九条颯真との邂逅
渋谷第三ダンジョンの入口。
レンとサクラが配信を開始した。
「今日も東エリアを‥」
言いかけて、気づいた。
入口の少し手前に、一人の青年が立っていた。
黒髪で背が高い。
装備は上質だが派手さはない。
何より、目が静かで、深くて、何かを測るような目をしていた。
青年がレンを見た。
「神代レン」
「……はい」
「俺は九条颯真だ。少し話せるか?」
レンは少し固まった。
隣でサクラが小声で言った。
「颯真さんですよ」
「知ってます」
「どうしますか」
「話します」
レンは颯真に向き直った。
「話しましょう。ここでいいですか」
颯真はレンをしばらく見てから、頷いた。
「ここでいい」
【新規さん】:えっ、颯真さんが来た!!
【新規さん】:直接来たの!?
【新規さん】:何が起きてる
【ダンジョンオタク_ケイ】:颯真さんの配信でレンさんのところに行くって言ってたやつだ
【kirishima_arisa】:(どういうつもりなんだろう)
【mukai_b_rank】:颯真さんって確かBランクのトップ層ですよね
【mukai_b_rank】:なんでEクラスDランクのとこに
颯真はレンを正面から見た。
「一つだけ聞く」
「はい」
「ダンジョンに入ったとき、最初に何を感じる」
レンは少し考えた。
「落ち着く感じがします。外より静かな感じで」
颯真の目が、わずかに動いた。
「魔力が、馴染む感じがするか」
「します」
「それって不自然だと思わないか?」
「思わないです。最初からそうなんで」
颯真はしばらくレンを見た。
長い沈黙が落ちた。
【冥王ハデス】が入室しました
颯真のスマホに通知が来た。
颯真はそれをちらりと見た。
レンのスマホにも、通知が来た。
【古代龍バハムート】:……来たか
【賢神ソフィア】:予想通りだな
【冥王ハデス】:お前達か‥
二人のコメント欄が、それぞれで動いていた。
颯真はレンのスマホ画面をちらりと見た。
バハムートの名前を確認して、少し目を細めた。
「やっぱり、あいつ達いるのか」
レンは答える。
「バハムートさんのことですか?」
「ああ」
「え?知ってるんですか」
「ああ、知っている」
レンは少し首を傾げた。
「颯真さんのコメ欄にも、似た人たちがいるんですか?」
颯真は少し間を置いた。
「……いる」
「そうなんですね」
レンはなんとなく納得したように頷いた。
颯真はその反応を見て、少し眉を上げた。
「それだけか。驚かないのか」
「驚いた方がいいですか?」
「普通は驚くと思ったが」
「なんとなく、そういう人がいるんだろうなという気はしてたので」
【新規さん】:颯真さんが困惑してる顔してる
【mukai_b_rank】:颯真さんの表情動いた。珍しい
颯真は少し黙ってから、言った。
「お前は一体何者だ?」
「神代レンです。Dランク、初級剣士です」
「そうじゃない」
「そうじゃない、とは」
颯真はレンをまっすぐ見た。
「お前は自分が“何者“か、知っているか?」
今度はレンが黙った。
少し考えてから、答えた。
「いえ、知らないです」
「知ろうとは思わないか」
「思いますが、今は毎日ダンジョンに潜ることの方が楽しいので」
颯真はその答えをしばらく聞いていた。
表情は動かない。
でも、目が少しだけ変わった気がした。
「……そうか」
「颯真さんは知ってるんですか、自分が何者か」
颯真は少し間を置いた。
「薄々はな」
「それは怖くないですか」
「怖い、とは思わない」
「そうですか」
颯真はレンから目を離して、ダンジョンの入口を見た。
「一つだけ言っておく」
「はい」
「お前のことを面白くないと思っている人間が、探索者の世界にいる。先日の荒らしも、その一環だ」
レンは少し固まった。
「颯真さんが関係してるんですか」
「そうだな、関係している」
はっきりと言った。
【新規さん】:え、認めた!?
【新規さん】:荒らしを仕掛けたのって颯真さんの関係者なの?
