第47話 強運
『株式会社トライ・アクティ』。
長鳴実門はそこで秘書兼イラストレーター部門担当として働いている。最近は漫画喫茶部門の調子が悪い。かつてはインターネットの利用や漫画作品が閲覧できるとあって、時代の最先端だったこともあるらしい。
今となってはどちらもスマホ一つで楽しめる。漫画喫茶には若者のデートや泊まりに来る客が多かった。このままいくと店舗数を縮小しなければならない。
社長の叔父も頭を悩ませている。
実門は取引先の企業や商品のパッケージのマスコットキャラクターを描くのが仕事だ。デザイン、性格設定、ちょっとした世界観などを考える。慣れたものだ。
事務所の端の席に座っている占星青葉先生は、何やら紙を広げて見ている。こちらを見ると、再び紙面に目を落とした。
「先生、何かあったのかしら?」
「えぇ、今あなたのホロスコープを見ていたのだけど、コンジャクションが多いの。これは極端に人生が変わることを意味している。これから数ヶ月、荒波に揉まれる形になるから覚悟をしておいて」
「荒波……。望むところですわ。どんな困難にも挑み、チャンスは掴みますの」
「それが良いわ。健康にも問題なさそうだし、目の下の隈も薄くなっている。何か訊きたいことはあるかしら」
「はい。恋愛運はどうでしょうか」
「両手を見せて」
実門は手を差し出した。先生は右手の平を虫眼鏡で覗き込み、左手と見比べていた。
「あなた、指し棒で生命線を擦っていないでしょ?」
「つい、うっかり忘れていましたわ」
「生命線は途切れたままね。無理はしない方が良い。これからは指し棒で擦るように」
「で、恋愛運はどうかしら?」
手の平を見ていた先生の動きが止まった。何かに怯えるように身体を小さくすると、一度目を擦り、もう一度手の平を確認した。息を呑む音が聞こえた。もしかしたら、とんでもない診断をされるの?
「あなた、近々覚醒するかもしれない。頭脳線と感情線が一本につながっている。これは、ますかけ線と呼ばれていて天下人に多く、強いエネルギーを生みます。百か〇か。そういった運命を表す線です」
「凄いわ! 前回にはなかったのに変化したのね」
「そうね。ここまで大きく変化する人は珍しいわ。それにますかけ線なんて滅多にいない。これはチャンスでもあり、リスクもある。目的地に猛スピードで走る車をイメージしてください。もし、目的地を間違えれば大きくコースを外す。そういった危険もある」
「肝に銘じますわ。
で、恋愛線は?」
「恋愛線はありません」
「えっ!」
「厳密にいえば、本当に薄くて細い線が一本だけあるの」
「つまり、どういうことかしら?」
「この線が未来に訪れる恋愛を暗示しているかもしれないわね」
「未来……」
「ホロスコープでも恋愛の兆しはあるけれど、運勢としては厳しいわね」
「でも、行動次第で変わるわよね? あくまでも、このまま流されるとそうなるだけで」
「そうね。現在と未来の運命を知り、良い運命に変えていくのが占いです」
「何かアドバイスをくれませんか」
「あなたには自分でも気づいていない深いコアがある」
「コア?」
「核。魂。使命。そういったコアに気づいた時に大きく運命が変わる。今はまだ気づいていない」
「難しいわね。よくわからないわ。」
「わからないなら、わかるように努力しなさい。
今回の診断料は五千円で良いわ。面白いものを見させてもらったし、同僚割引よ」
実門は診断料を払うと、自分のデスクに戻った。ますかけ線という特別な線が出ているのは嬉しかった。まさに月狐に出会い学校に行き、人生が大きく変動している。
コアってなんのことだろう? 見当もつかない。
ただ、恋愛運が薄いというのが気になった。担当の榊さんへの想いは恋心ではなく、褒めてくれたから好きなだけかもしれない。
絵馬が言っていた『吊り橋効果』だろうか。だとしたら、冷静にならないといけない。いつものように、突進して壁に衝突という行動を変えないといけない。
でも、自分の作品を読んで嬉しそうにしている彼の顔を思い浮かべると、こそばゆい感覚になる。あたしが強くアプローチしたら、恋に繋がるのだろうか? もし、そうなれば作品の恋愛要素がリアリティのある描写になるかもしれない。
仕事帰りに、近くの漫画喫茶で少女漫画を読もう。
実門は指し棒で恋愛線を強く擦った。




