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9.かつての婚約者

茶会での出来事はあっという間に社交界に広まった。


式典には様々な国の重鎮が集まっている為、ひとたび噂になれば、それは世界規模になってしまう。ミラリアの行き過ぎた態度を人々は面白おかしく語り、それはオルガの耳にも入ることになった。




「何のためにわたしがこの国のやつらを懐柔しようとしているのか、お前に分かっているのか?!」


オルガはテーブルの上に並べられたカップを薙ぎ払って怒りを露わにした。


ひどい噂を流され、慰めてもらおうとオルガの執務室でお茶をしにやってきたミラリアは見たこともないほど怒り狂っている彼に驚いた。


「怒りたいのはわたくしのほうだわ、皆、勝手なことばかり言って」

「だが、事実だろう?」


ギロリとオルガに睨まれたミラリアはびくりと肩を震わす。


「同席させたメイドから聞いた。お前はメルシアンを貶める発言を繰り返して反感を買っていた、と」

「妻のわたくしよりメイドの言葉を信じるというの?」

「当たり前だ、あいつは優秀な間者だ。着飾るだけしか能のない尻軽女とはわけが違う」

「尻軽ですって?!」

「事実だろうが。帝国の王子妃になりたかったお前はあっさり体を開いたんだ」


オルガに突き付けられた事実にミラリアは顔色を悪くした。






式典の最中、来客のもてなしの為に療養所に赴いたミラリアは、そこにオルガの姿があることにとても驚いた。彼の来訪を知らされていなかったからだ。

しかし、同時にチャンスだと思った。メルシアンという小国の王太子の妻よりも帝国の王子妃のほうが魅力的に決まっている。

それにミラリアは正直、クロヴィスが不満だった。あとひと月ほどもすれば婚姻するというのに奥手な彼は未だに、口づけ以上のことをしてくれない。例えば今夜、彼と交わり、身ごもったとしても腹がふくれているのはずっとあとで式への影響はない。

神の前で誓うまでは純潔を奪うまいという彼なりの誠意なのかもしれないが、婚姻の年齢にもなれば婚約者と経験を済ませている令嬢は多く、ミラリアはそういう意味で遅れていた。メルシアン王太子の婚約者という同世代の令嬢の中で最も上座に位置する自分が、後方に甘んじていることに耐えられなかった彼女はオルガを誘惑することにした。あわよくば彼の妻の座を手に入れたいと思うが、そうならなかったとしても初体験が帝国の王子なら密かに自慢もできる。

ミラリアは明確な下心を持って彼の寝所に忍び込み、そして自身の純潔を捧げるにふさわしい、素晴らしい夜を過ごした。

ひとしきり愛し合ったあとでミラリアの正体を知った彼は動揺していた。そしてすぐにベッドから立ち去ってしまい、ミラリアは彼からの求婚を引き出すのは難しいと悟った。だから正式な婚姻の申し込みが来たときはとても驚いたし嬉しかった。

ミラリアはメルシアンの公爵家の娘ではあるが、そんなもの、帝国の王子という彼の立場から見たら全く大したことはなく、彼がミラリアを欲するとはないと分かっていたからだ。

初めての夜、令嬢たちから見聞きした作法を懸命に実演した彼女を彼が気に入った故の求婚だとミラリアは考えた、現に彼は何度もミラリアの中で果てた。

もっともそれは単純に体の相性が抜群に良かったというだけだったし、求婚はオルガが王太子の婚約者を無条件に差し出させようと考えただけだったのだが。






自らの下心を言い当てられてミラリアは居心地が悪くなる。


「違うわ、わたくしは殿下をお慕いしていたから」

「見え透いた嘘はいい。とにかく、これ以上、余計なことをするな」


おとなしくしていろ、と言い放ち、側近に目配せして喚くミラリアを部屋から追い出した。




オルガは幾人かの貴族に接触し、帝国での地位と引き換えにメルシアンの帝国属国化の後押しを取り付けている。

主を裏切るなどオルガに言わせたら愚の骨頂だ。デュエリ家は裏切りに厳しく、過去も現在も、そしておそらく未来も、死をもって償わせている。

少し餌をまいただけで食いついてくるような阿呆でも、今は大切な駒として扱わねばならない。

そのジレンマにイライラしていた矢先にミラリアがやらかしてくれた。


阿呆どもにもプライドはあるようで、


「妃殿下に馬鹿にされるほどメルシアンは落ちぶれてはおりません」


とオルガの密約を突っぱねる者が出てきてしまったのだ。



ひとりに断られると、後ろ暗い噂ほど足が早いのか、集めた駒の半数から断りを入れられる事態になってしまった。これ以上、離反させてはならない。オルガは新たな策を考えなければならなくなった。