【ダンジョンオタク_ケイ】:え、どういうこと
【kirishima_arisa】:(やっぱりそういうことか)
「なんでそれを言うんですか」
「知った上で動いてほしいからだ」
「どういう意味ですか」
颯真はレンに向き直った。
「お前を潰したいわけじゃない。確かめたかっただけだ」
「何を」
「お前が“本物“かどうか」
「本物って、何が」
颯真は少し間を置いた。
「……今はまだ言えない」
「そうですか」
「ただ、また会うだろう」
レンは迷わずに答えた。
「ええ、来てください。配信してますよ、毎日」
颯真はその言葉を聞いて、わずかに目を細めた。
「配信を見てろ、か」
「見てくれれば大体分かります」
「……そうだな」
颯真は踵を返した。
立ち去り際に、一度だけ振り返った。
「荒らしの件は、俺から謝る。やり方が悪かった」
「分かりました」
「じゃあな“候補者“」
颯真が歩いていった。
その背中が遠くなるまで、レンは見送った。
◆
颯真の姿が見えなくなってから、サクラが言った。
「……何者なんですか、颯真さん」
「分からないですけど」
「分からないですけど?」
「なんか、似てる気がします。なんとなく」
【新規さん】:レンさんの「なんとなく」が一番信頼できる
【新規さん】:似てるって、何が
【古代龍バハムート】:……そうだな。似ているだろうな
【賢神ソフィア】:同じ種類だ
【魔王ゼルディア】:ハッ、面白いことになってきた
【精霊王シルフィード】:なんか、心配
【古代龍バハムート】:心配するな。まだその段階ではない
【精霊王シルフィード】:まだ、って?
【古代龍バハムート】:……今のところは、それだけだ
【新規さん】:バハムートさんが何か知ってる顔してる
【新規さん】:「まだその段階ではない」って何
【新規さん】:颯真さんとレンさんって最終的に戦うの?
【新規さん】:というか颯真さんって敵なの味方なの
【kirishima_arisa】:(分からない。でも、単純な敵ではない気がする)
「とりあえず、今日の探索しましょうか」
レンが言った。
「え、するんですか今日も」
「予定通りです」
「さっきのあれがあって、普通に探索するんですか」
「何か変わりましたか」
「変わってないですか、あなたは」
「なんか、大事な話をした気はしますけど、今日やることは変わらないので」
サクラはしばらく呆れた顔をしていたが、やがて小さく笑った。
「……そうですね。行きましょうか」
「行きましょう」
【新規さん】:さっきのあれがあって普通に探索するの笑う
【新規さん】:レンさんの日常回復力が高すぎる
【ダンジョンオタク_ケイ】:でもこれがこの配信のいいところでもある
【探索者見習い_ハル】:うん、なんか安心した
【mukai_b_rank】:颯真さんが来て、普通に探索に行く。このチャンネルらしいな
【古代龍バハムート】:そうだ。それでいい
◆
――その夜、颯真の部屋――
颯真はモニターに向かっていた。
レンの配信のアーカイブが映っている。
荒らしがあった日の回だ。
男の剣が落ちた瞬間を、何度か繰り返した。
【冥王ハデス】:どうだった
「本物だ」
【冥王ハデス】:そうか、やお前はどうする?
颯真は少し間を置いた。
「まだ分からない」
【冥王ハデス】:珍しいな。いつもすぐ決める
「あいつが、分からない」
【冥王ハデス】:何が
「計算できない。どう動くか読めない」
【冥王ハデス】:それが気に食わないか
颯真は少し考えた。
「……気に食わない、とは違う」
【冥王ハデス】:では何だ
「面白い、に近い」
【冥王ハデス】:……そうか
【冥王ハデス】:バハムートが選んだ理由が、少し分かった気がする
「どういう意味ですか」
【冥王ハデス】:いずれ分かる
颯真はモニターから目を離した。
窓の外の夜景を見た。
レンの顔を思い出した。
無防備に笑う顔。「なんとなく動いた」という言葉。「今日やることは変わらない」という返事。
(計算していない。何も計算していないのに、最適な答えを出してくる)
颯真は少し目を細めた。
自分とは、まったく違う。
颯真はすべてを計算して動く。
どう動けば有利か。どう見せれば強く見えるか。何を言えば相手が動くか。
それが颯真の生き方だった。
でもレンは、何も計算していない。
感覚で最適解に到達する。
それなのに。
(なんで、あいつの方が)
颯真は言葉を止めた。
その先を、今日は考えないことにした。
【破壊神シヴァ】:颯真、配信しないのか?
「今日はしない」
【破壊神シヴァ】:珍しいな
「考えたいことがある」
【時の神クロノス】:何を?
颯真は少し間を置いた。
「自分のことを」
【冥王ハデス】:……そうか
【征服神テュール】:それは良いことだ
【奈落の神エレボス】:珍しい夜だな
颯真は返事をしなかった。
ただ窓の外を見続けた。
夜景は変わらない。
でも今夜は、少しだけ違う色に見えた。




