候補者と代行者2
(九条颯真side)
同じ日の夜。
颯真は自室のモニターでレンの今日の配信アーカイブを流していた。
バハムートが「知っている」と言った場面で、少し手を止めた。
(バハムートが認めた。ということは、向こう側も動き始めるということだ)
颯真はスマホを開いた。
【冥王ハデス】:見ていたか
「ああ、見ていた」
【冥王ハデス】:バハムートが認めた。想定より早くな
「レンが颯真の訪問で何かを感じ取ったからでしょう。バハムートが「まだその時ではない」と言っていたが、引き金は引かれた」
【冥王ハデス】:お前はそれでいいのか?
颯真は少し考えた。
「いいとか悪いとかじゃない。動き始めたなら、こちらも動くだけです」
【冥王ハデス】:候補者としてか?
「ああ、それ以外の理由なんて」
【冥王ハデス】:……ある、と思うが
【冥王ハデス】:今日の颯真は、少し違う顔をしている
「何が違うんですか」
【冥王ハデス】:昨日、あの人間に会って、何かが変わった顔だ
颯真はしばらく黙った。
「変わっていない」
【冥王ハデス】:そうか
「変わっていない、ですよ」
【冥王ハデス】:…………そうか
ハデスがそれ以上何も言わなかった。
颯真はモニターに戻った。
画面の中でレンが「なんとなく」と言っている。
颯真は昨日のことを思い出した。
レンに「孤独な感じがする」と言われた瞬間のことを。
(初対面で。ほんの数分話しただけでなぜ分かる)
颯真はそれが不思議で仕方なかった。
自分は十八年間、誰かに「孤独だ」と言われたことがなかった。
強い、と言われてきた。
冷静だ、と言われてきた。
でも孤独だ、と言い当てた人間は、今まで一人もいなかった。
(なんとなく、か)
颯真は配信を止めた。
代わりに、何もない天井を見た。
(あいつは計算していない。それなのに、なぜ)
答えは出なかった。
颯真はスマホを置いた。
今夜は早く寝ることにした。
珍しく、考えることをやめたくなった夜だった。
◆
異世界のどこか。
バハムートとソフィアが向かい合っていた。
「人間界の研究者が、候補者制度の記録を見つけた」とソフィアが言った。
「早かったな」
「優秀だ。予測より早い」
バハムートは少し黙った。
「問題はないか?」
「今の段階では問題ない。ただ」
「ただ?」
「ハデス側も、人間界の動きを把握しているはずだ。介入してくる可能性がある」
「介入、か」
「情報を止めようとするかもしれない。あるいは逆に、意図的に情報を流して混乱させるか」
バハムートは少し考えた。
「レンには、今日「まだその時ではない」と言った」
「ああ」
「だが」
バハムートは静かに言った。
「「まだ」が、いつまで続くかは分からない」
「そうだな」
「ハデスが動き始めれば、こちらも動かざるを得ない」
ソフィアが頷いた。
「その時が来たら」
「レンに話す」
「全部を?」
「全部は、まだ早い」とバハムートが言った。
「でも、知るべきことは知らせる」
「タイミングは」
「あいつが聞いてきたとき、だ」
「聞いてくると思うか?」
バハムートは少し間を置いた。
「聞いてくる。あいつはそういう人間だ。自分のペースで、必要だと思ったときに、ちゃんと聞いてくる」
「それがお前の言う、レンらしさか」
「そうだ」
ソフィアが静かに言った。
「颯真側も、動き始めている」
「知っている」
「ハデスが颯真に何かを伝えようとしている。制度の先のことを」
「向こうは、今がその時だと判断したのだろう」
バハムートはしばらく黙った。
「……颯真という人間、昨日レンと会ってどうだった」
「変わっていた」とソフィアが答えた。
「僅かに、だが。あの人間が感情を動かされるのは珍しい」
「そうか」
「レンが「孤独な感じがする」と言ったとき、颯真が一瞬だけ動揺した。ハデスも気づいていたと思う」
バハムートは空を見た。
「颯真もまた、レンと同じ候補者だ。敵と単純に切り捨てるつもりはない」
「“静観派“らしい考え方だな」
「結果として戦うことになるとしても」
バハムートは静かに続けた。
「それまでの時間を、無駄にする必要はない」
「レンとの関係が、颯真を変える可能性があると?」
「なんとなく、そんな気がする」
ソフィアが少し笑った。
「また「なんとなく」か」
「うるさい」
でもバハムートの声は、悪くない響きだった。




