黄昏の虚構都市2
「……僕が、出ます」
僕は意を決して公衆電話に近づき、受話器を耳に当てた。
『…………』
「……誰だ?」
受話器の向こうからは、雨音のようなノイズしか聞こえない。
しかし、数秒の沈黙の後。
『――どうして、見捨てたの? レン』
「っ……!?」
僕は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受け、受話器を取り落としそうになった。
その声は。
かつて、ダンジョンで僕を庇い死んでしまった『最初のパーティメンバー』の少女の声だった。
「な、なんで……君の声が……」
『痛かったよ。熱かったよ。レンは、私を囮にして逃げたんだね。……ねえ、後ろを見て?』
受話器から聞こえる声に誘われるように、僕がハッと背後を振り返った瞬間。
バツンッ!!!
という音と共に、都市の街灯、ビルのネオン、すべての光源が『一斉に消滅』した。
「なっ……! まっ暗だ!」
「サクラさん、光魔法を!」
「は、はいっ! 《エンチャント・ライト》!」
サクラさんの杖から、直径五メートルほどを照らす小さな光の球が生み出される。
だが、その光が照らし出した光景に、僕は言葉を失った。
僕の周囲には、誰もいなかった。
あれだけ密集して陣形を組んでいたはずの、アーサーさんも、レオンさんも、霧島さんも、九条さんも。そして、たった今光魔法を使ったはずのサクラさんの姿すら、そこにはなかったのだ。
光の球だけが、空間にポツンと浮遊している。
「……みんな? どこですか! アーサーさん! レオンさん!」
僕の叫び声は、雨音に吸い込まれて消えていく。
空間転移の罠か? いや、魔力の発動など一切感知しなかった。まるで、最初から僕一人しかこの世界に存在していなかったかのように、彼らは『蒸発』してしまったのだ。
(……落ち着け。並列思考を回せ。ソフィアさんがいなくても、僕の頭で考えるんだ)
僕は必死にパニックを抑え込み、光の球を頼りに歩き出そうとした。
チャプ、チャプ、チャプ。
その時。暗闇の奥、雨に濡れたアスファルトを踏みしめる『足音』が近づいてきた。
「……誰だ! 九条さんか!?」
僕が剣を構えると、光の円の中に、見覚えのある白銀の甲冑が姿を現した。
「……アーサーさん!」
僕は安堵の息を吐き、剣を下げかけた。
大英帝国の誇り高き騎士。彼と合流できれば、これほど心強いことはない。
だが。
うつむき加減で歩いてきたアーサーさんが、ゆっくりと顔を上げた瞬間、僕の全身の血の気が一気に引いた。
「……あ、アーサー、さん……?」
アーサーさんの顔は、半分が「溶けて」いた。
いや、物理的に溶けているのではない。
彼の端正な顔立ちが、先ほどの看板の文字のようにゲシュタルト崩壊を起こし、ノイズ混じりのバグのように歪んで蠢いていたのだ。
『――レン殿。貴方は、己の知恵を過信しすぎている』
アーサーの姿をした「それ」が、本物と全く同じ、深く響く声で喋った。
『私が、ただの力任せの騎士として、貴方の指示に従っているとでも思ったか?
……大英帝国を背負う私が、極東のガキの背中を見ながら、どれほどの屈辱に耐えていたか』
「なにを、言っているんですか……。アーサーさんは、そんなこと……!」
『黙れ』
ゾクッ、と。
アーサーの姿をした「それ」から放たれた殺気は、間違いなく本物のアーサーが放つ『聖王の闘気』そのものだった。
偽天使すら圧倒した、絶対的な暴のオーラ。
『神の助言を失った貴方など、ただの無力な子供だ。……ここで死んで、私の踏み台となれ』
「それ」が、白銀の大剣を上段に構える。
剣先に圧縮されていくのは、紛れもなく《聖王光刃・次元断》の極限の光。鏡の迷宮で戦った「過去のコピー」ではない。十五日間の死闘を経て、極限までレベルアップした『現在のアーサー』と全く同じ出力の殺意。
神々の助言はない。
仲間のカバーもない。
精神を抉るトラップによって分断され、たった一人で、人類最強の騎士(の姿をしたバケモノ)と対峙させられる絶望。
「――ッ!!」
僕は恐怖を噛み殺し、紅蓮の炎を纏わせた剣を構え直した。
黄昏の虚構都市を舞台にした、悪意に満ちた殺し合いの幕が、今、切って落とされた。




