九条颯真の配信
九条颯真の朝は早い。
レンとはまったく違う形で始まる。
まず朝4時に起きる。
ストレッチ三十分、素振り百回、魔力循環の訓練一時間。
朝食は栄養計算されたものを摂る。
タンパク質、炭水化物、脂質のバランスを崩さない。
食べながらその日の探索ルートを確認する。
どの層に入るか、どの魔物が出るか。
どう戦えば最も効率がいいか。
全部、事前に計算する。
計算できないことには動かない。
それが颯真の生き方だった。
◆
朝8時、颯真は新宿第一ダンジョンの入口に立った。
配信を開始する。
レンの配信とは雰囲気が違う。
カメラワークも、音声の質も、全部が洗練されている。
スポンサーが三社ついていて、画面の端にロゴが表示されている。
【冥王ハデス】が入室しました
【征服神テュール】が入室しました
【奈落の神エレボス】が入室しました
【時の神クロノス】が入室しました
【破壊神シヴァ】が入室しました
五人が揃った。
コメント欄の空気が、ぴんと張る感じがある。
【視聴者A】:颯真さん今日は第何層まで行くんですか?
【視聴者B】:おはようございます!
【視聴者C】:昨日のSNS投稿、Eランクのとこ行ったんですか?
「今日は第五層まで。昨日の件については後で話す」
颯真は無駄な言葉を使わない。
コメントへの返事も最小限だ。
でも視聴者はそれを分かった上で見ている。
颯真の配信は、見世物ではなく記録に近い。
強い探索者が、どう動いて、どう考えて、どう倒すか。
それを見たい人間が五十万人いる。
【冥王ハデス】:第五層か。少し控えめだな
「昨日会いに行った分の調整です」
【冥王ハデス】:体力的な問題か
「いえ、精神的な問題です」
【破壊神シヴァ】:ほう、珍しいことを言う
【征服神テュール】:颯真が精神的な問題を認めるとはな
「認識を整理する時間が必要だということです。弱さとは違う」
【奈落の神エレボス】:昨日の相手のことか?
「そうです」
【時の神クロノス】:どうだった
颯真はダンジョンの入口をくぐりながら、少し間を置いた。
「予想より、ずっと厄介でした」
【冥王ハデス】:‥それは認めるということか?
「強さの話ではない。読めない、という意味で厄介だということです」
【視聴者A】:颯真さんが「読めない」って言った。誰のこと?
【視聴者B】:昨日会った人って神代レンさんのこと?
【視聴者C】:Eランクが颯真さんに「読めない」って言わせたの?
颯真はコメントを流し見しながら、第一層を進んだ。
出てきたゴブリンを一撃で仕留める。
剣の動きに一切の無駄がない。
踏み込みの角度、剣を引く速度、次の体勢への移行。
全部が計算された上で動いている。
【冥王ハデス】:神代レンのことを「読めない」と言ったが、昨日の様子を見ていると、それだけではないように見えた
颯真は少し止まった。
「どういう意味ですか」
【冥王ハデス】:お前は昨日、あの人間に何かを感じた。強さではなく、別の何かを
「……」
【冥王ハデス】:否定しないのか
「否定する材料がないので」
【破壊神シヴァ】:颯真らしい答えだ
【奈落の神エレボス】:感情を認めないのではなく、論理的に整理してから認める
【時の神クロノス】:それがお前の強さでもあり、弱さでもある
「弱さというのはどういう意味ですか」
【時の神クロノス】:整理できないものには動けないということだ
颯真はその言葉を聞いて、少し黙った。
(整理できないものには動けない)
そうかもしれない、と思った。
◆
第三層に入ったところで、颯真は少し足を止めた。
特に理由はなかった。
ただ、立ち止まりたくなった。
「少し話してもいいですか?」
珍しい言葉だった。
颯真が配信中に「話していいですか」と言うのは、ほとんどない。
【視聴者たち】:どうしました?
