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第31話 門番

 

 南西に進むにつれ、草の背は少しずつ高くなっていく。膝ほどだったものが、腰のあたりまで伸びている。進むたびに布擦れのような音が立つため、肇達は自然と歩幅を小さくしていった。

 石造りの残骸が点在している、おそらくは集落の跡地だったであろう一帯に差し掛かったその時。

 

 高峰が、不意に足を止めた。

 肇も反射的に足を止める。ゼクナは一歩遅れて、草を踏む直前で靴裏を浮かせたまま静止した。

「どうした」

 肇が声を潜めながら確認する。

 高峰は前方を見たまま、ゆっくりと指をさした。

「あそこの一際大きな瓦礫の山、動いてませんか」


 肇は高峰の視線を追った。

 その視線の先には、崩れた石造りの建造物のものだったであろう瓦礫が積み重なっていた。かつては何かを祀る神殿だったのか、教会だったのか判別はつかない。

 ただ違和感はあった。高峰の言うように、確かに瓦礫の山がわずかに上下している。

 肇はそれを風のせいだと思った。

 風で草が揺れた時、瓦礫の山の隙間から生えた草木も、かすかに震えていたからだ。

 だが違う。瓦礫の山全体が、風とは別の周期で上下している。

 

 ゆっくりと沈み、ゆっくりと持ち上がる。

「……風、のせいには見えねぇよな」

 肇は声を落とした。

 ゼクナも目を細める。いつもの軽い笑みは、もう顔から消えていた。

「まるで、あの瓦礫が息をしているみたいだ」

「比喩に聞こえねぇな」

「あぁ。私も比喩で済めばよかったと思うよ」


 崩れた建物にしては、輪郭がまとまりすぎている。石材の積み重なりが、偶然にしては滑らかすぎる。ばらばらに散っているはずの瓦礫が、一つの大きな背中の上に貼り付いているように見える。

 瓦礫の山の隙間には、草木の他に岩肌とは違う鈍い光沢があった。それは分厚い革のような質感で、ところどころにひび割れた岩殻が癒着し、その上に苔と土が乗っている。柱の残骸だと思っていたものは、よく見れば地面に沈んだ太い脚の一部だった。崩れた壁に見えたものは、肩から背にかけて盛り上がった外殻だった。


 高峰が息を呑む。

 その時、瓦礫の山の下部で、小さな石がひとつ転がった。

 からん、と乾いた音がした。


 瓦礫の山の中腹あたりで、黒い裂け目のようなものがわずかに開いた。

 目だった。

 瞼とも岩ともつかない厚い皮が、ほんの少しだけ持ち上がり、内側から濁った琥珀色の光が覗いた。

 肇の背中に冷たい汗が伝う。

 光はすぐに閉じた。

 魔物は、完全には眠っていない。おそらく目を閉じているだけだ。


「……魔物、ですね」

 高峰が囁いた。その声は震えている。

 恐怖だけではない。目の前の違和感を拒絶するような声だった。

「休眠状態か」

 ゼクナが続ける。

「それにしては、ずいぶん都合のいい場所で眠っているね」


「門番ってとこかよ」

 肇は吐き捨てるように言った。

 あれが眠っている間は、ただの廃墟に見える。知らずに近づけば、周囲の石材ごと身体を持ち上げ、おそらく一撃で屠られる。

 

 平原に魔物の気配がしない理由が、少しだけ分かった気がした。


 ここ一帯の生き物は、あれを避けている。

 あるいは、避けられなかったものから消えていったのだろう。

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