桜木の下で2
夕暮れが近づき、西の空が少しずつ柔らかなオレンジ色に染まり始めていた。
夕日を透かした桜の花びらは、昼間とは違う、どこか儚げな淡いピンク色に輝いている。
「きれいですね」
サクラが桜の木を見上げて、ほうと息をつく。
「また来年も、みんなで来ましょう」とアリサが微笑んだ。
「来ましょう」とサクラが頷く。
「来ます」とレンが続く。
「来ますよ、絶対」とユイも同意した。
「……来るかもな」
一拍遅れて、田中係長がぽつりと言った。
「来るかもって何ですか、係長さん」
「いや、来る。来る」
「もう、最初から素直にそう言ってくださいよ」
レンのツッコミに、田中係長が珍しく、ふっと小さく吹き出した。
◆
ブルーシートを片付け、ゴミをまとめながら、アリサがレンに声をかけた。
「今日、すごく楽しかったですよ」
「僕もです」
「こういう日が、たまにあるといいですね」
「そうですね」
レンが頷くと、アリサは少しだけ口ごもった。
「……これからもよろしくお願いします。探索者として、というより、なんか」
「なんか、ですか」
「友達として、というか」
アリサが照れ隠しのように目を逸らす。
「こういう集まりの、仲間として」
レンは手元の荷物を持ち上げ、少し考えてからまっすぐ答えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「私も、よろしくお願いします。あ、全員にです」
サクラが空になった巨大なタッパーを抱えながら言った。
「よろしく」とユイが短く応じる。
「まあ、よろしく頼む」と田中係長が首を鳴らした。
五人は連れ立って、賑わいの残る公園を後にした。
夕暮れの代々木公園では、まだ満開の桜が風に揺れていた。
その夜。
異世界のどこかの神々が集う空間で精霊王シルフィードが、宙を舞いながらはしゃいだ声を上げていた。
「みんなでご飯食べてた!!桜の下で!!」
「花見というやつだな」と竜王バハムートが、静かに言った。
「人間界の春の行事だ」と、賢神ソフィアが補足する。「桜の花が散る前に、その下で宴を開くらしい」
「良い文化だな」と魔王ゼルディアが言った。
「楽しそうでした。食べ物もいっぱいあって」
「サクラという娘が作りすぎていたな」とバハムートが言う。
「から揚げおいしそうでしたよね」
「見ているだけだが」
「でもおいしそうだった」
しばらく全員が黙った。
トールが腕を組んで言った。
「……我々もやってみるか」
「え?」
「花見だ。あちらに合わせて」
ゼルディアが少し笑った。
「異世界にも花が咲く木はあるだろう」
「あるある!!」とシルフィードが飛び上がった。「大きな白い花が咲く木が近くにあります!!」
「じゃあそこで」と雷神トールが言った。
「食べ物はどうする」と魔王ゼルディアが言う。
「私が用意する」と賢神ソフィアが静かに言った。
「ソフィアさんが!?」
「一万年生きていれば料理の一つや二つできる」
「食べたい!!」
バハムートが少し間を置いた。
「……シートはどうする」
「シート?」
「あちらでは青いシートを敷いていた」
「バハムートさん、細かいところ気にしてる!!」とシルフィードが笑った。
「雰囲気が大事だろう」
「大事です!!じゃあ私が用意します!!どこにあるかな!!」
死神ネクロスが静かに言った。
「……私も行っていいか?」
「もちろんです!!」
「死神が花見に来るのか」と魔王ゼルディアが笑う。
「悪いか?」
「いいや、悪くない」
戦神アレスが腕を組んで言った。
「花見とはどういうものだ。宴なのか、戦なのか」
「宴ですよ!!」
「では私は馴染めるか?!」
「大丈夫です!!アレスさんは食べてればいいです!!」
「食べるだけか」
「食べながら語らうんです!!」
「食べて語らうのか。それならできる」
◆
異世界の、巨大な白い花が咲き誇る巨木の下。
バハムートがどこからか調達してきた巨大な布を広げた。
シルフィードが果実を並べ、ソフィアが手作りの豪勢な料理を運んでくる。
トールが神酒を用意し、ネクロスが静かに布の端っこに座った。
アレスは腕を組み、桜ならぬ白い花を険しい顔で見上げている。
「……悪くないな」
「でしょう!!」とシルフィードが胸を張る。
バハムートは、白い花が風に揺れるのを静かに眺めていた。
花びらがふわりと舞い落ちる。
あちらの桜とは少し違う。
だが、どこか似ている。
「レンたちは、どうしていたか」とゼルディアが杯を傾けながら言った。
「来年も来ようと、約束していた」とソフィアが答える。
「そうか」
「良い仲間ができたな、あいつにも」
「ああ」
バハムートは短く同意した。
全員が自然と、布の上で輪になって座った。
「……『いただきます』でいいのか」とアレスが周囲を見回す。
「そうです!!」
「では、いただきます」
全員がそれぞれのやり方で、食事を始めた。
ネクロスが、しみじみと呟いた。
「……悪くない時間だ」
「でしょう!!」
「仕事じゃない時間というものは、久しぶりだ」
「いつも仕事してるんですか?」
「魂の回収で忙しい」
「大変ですね」
「まあな」
ネクロスはフードの奥から少しだけ空を見上げた。
「だが、今日は仕事のことを考えなくていい」
「よかったです!!」
トールが豪快に酒を飲み干して言った。
「来年もやるか、これ」
「やりましょう!!!!」とシルフィードが即答する。
「賛成だ」とゼルディア。
「悪くない」とバハムート。
「私も付き合おう」とソフィア。
「来るか……」とアレスが少し照れたように顎を引いた。
「仕事がなければ来る」とネクロスが言った。
「そこは『絶対来る』と言えよ」とゼルディアが笑う。
「……仕事の予定は、入れないように努力する」
「それが前向きでいいです!!」とシルフィードが笑った。
白い花びらが舞い散る。
バハムートはそれを見つめながら、少しだけ目を細めた。
(レンたちも、こんな穏やかな時間を過ごしていたのか)
悪くなかった。
彼もまた、ただそれだけを思った。
◆
その頃、代々木公園から帰宅したレンは、一人きりの自室で今日の一日を思い返していた。
満開の桜、おいしいご飯、みんなの笑った顔。
……なんか、いい一日だったな。
ベッドに寝転がりながらスマホを開くと、アリサからメッセージが届いていた。
『今日、すごく楽しかったです。また来年』
『来年もよろしくお願いします』と返す。
サクラからも来ている。
『から揚げ、喜んでもらえてよかったです。来年はもっと作りますね!』
『今日ので十分でしたよ』
『足りないよりいいんです!』
『じゃあ、来年もお願いします』
ユイからもメッセージがあった。
『桜餅、好評でよかったです。来年も人数を計算して持っていきます』
『ありがとうございます。また来年』
最後に、田中係長から。
『来年もコンビニスイーツ持っていく』
『ありがとうございます』
『ショートケーキが一番人気だったな。来年はそれを多めに買うか』
『係長さん、ちゃんとメモしてたんですか?』
『してない。覚えてただけだ』
レンは画面を見て、ふっと声を上げて笑った。
(みんな、もう来年のこと考えてるんだな)
当たり前のようでいて、決して当たり前じゃない。
来年も、このメンバーで花見ができる。
それだけで、胸の奥が温かくなるような気がした。
ふと窓の外に目をやると、街灯に照らされた桜の木が見えた。
夜の桜は、昼の喧騒が嘘のように静かで、とてもきれいだった。
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