ミラリアへのよくない噂にクロヴィスは胸を痛めていた。


彼女はそもそも自信に満ち溢れた女性だった。クロヴィスと婚約していた頃から行き過ぎた発言をすることもあったのだが、それすらも彼女の魅力だと多くの人間は好意的に受け止めていた。

なんとか彼女に名誉挽回の機会を与えてやりたいクロヴィスはリディアーヌに相談することにした。女性のことは女性にしかわからないと思ったからだ。




「ミラの手助けをしてやりたいんだが、なにか適当な集まりを開くことはできないだろうか」


珍しくクロヴィスがリディアーヌの部屋を訪れたと思ったら、開口一番、彼はとんでもない発言をしている。ミラリアにまつわる噂を聞きつけた彼はなんとかしてやりたいと考えたのだろうが、根本から間違っている。


茶会に参加したミラリアは完全に帝国側の人間になっていた。どういう意図があるのかまでは掴み切れなかったが、執拗なまでに帝国を持ち上げ、メルシアンを貶めていた。

そんな彼女をメルシアンの王太子であるクロヴィスが手助けするなど、できるわけがない。まさかクロヴィス自らが帝国を褒めちぎろうとでもいうのだろうか。



「殿下のお気持ちはわかりますが、ミラリア妃殿下は帝国の第三王子妃であらせられます。

不可侵条約が成ったとはいえ、帝国は油断のできぬ相手です。その帝国に属するミラリア様の手助けをするなど、メルシアン王太子の殿下に許されることではございません」


きっぱりとそう言ったリディアーヌにクロヴィスは不機嫌な顔になった。


「ミラは王子妃である前にわたしの幼馴染なのだ。力になりたいと言ってなにが悪い」


「同じメルシアンの安寧を願う者同士であれば幼馴染という関係も成り立ちましょう。ですが、彼女はもう帝国の人間になったのです。

下手な同情は自らを、そしてメルシアンを危機に陥れることになりかねません」


リディアーヌはそう説明してやったのだが、クロヴィスは納得せず、最後には怒ってしまった。


「君がそれほど冷たい人間だとは知らなかった、本当に結婚をしてしまう前にわかって良かったと思うことにする」


クロヴィスは陳腐な捨て台詞を吐いたかと思うと、そのままリディアーヌの部屋から出て行ってしまった。あとに残されたリディアーヌは開け放たれたドアと小さくなっていく足音にため息をついたのだった。






リディアーヌの部屋を出たクロヴィスはひとまず自室に戻ることにした。彼女に協力を拒まれた以上はクロヴィスひとりでミラリアを支えてやるしかない。

女性のリディアーヌが提案する催しなら自然にミラリアに花を持たせてやることもできただろうに、本当に腹立たしい女だった。


リディアーヌの部屋を出てしばらく歩いていると男女の言い争う声が聞こえてきた。

正式に婚約していないリディアーヌは王家の客でしかなく、式典に招待された他国の者たちと同様に客間を与えられているだけだった。招待客が多く利用するこのエリアで痴話げんかなどよくやると内心であきれながらも、黙って通り過ぎようと足音に気を付けて近づいていった。



「うまくやれと言ったはずだ」


聞こえてきたのは怒りのこもったオルガの声で、クロヴィスは思わず足を止めてしまった。


「わたくしは言われたとおりにやってるわ」


そう言ったのはミラリアだった。

ふたりは夫婦なのだから行動を共にしていてもおかしなことはないのだが、それをクロヴィスは悔しく思った。彼女をそばに置いていたのは自分だったのだ。大輪の花のように艶やかに咲きほころぶミラリアを自分は失ってしまった。


しかしクロヴィスが自己憐憫に浸る間もなく、ふたりの会話は進む。


「この国を属国にするとあなたが言ったから、わたくしはどちらが上か、今から分からせておくべきだと思ったのよ」


「それはやつらを取り込んでからの話だ、まずは我が国に与するほうが利があると示さねばならん。帝国文化へのあこがれを持つご婦人方はメルシアンに多い。そこをついてこちらに傾けさせ、夫を懐柔させるんだ」


ミラリアは、そんなにうまくいくかしら、と言っていたが、クロヴィスはもうそれ以上、聞くことはできなかった。



今、自分はなにを聞いた?このメルシアンが属国だと?

オルガはそのために式典に参加しており、ミラリアはその手伝いをしている?



ふらつく足取りでなんとかその場を離れると、クロヴィスは別のルートで自室へと急いだ。

お読みいただきありがとうございます

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