閑話 IF-桜の下の本音
どれくらい歩いただろうか。
気づけば、さっきの場所に戻ってきていた。
校舎裏。
桜の木が一本だけ立つ、小さな空き地。
「……何やってんだか」
自分で呟いて、少しだけ笑う。
もう終わったはずなのに。
帰るって言ったはずなのに。
それでも、足はここに向かっていた。
理由なんて、分かりきっている。
未練だ。
どうしようもないくらい、くだらない。
それでも。
それでも、ひとつだけ。
言っておかないといけない気がした。
このまま終わったら。
きっと、ずっと引きずる。
魔王だろうがなんだろうが関係ない。
そんなのは関係なくなるくらいには──
好きだった。
「……はあ」
大きく息を吐く。
その時だった。
「……あれ?」
聞き覚えのある声。
振り返ると、そこにいたのは──
「なんで戻ってきてるの?」
さっき別れたはずの、あいつだった。
「それ、こっちの台詞」
思わず返す。
あいつは少しだけ困ったように笑った。
「忘れ物、取りに来たの」
そう言って、手に持っていたスマホを軽く振る。
「そしたら、なんかまだいたから」
「……偶然だな」
「ね」
短いやり取り。
けれど、その空気はさっきよりもずっと静かだった。
さっきまでは、“終わった後”の空気だった。
今は違う。
何かが始まりそうな、そんな空気。
風が吹く。
桜の花びらが、二人の間をゆっくりと舞う。
まるで時間が、少しだけ巻き戻ったみたいに。
「……なあ」
気づけば、口が動いていた。
「さっきの話」
「うん?」
「あれさ」
言葉を探す。
うまくまとまらない。
当たり前だ。
こんなの、言うつもりじゃなかった。
でも。
ここまで来たら、もう止まれない。
「俺もさ」
喉が、少しだけ詰まる。
「好きだったよ」
言った。
言ってしまった。
ずっと飲み込んできた言葉を。
全部、吐き出した。
あいつの目が、大きく見開かれる。
「……え?」
間の抜けた声。
それが妙に現実味を帯びていて、少しだけ笑いそうになる。
「なんで今さらって顔してるな」
「だって……」
戸惑いが、そのまま表情に出ている。
そりゃそうだ。
終わった話のはずだったんだから。
「いや、まあ」
頭をかく。
「言うつもりなかったんだけどさ」
本音だ。
最後まで、言わないつもりだった。
このまま全部、なかったことにして終わるつもりだった。
「でも、なんか」
うまく言葉にできない。
それでも、続ける。
「このまま終わるの、ちょっと嫌だった」
それだけだった。
理由なんて、そんなもんだ。
魔王とか、人間とか。
そんなの関係ない。
ただの、意地だ。
「……そっか」
あいつは小さく呟いた。
視線を落として、何かを考えている。
その沈黙が、やけに長く感じた。
「‥ごめん」
やがて、そう言った。
「やっぱり、私は──」
「分かってる」
食い気味に言う。
それ以上、言わせたくなかった。
聞くまでもない。
答えはもう、出ている。
「別に、どうこうしてほしいわけじゃない」
これは、本当だ。
奪うつもりも、壊すつもりもない。
「ただ、言いたかっただけ」
それだけで、十分だった。
少なくとも。
何も言わずに終わるよりは、ずっといい。
「……うん」
アイツは、静かに頷いた。
その表情は、少しだけ泣きそうに見えた。
気のせいかもしれない。
いや、気のせいでいい。
そうじゃないと、困る。
「ありがと」
ぽつりと、そう言う。
何に対しての礼なのかは、分からない。
でも、きっと。
この時間に対してだ。
この関係に対してだ。
「……こっちこそ」
そう返す。
それで、会話は途切れた。
風が吹く。
桜が散る。
ひらひらと舞う花びらが、視界を埋める。
まるで、幕引きみたいに。
「じゃあな」
俺は、そう言って背を向けた。
もう、やることは終わった。
言いたいことも、全部言った。
これ以上ここにいる理由はない。
「……うん」
小さな声が、背中に届く。
振り返らない。
振り返ったら、終われなくなる気がした。
一歩、また一歩と歩き出す。
そのたびに、何かが剥がれていく。
音も、温度も、記憶も。
全部。
全部、遠ざかっていく。
それでいい。
それで、いいはずなんだ。
だってこれは。
最初から終わるための時間だったんだから。
「……これで、本当に終わりだな」
誰にも聞こえない声で、そう呟く。
桜が散る。
その下で、恋が終わる。
それだけの話だ。




