第49話 祝杯
その夜の月見物語神社の床几にはご馳走が並べられていた。ワインやオレンジジュースもある。お寿司のパックに唐揚げ、焼き鳥。サラダにデザート。
「さぁ、全部あたしの奢りよ! パーティーなの」
「なんだか、声が枯れていますね」
「そうなの。さっきまで専門学校の同級生とカラオケに行っていたんだから」
「ほぉ、元気やな。どしたんや? ネームの許可が下りたんか?」
「もしくは、漫画家を目指すのを諦めて吹っ切れたのでしょうか?」
「そんな訳ないじゃない! 賞を獲ったのよ」
長鳴実門は月刊少女トライの誌面を二人に見せた。どや顔でロボットダンスを踊っている。
「ほんまや! 期待賞獲ってるやん。ええこっちゃ」
月狐が飛び跳ねている横で、上芝結は辛辣に言葉を放つ。
「虫眼鏡で見ないと見えないくらい小さい文字ですね」
「でも、印刷されているのには間違いないわ」
「確かにミカ姉の名前が載っています。火乃鳥実門。鶏から伝説の不死鳥に進化しています」
「学校のコピー機で拡大して部屋に飾るつもりなの。絵馬やお母さんも喜んでくれるかしら」
「もちろん。ですが、下から二番目の賞でしょう? この上に何段階の賞があると知っているのですか?」
「確か十種類くらいかしら?」
「ほな、喜んで浮かれている場合やないな。もう一ヶ月近く過ぎた。もう5月に入った。1年なんてあっという間や、早く次の作品を完成させなアカンな」
「『ルームシェア×ショウブフェア』のネームができたから読んでくれる?」
「ほぉ、もう次の作品描いたんか。早いな、えらいやん」
「オレはまだ振り出しに戻りました。一行書いていたのを消して。世界観から固めることにしています。現代か未来か。純文学なので近未来が良いと考えています」
月狐は実門のネームを見ると目を細めて尻尾を緩やかに左右に振っている。横から結が覗いている。ハッカパイプを吸いながら、難しそうな顔をしている。
実門はお寿司や唐揚げを食べて、顎を上げてワインを飲んでいる。少し顔が赤い。月狐が実門の方を向いた。
「ちょっと詰め込み過ぎやな」
「オレもそう思いました」
「そうかしら?」
「ほら、掲載されている他の漫画読んでみ? 1ページの平均は4コマくらいが多いやろ?」
「ホントだ! あたしのは?」
「平均6コマ」
「そっか、どうしようかしら。話の流れは変えたくないし」
「四則演算です。-。つまり減らすか削除。÷。統合する。」
「そっか。四則演算で整理すれば良いのね」
結は机の上の食事に手を伸ばす。パックに入った寿司は初めて食べるそうだ。わさびが入っていないことに驚いていた。結はお金持ちだから、庶民の気持ちはわからないだろうなぁ、と実門は思った。
「それにしてもミカ姉のペンネームは面白いですね」
結は悪戯っ子みたいに目を細めて、右手で焼き鳥を持っている。
「『焼き鳥実門』だなんて……」
「キャキャッキャ」
「焼き鳥じゃなくて火乃鳥よ! フェニックス! 不死なんだから」
「そうでしたか、文字が小さくて読み間違えましたよ」
実門はグラスのワインを飲み干すと、呟いた。
「二人ともありがとう。ようやく階段の一歩目に進めたわ。今描いている作品も自信があるし、もっと頑張ってデビューしてみせるわ」
「オレも短編でも良いので一作完成したいですね」
「ウチは神社の参拝客を増やしたい。ちょこちょこ増えているんやけど」
「ねぇ、お月ちゃん。この作品を劇的に面白くする方法ってあるかしら?」
「劇的は、無茶や。でも場面を効果的にする方法はあるよ。けど、教えへん」
「じゃあ、この作品で賞金獲ったら全部、いや半分お賽銭に入れるから?」
「……なら、ええか。本当は自力で気づいて欲しかったんやけどな」
「あたしが自力で気づくわけないじゃないの」
「オレも知りたいですね」
「それは、『天気』を使うんや」
「『天気』? 晴れとか雨とかの天気?」
「せや、例えば学校の帰り道に突然雨が降ってきて、バス停で雨宿りすることになるとするやん。そこに好きな人が入ってきて二人っきりになるとどうなる?」
「ドキドキすると思う。そんな近くで、意識しちゃうわ」
「心理的密室ですね。嫌でも、二人は何かしらの影響を与え合う」
「天気は心情も表現しやすい。上手に使ったら効果抜群や」
月狐は狐火で空にバス停を描き、雨を降らせた。そこに二人の男女が走って入る場面を生み出した。
「あたしの作品に天気は取り入れられそうよ」
「これから映画や漫画やアニメを観る時は天気をどう効果的に使っているか確認します」
月狐は満足そうに頷くと、いなり寿司を口に頬張った。




