三つの魔力球と、不可視の論理
第四十一階層。
扉の先に広がっていたのは、これまでの知の試練と同じ、見渡す限りの真っ白な空間だった。
だが、今回空間の中央に存在したのは、壁に設置された【三つのレバー】と、その奥にある【重厚な鉄の扉】だけだった。
『――よくぞ、十分の四を踏破した。英雄諸君』
空間の四方八方から、無名の王の嘲笑うような声が響き渡る。
『暴力で悪魔をねじ伏せた後は、知恵比べの時間だ。……今回の謎解きは、非常にシンプルにさせてもらった』
王の声と共に、鉄の扉の向こう側が、幻影のように一時的に透けて見えた。
扉の奥の小部屋には、台座に乗った【三つの魔力球】が置かれている。
『壁にある三つのレバーは、それぞれ扉の奥にある三つの魔力球と連動している。
レバーを上に上げれば魔力球に光が灯り、下に下げれば消える仕組みだ。
……君たちの目的は、どのレバーがどの魔力球に対応しているかを完全に当てること』
『扉が閉まっている間は、レバーを何度操作しても構わない。だが、奥の部屋の魔力球の光を直接確認するためには、この鉄の扉を開けなければならない』
透けていた扉が、再び分厚い鉄の塊へと戻り、奥の様子は完全に遮断された。
『扉を開けられるのは、【一度】だけだ。扉を開けた瞬間、壁のレバーはすべてロックされ、操作不能になる。
……さあ、一度だけ扉を開けて中を確認し、三つのレバーと魔力球の繋がりをすべて言い当てたまえ』
それだけを言い残し、無名の王の気配は完全に消え去った。
「……なるほど。レバーを動かして扉を開け、光っている球を見れば、一つは確実に分かる。
だが、残り二つの対応が分からないということか」
アーサーが顎に手を当て、深刻な顔でレバーと扉を交互に見つめた。
「扉を開けずに中の状態を知るなど、透視魔法でも使わぬ限り不可能だぞ。レバーを一つ上げて扉を開けたところで、残りの二つの球はどちらも消えているのだから、見分けがつくはずがない」
「Faaack! また面倒なパズルかよ!」
レオンが頭を抱え、壁のレバーを力任せに折ろうとするが、概念の力場に阻まれて弾き返される。
「透視がダメなら、扉の隙間から私の風を送り込んで、光の熱源を探りましょうか?」
霧島が神刀を構えるが、空間に『外部からの魔力探知は禁止』という警告音が鳴り響き、彼女は舌打ちをして刀を収めた。
「レバーを一つ上げた状態で扉を開ければ、一つは分かる。だが、残りの二つを特定するには情報が足りない……」
僕が思考を巡らせようとした、その時だった。
ダンカメから、知恵を司る賢神ソフィアの、心底愉快そうなコメントが流れた。
【賢神ソフィア】:レンよ! このパズルの肝は『光』ではない! 光以外の情報を、どうやって球に付与するかが鍵なのだ!
「光以外の情報……?」
【賢神ソフィア】:そうだ! 光の魔法は、光ると同時に【熱】を帯びる! その熱を利用して、見えない情報を残すのだ!
熱。
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内でパズルの解法が完璧に組み上がった。
「皆さん、分かりました! 扉を開けるのは一度で足ります!」
「本当か、レン殿!?」
「ええ。少し時間がかかりますが、見ていてください」
僕は壁の三つのレバーの前に立ち、一番左の『レバーA』だけを【上(ON)】に入れた。
そして、扉は開けず、そのままその場に座り込んだ。
「……ボーイ? なに休んでるんだ?」
「待っているんです。五分ほど、このままで」
不思議そうな顔をするレオンたちをよそに、僕はきっちり五分間、時間を計った。
「よし、時間です」
立ち上がった僕は、ONにしていた『レバーA』を【下(OFF)】に戻した。
そしてすかさず、真ん中の『レバーB』を【上(ON)】に入れた。
「今です! 扉を開けます!」
僕は分厚い鉄の扉を押し開けた。
『ガシャンッ!』という音と共に背後のレバーがロックされ、二度と動かせなくなる。
小部屋の中には、三つの魔力球があった。
そのうちの一つだけが、眩く【光って】いる。
「光っている球は、直前にONにした『レバーB』の球だ。……だが、レン殿。
残りの二つはどちらも光っていない。これでは見分けが……」
アーサーが怪訝な顔をするが、僕は光っていない二つの球の元へと駆け寄り、その表面に直接「素手」で触れた。
「あちっ!?」
右側の光っていない球に触れた瞬間、火傷しそうなほどの熱が伝わってきた。
対照的に、左側の光っていない球は、氷のように冷たいままだった。
「なるほど……そういうことか!!」
アーサーが雷に打たれたような顔をして、目を見開いた。
「光っている球は、今ONになっている『レバーB』。……光っていないが【熱い】球は、先ほど五分間もONにされて熱を帯びた『レバーA』! そして、光っておらず【冷たい】ままの球が、一度も触られていない『レバーC』だ!」
「その通りです!」
僕が振り返ってサムズアップすると、仲間たちから感嘆の声が上がった。
「Hahaha! すげえぜボーイ! 目で見える光だけじゃなく、時間差を利用して『熱』という見えない目印をつけるとはな!」
レオンが豪快に笑いながら僕の肩を叩く。
「本当に、暴力だけの男たちとは違って頭が冴えていますわね」
シャルロットも優雅に扇子で口元を隠し、感心したように微笑んだ。
僕は扉に向かって、三つのレバーと魔力球の繋がりを正確に宣言した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
見えない概念の力場が消え去り、星空の描かれた重厚な石の扉が、ゆっくりと奥へ向かって開いていく。
第四十二階層へと続く、広大な大階段が姿を現した。
全百階層に及ぶ塔の攻略は、中盤戦のさらに奥深くへと、その過酷な歩みを進めていくのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
プロットでは100階までありますが、バベル編なんか同じ事書いてる気がするので、ちょっと展開変わるかもしれません。すいません。




