S級探索者降臨
SNSを開くと、昨日よりさらに増えていた。
新しい切り抜きの再生数が十二万を超えている。
「……じゅ、十二万!?」
レンはスマホを持ったまま固まった。
昨日の夜は二万だった。
寝ている間に六倍になっていた。
「なんでだ、一体‥」
コメントを流し見する。
「このチャンネルのコメ欄が毎回カオスで目が離せない」
「精霊王シルフィードさんの応援が癒しすぎる」
「ロールプレイ勢なのにアドバイスが的確すぎて草」
「EランクがDランク上位を倒した動画。コメ欄の神様たちと一緒に見ると面白い」
一番引用されていた投稿を開くと、こう書いてあった。
「このコメ欄の常連たちのやり取り面白いのに、配信登録者少なすぎ、全員見て」
「……いや、主は僕なんだけど‥」
レンはそっとスマホを置いた。
◆
配信開始。
今日の視聴者数は最初から百を超えていた。
【古代龍バハムート】が入室しました
【魔王ゼルディア】が入室しました
【精霊王シルフィード】が入室しました
【戦神アレス】が入室しました
【死神ネクロス】が入室しました
【賢神ソフィア】が入室しました
【雷神トール】が入室しました
【新規さん】:きた!常連さんたちだ!
【新規さん】:古代龍バハムートさんおはようございます
【古代龍バハムート】:……おはよう
【新規さん】:返事してくれた!!
【新規さん】:バハムートさんって意外と優しい
【古代龍バハムート】:優しくはない
【新規さん】:そういうとこが好きです
【古代龍バハムート】:…………
【精霊王シルフィード】:バハムートが照れてる!!
【古代龍バハムート】:いや、照れていない
「バハムートさん、人気者になってますよ?」
【古代龍バハムート】:不本意だ
【魔王ゼルディア】:私は人気はないのか
【新規さん】:ゼルディアさんは「暇だからな」の人として有名です
【魔王ゼルディア】:いや、そこで有名になりたくはなかった
「ゼルディアさんが珍しく落ち込んでる」
【精霊王シルフィード】:大丈夫だよゼルディアさん!暇ってことは平和ってことだから。
【魔王ゼルディア】:フォローの方向が違う気がするが……まあいい
◆
今日も地下三階を進む。
目標は北エリアの踏破だ。
コメントが流れるスピードが昨日よりさらに速くて、レンはそれを横目で追いながら歩いた。
「えーと、今日も地味に進みます。北エリア、まだ踏んだ事ないところなんで慎重に行きます」
【新規さん】:北エリアって協会のマップにも載ってないところですよね
【賢神ソフィア】:そうだ。このダンジョンの北側は地形が複雑で探索が遅れている
【新規さん】:ソフィアさんなんで知ってるんですか
【賢神ソフィア】:知識を蓄えてきたからだ
【新規さん】:何年ですか
【賢神ソフィア】:一万年ほど
【新規さん】:設定ガチすぎて笑う
【新規さん】:でもなんか信じてしまう‥
「私も最初からずっとそう思ってます」
そのとき、コメント欄に見慣れないアカウントが入ってきた。
【kirishima_arisa】が入室しました
レンは名前を見て、首を傾げた。
(kirishima_arisa……?)
【新規さん】:え
【新規さん】:霧島アリサさん?
【新規さん】:S級探索者の??
【新規さん】:本物?
【kirishima_arisa】:本物です
【新規さん】:うおおおおお
「……あの、霧島アリサさんって?」
【新規さん】:世界ランキング九位のS級探索者です
【新規さん】:登録者五百万人
【新規さん】:え、なんでここにいるんですか
【kirishima_arisa】:切り抜き見て気になったので
「え、あ、ありがとうございます……!」
レンはなんと言えばいいかわからず、とりあえず頭を下げた。
ダンジョンの中で一人でお辞儀している絵面になった。
【新規さん】:ダンジョンの中でお辞儀してる
【kirishima_arisa】:真面目な人なんですね
【精霊王シルフィード】:真面目だよ!!
【kirishima_arisa】:精霊王シルフィードさん……ですよね。コメ欄でよく見ます
【精霊王シルフィード】:知ってくれてた!!嬉しい!!
