった。
だが。
ある夏の嵐の夜だった。
ハチが過去最大の大怪我をして帰ってきたのだ。
激しい雨音で危うく聞き逃すところだった。
珍しくハチは玄関のガラスにぶつかり、倒れていたのだ。
「婆ちゃんハチが!!」
「救急病院やーー!!」
普段なら決して捕まることのないハチは、ついに動物病院に連れていかれたのであった。
そして動物病院にて。
急患対応をしてくれた獣医師の松葉楓♂は、すぐに処置室にハチを連れて行った。
が、3分後に戻ってきて言った。
「暴れすぎて、鎮静をかけないと無理です。恐ろしい生命力です」
思わず婆ちゃんと顔を見合わせる俺。
「必要ならやってください!!」
俺の言葉に、獣医の松葉は静かにうなずいた。
そのとき、婆ちゃんが思い出したようにぽつりと一言。
「ついでに去勢しといて」
おお……。
確かに去勢手術は麻酔をかけないとできない。
しかしハチは麻酔などかけさせるネコではない。
なんなら病院に連れてこれたのもこれが初めてだ。
確かにこの機を逃すと二度と無理かもしれない。
「……あの子の体力に余裕があれば」
そう言い残すと、松葉は足早に診察室の奥に消えて行った。
今日はこのまま入院になるという事で、俺と婆ちゃんはハチを残して帰宅。
翌日、朝一番に病院から電話がかかってきた。
「大暴れ過ぎて大変なので早めに迎えに来ていただけますか……」
首に巻かれていたエリザベスカラーはぶっ壊すわ、包帯はビリビリにするわ、点滴は噛みちぎるわで、強制退去になった。
帰り道。
ハチは妙に大人しかった。
だが家に帰ってキャリーケースから出した途端、網戸を突き破って外に消えて行った。
その日からだ。
なんとなく妙なことが増えだしたのは。