【視聴者たち】:珍しい‥
【視聴者たち】:もちろんです
【冥王ハデス】:ああ、聞いている
「昨日のことを整理したい」
颯真は壁に背を預けた。
「俺が神代レンに会いに行った理由は、確かめたかったからです。あいつが同じ種類かどうか」
【視聴者たち】:同じ種類?
【視聴者たち】:どういう意味?
「それ以上は今は言えない。ただ」
颯真は少し間を置いた。
「確かめた結果、そうだと分かった。同じ種類だと」
【冥王ハデス】:‥それで、どうする気だ
「どうするか、はまだ決まっていない」
【征服神テュール】:決まっていない、か。珍しいな
「正直自分でも迷ってる」
【視聴者たち】:颯真さんが迷ってる
【視聴者たち】:初めて見た
【視聴者たち】:神代レンってそんなにすごいの?
「強さの話じゃないと言ったでしょう」
颯真は少し苦い顔をした。
でもその表情を見て、視聴者がどよめいた。
【視聴者たち】:颯真さんの表情が動いた
【視聴者たち】:珍しい
【視聴者たち】:何があったんだ
◆
夕方、探索を終えた颯真は帰路についた。
電車の中でスマホを開いて、レンの今日の配信を確認した。
サクラと二人で探索している。
コメント欄が賑やかだ。
精霊王シルフィードが何かをえへへと笑っている。
バハムートが短いコメントで的確なアドバイスをしている。
レンが「なんとなく」と言いながら正確に動いている。
(あいつは、全部が自然だ)
颯真はその言葉を反芻した。
自分は違う。
全部を計算して、全部を準備して、全部を制御しながら動く。
それが正しいと思っていた。
計算なしに動くことは、無謀だと思っていた。
でもレンを見ていると、その前提が揺らぐ気がした。
(なんとなく、で動いて、それが全部正しい方向に向かっている‥なぜだ)
颯真には分からなかった。
◆
家に帰ってから、颯真はハデスに話しかけた。
「一つ聞いていいですか?」
【冥王ハデス】:何だ
「“介入派“の目的を、改めて教えてほしい」
【冥王ハデス】:……なぜ今さら?
「確認したいことがあるので」
しばらく間があった。
【冥王ハデス】:介入派の目的は、人間界に秩序をもたらすことだ
【冥王ハデス】:現状の人間界は、ダンジョンの出現によって力のある者が力のない者を圧迫する構造になっている
【冥王ハデス】:このまま放置すれば、人間界は崩壊する。だから強い意志を持つ者が導く必要がある
「その「強い意志を持つ者」が、颯真である必要がある、と」
【冥王ハデス】:そうだ。お前は生まれながらに、その役割を担うために存在している
「生まれながらに」
颯真はその言葉を口の中で繰り返した。
「俺は、最初からそのために生まれたと」
【冥王ハデス】:そうだ
「では“静観派“の目的は何ですか」
【冥王ハデス】:……何故それを聞く
「知りたいから」
【冥王ハデス】:静観派は人間界を放置するつもりだ。人間が自分で選び、自分で失敗し、自分で立ち上がればいいという考え方だ。
全く‥甘い思想だ。
「そうですか」
【冥王ハデス】:颯真、お前は何を考えている?
颯真はしばらく黙った。
「レンは、その静観派の者達に支持されています」
【冥王ハデス】:ああ、そうだな
「バハムートや魔王ゼルディアたちが、あいつを選んだ理由は何ですか」
【冥王ハデス】:さあな。あいつらの考えることは読めない部分がある
「あなたが読めないものが、あるんですね」
【冥王ハデス】:……あるな、それに、奴ら静観派の考えは、我々の理外の範疇だ
颯真はモニターを開いて、レンの配信ログを流した。
レンが笑っている。
サクラが笑っている。
コメ欄の全員が賑やかにしている。
(あいつに関わる全員が、なんか楽しそうだ)
颯真は自分の配信のコメント欄を思い出した。
静かで、緊張感があって、洗練されている。
それが颯真の望んだ形だった。
でも今夜、初めて少し違うことを思った。