【古代龍バハムート】:……ほう
【kirishima_arisa】:バハムートさんも。よく名前見ます
【古代龍バハムート】:…………そうか
【新規さん】:バハムートさんまた照れてる
【古代龍バハムート】:いや照れていない
レンは気を取り直して前を向いた。
「あの、霧島さん、ゆっくりしていってください。本当に地味な配信なんですけど」
【kirishima_arisa】:地味な方が参考になることあるんですよ
【kirishima_arisa】:昨日のアイアンウルフ戦、見ました。あの回避、独特ですね
「えっ、何か変でしたか」
【kirishima_arisa】:変じゃないです。むしろ理にかなってる。どこで覚えたんですか
「特に覚えてないんですよね。気づいたらそう動いてました」
【kirishima_arisa】:……そうなんですか
【新規さん】:S級が気になってる
【新規さん】:これ大事じゃないですか
【新規さん】:登録者数百人いないチャンネルにS級が来てる状況がすごすぎる
◆
北エリアの入口付近で、レンは足を止めた。
通路の先が、やけに静かだ。
「……気配がない。でもなんか、嫌な感じがする」
【古代龍バハムート】:止まれ。罠だ
【賢神ソフィア】:床の石の色が違う。踏むな
【kirishima_arisa】:あ、本当だ。見落としてた
【新規さん】:S級が見落としたのをロールプレイ勢が先に気づいた
【新規さん】:いや、どういう状況
「あ、本当だ。ちょっと待ってください」
レンはしゃがんで床を確認した。
言われてみれば、前方三メートルほどの石の色が微妙に違う。
「迂回します」
壁沿いに大きく回って、罠を避けた。
【kirishima_arisa】:バハムートさん、ソフィアさん、よく気づきましたね
【古代龍バハムート】:この程度は見れば分かる
【賢神ソフィア】:ダンジョンの石の特性を知っていれば当然だ
【kirishima_arisa】:……何者なんですか、みなさん
【魔王ゼルディア】:ロールプレイ勢だ
【kirishima_arisa】:そうは見えないんですよね
【魔王ゼルディア】:…………
【新規さん】:S級に見抜かれかけてる
【死神ネクロス】:面白くなってきたねぇ
「霧島さん、みなさん設定がすごく作り込まれてるんですよ。私も最初は驚きました」
【kirishima_arisa】:そうですか……(疑問は残るが)
「括弧書きで心の声入れてきた」
【新規さん】:S級でも疑うよそりゃ
【新規さん】:コメ欄の情報精度が高すぎる
【精霊王シルフィードさん】:えへへ
◆
北エリアを半分ほど進んだところで、今日は引き返すことにした。
奥の気配が重すぎる。
「今日はここまでにします。奥、なんかいる気がするので」
【古代龍バハムート】:正しい判断だ
【賢神ソフィア】:北の最奥には中型のボス個体がいる可能性がある。準備してから来い
【戦神アレス】:ボスか。楽しみだな
【死神ネクロス】:私も少し楽しみだ
【戦神アレス】:今回だけは同意する
【新規さん】:戦神と死神が珍しく仲良い
【kirishima_arisa】:ボス戦、見てみたいです
【kirishima_arisa】:また来てもいいですか
「もちろんです。ぜひ」
【kirishima_arisa】:登録しました
【新規さん】:S級が登録した!!
【新規さん】:チャンネルの格が上がった
【新規さん】:登録者何人になった
画面の隅の数字を確認した。
登録者:百二十七人
「……百二十七人だ」
【精霊王シルフィード】:すごいすごい!!!
【古代龍バハムート】:ようやくまともな数になってきた
【魔王ゼルディア】:遅すぎたくらいだ
【新規さん】:常連たちがずっと信じてたのがなんかいい
◆
配信終了後、レンはスマホを開いた。
SNSに通知が来ていた。
霧島アリサのアカウントから、一件。
「渋谷第三ダンジョンの神代レンくんの配信、面白かったです。コメ欄の方々も含めて。次のボス戦、楽しみにしてます」
リポスト数、三万二千。
「……アリサさんが拡散してる」
レンはしばらく画面を見つめた。
なんだか、流れが変わり始めている気がした。
◆
分析室。
ユイはモニターを眺めながら、呟いた。
「霧島アリサまで来た」
木村さんが振り返る。
「え、本当に? あのS級の?」
「コメント欄に普通にいました」
「すごいじゃないですか」
「それだけじゃなくて」
ユイはデータを開いた。
「アリサさんが見落とした罠を、コメ欄の常連たちが先に指摘してるんですよ」
「……S級が見落とした罠を?」
「しかも映像情報だけで。現地にいるわけじゃないのに」
木村さんはしばらく黙った。
「……それ、普通じゃないね」
「ですよね」
ユイはファイルに書き込んだ。
【コメント欄の常連:S級探索者が見落とした罠を映像のみで事前察知。情報精度の説明不可能】
だんだん、ただの「要観察メモ」では収まらなくなってきた。
◆
異世界のどこか。
精霊王シルフィードが興奮気味に言った。
「アリサさんって人、いい人そうだった!」
「S級探索者か」とバハムートが低く言う。
「腕は確かだな。罠に気づくのは遅かったが」
「あなたが速すぎるだけだ」とゼルディアが返した。
「そうか」
賢神ソフィアが静かに口を開いた。
「レンの周囲に、人間側の目が集まり始めている。探索者、研究者、協会」
「それで?」とトールが言う。
「物語は加速する、ということだ」
バハムートは何も言わなかった。
ただ窓の外を見るような仕草をして、呟いた。
「……次のボス戦が楽しみだな」
それは珍しく、本音だった。




