サクラの覚醒
サクラがその思いに囚われ始めたのは、あの日、神々の都合(候補者制度)を聞かされてからだった。
レンは、きっと世界の命運を握る「候補者」だ。
彼の周りには、最強のS級、霧島アリサや、冷徹な天才・九条颯真。
それに引き換え、自分はどうだろう。
サクラは自分の右手を見つめる。
集中すると灯る淡い光。
私のスキルのそれは傷口の塞がりを「少しだけ」早める程度の頼りない光だ。
(私はレンさんの隣にいていいのかな)
Cクラス以上のヒーラーなら、欠損すら繋ぎ止め、戦場を光で支配する。
けれど、自分はいつも戦いが終わるのを待って、震える手でポーションを差し出すだけ。 その「役不足」という確信が、冷たい澱のように胸の底に溜まっていった。
三日後の朝。サクラは意を決して、ダンジョン入り口でレンを呼び止めた。 レンはいつも通り、どこか抜けた様子でコンビニの昆布おにぎりを頬張っていた。
「レンさん。私……パーティを離れた方がいいと思うんです」 レンの咀嚼が止まった。
「なんでですか」
「なんでって……私は初級ヒーラーです。これから先、候補者同士の争いや深い階層に行くとき、私じゃ足手まといになります」
サクラは一気に捲し立てた。
だが、レンの反応は拍子抜けするほど淡白だった。
「困りますよ、そんなの」
「えっ?」
「サクラさんがいないと、死角が増えるし。それに、アイテムの管理もできないし」
「そんなの、他の優秀な人を雇えば――」
「そういうことじゃなくて」 レンはおにぎりの包み紙を丸め、まっすぐにサクラを見た。
「サクラさんと潜るのが、僕の『普通』なんです。いない方が、なんか……ダンジョンが変な感じがします」
「……レンさんが言うと、説得力がないんですよ。誰のことも悪く言わないんだから」
「じゃあ、一番厳しい人たちに聞きましょう」
レンが配信のスイッチを入れる。
【古代龍バハムート】が入室しました 【精霊王シルフィード】が入室しました
「バハムートさん、正直に言ってください。サクラさんは役に立ってますか?」
【古代龍バハムート】:……何だ、藪から棒に。 【古代龍バハムート】:サクラ、お前は勘違いをしている。レンが「なんとなく」で動けるのは、お前が背後の『不安要素』を潰しているからだ。
【古代龍バハムート】:お前が入ってから、こいつの生存率は三割上がっている。これ以上の『役に立つ』が必要か?
サクラは、言葉を失った。 神々の視点から見れば、彼女の「細やかな気遣い」は、立派な戦術的支援として評価されていたのだ。
その日の探索は、いつも以上に空気が張り詰めていた。
地下四階、ライトウルフの巣。
「左、来ます。気をつけて!」 サクラの声が響く。 レンが振り返り様に炎を放ち、光の獣を焼き払う。
「サクラさん助かりました。よく分かりましたね、今の」
「なんか……ライトウルフが跳ぶ直前、毛並みの光り方が『ピリッ』と変わる気がして」
【賢神ソフィア】:サクラ。それは「なんとなく」ではない。魔力の予兆観測だ。
【賢神ソフィア】:お前は、無意識に敵の動きを予知し始めている。
サクラは自分の感覚に驚いた。
これまでは「怖い」と思っていた魔物の動きが、今は「情報の塊」として脳に流れ込んでくる。
事態が急変したのは、通路が狭まる丁字路だった。
「後ろ! 回り込まれました!」
前方の五体に集中していたレンが、咄嗟に動けない。
サクラの背後に、三体のライトウルフが音もなく着地した。
(くっ、戦えない。でも、逃げたらレンさんの背中が!)
サクラは逃げなかった。
恐怖を押し殺し、迫り来る獣に向かって右手を突き出す。
(来ないで――!)
その瞬間、サクラの全身から魔力が逆流した。 「ヒール」として注ぐはずの光が、対象を拒絶する「壁」へと変貌する。
――ドォォン!! 物理的な衝撃波を伴う光の奔流が、ライトウルフ三体を壁まで弾き飛ばした。
「……え?」 レンが呆然と振り返る。
そこには、自分の数倍もの魔力を一瞬で放出したサクラが立っていた。
【賢神ソフィア】:やったな、サクラ。
【賢神ソフィア】:それは「回復」の逆位相。魔力を対象に注ぐのではなく、外へと叩きつける『光の圧力』だ。
【古代龍バハムート】:ふん……「初級」の看板が、ようやく外れたか。
【新規さん】:今の何!? ヒーラーが衝撃波出したぞ!?
【mukai_b_rank】:サクラさん覚醒キターーー!!
【kirishima_arisa】:(今のは……「波動k‥」……)
地上に戻り、夕暮れのベンチでサクラは自分の右手を見つめていた。
魔力は半分以上枯渇し、体は重い。
けれど、心は驚くほど軽かった。
「レンさん。……今日、離れなくて良かったです」
「そう言ってもらえると、助かります」
レンは相変わらず、何が起きたのか正確には理解していないような顔で、残ったおにぎりを差し出した。
「おにぎり、いりますか?」
「……いただきます」
サクラは一口食べて、ふふっと笑った。
「離れてたら、今の力には気づけなかった。……レンさん何かが、私にうつったのかもしれません」
【精霊王シルフィード】:サクラちゃん、かっこよかったよぉぉ!!
【古代龍バハムート】:お前の『光』は、いずれレンの剣を超える盾になるだろう。
サクラはメモ帳を取り出し、右手に残る熱い感覚を書き留めた。
もう、自分を「初級」とは呼ばない。
レンの背中を守る、世界で唯一のヒーラーとして。
彼女の目は、かつてないほど澄んでいた。
あれ、でも前衛に特化すると、回復できる人いなくなる‥脳筋パーティになってしまった!
どうしよう




