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10.クロヴィスの変化

式典の期間中は連日、夜会が催される。

それぞれに違った目的を持った集まりではあるのだが、主催国であるメルシアンの王族はそのすべてに出席しなければならない。


その日の夜会はクロヴィスの担当で、彼のパートナーであるリディアーヌも参加しなければならない。

主催国以外のひとたちは自分の目的に合った催しにだけ参加すればよく、それは本人たちの判断に任されている。正式な夜会ではない為、事前に出席者を募るようなことはなく、誰が参加するのかはそのときになってみないとわからない。逆を言えば式典参加者の誰が会場に来ていてもおかしなことはなく、つまりオルガとミラリアが会場入りしている可能性もあるのだ。


ミラリアを助けたいと言っていたクロヴィスが彼らと遭遇したらどういう行動に出るのか。リディアーヌには頭の痛い問題だった。




参加者と気軽な会話を楽しみながら会場内を巡っていると、噂の人物たちに遭遇してしまった。


「オルガ殿下もご参加なさっておいででしたか」

「クロヴィス殿下、気持ちの良い晩ですね」


クロヴィスが話しかけると、オルガはいつも以上に柔和な笑みを浮かべて返事をした。オルガが腕を組んでいるのは当然、ミラリアだ。彼女もにこやかな笑顔で挨拶を口にする。


「この時期のメルシアンは過ごしやすい気候でしたわね」

「帝国はまだ肌寒いくらいでしたでしょうか?」


ミラリアはクロヴィスに向けて言ったのだが、それにはリディアーヌが答えた。話をさせたところで、ろくなことにはならないとわかっていたからだ。

クロヴィスの心はまだミラリアに囚われている。つい先日も彼は、ミラリアを助けてやりたい、と言っていたくらいだ。失言をさせないようにしなければならない。



リディアーヌの問いにオルガが答えた。


「そうですね、我が国の雪解けは遅いですから」


そのあとも意味のない会話を繰り返したのだが、それはクロヴィスが側近のひとりから相手の交代を促されるまで続いた。


「申し訳ないが、我々は別の方に挨拶をせねばならなくなりました」

「それは残念。では、また」


オルガはそう言ってミラリアを連れて離れていき、クロヴィスもリディアーヌと共に側近のあとについていった。




それからもしばらくはクロヴィスと行動を共にしていたリディアーヌだったが、メイルーナが挨拶に来ると彼が言った。


「リディアーヌ嬢はラベル公爵令嬢と親しかったな、せっかくだから女性同士で話をしてくるといい」


その言葉にリディアーヌはひどく驚いた。今までこんな気遣いをされたことはないし、なんなら名前を呼ばれたのも初めてかもしれない。


クロヴィスの、ミラリアでなければ誰と婚約しても同じだ、という思考は見え見えだった。だから自分の名前なんて認識もしていないだろうと思っていたのに、彼はきちんとリディアーヌと呼び、さらにメイルーナと友人であることも把握していたのだ。

この驚きはメイルーナも同じだったようで、普段、感情を表に出さない彼女も戸惑いを隠せないでいる。


「どうした、ふたりとも。行かないのか?」


クロヴィスにそう聞かれてリディアーヌとメイルーナはパッと目を合わせると、慌てて、


「お言葉に甘えさせていただきます」


と言って、脱兎のごとく、その場から辞した。





会場から少し離れた場所に設置されたティースペースを見つけたふたりは示し合わせたようにそこに入ると、メイルーナの侍女はお茶をもらってくると言ってカーテンを閉めて出て行った。


カーテン一枚ではあるが会場から切り離されたことでふたりの舌も滑らかになる。


「なぁに、今の?」


メイルーナがそう言い、リディアーヌも大きくうなずいた。


「殿下がわたしの名前を知っていたことには驚きました」


さすがにそれはない、と言いかけたメイルーナだったが、今までのクロヴィスの様子から想像するにその通りかもしれないとも思えた。


「なにかあったのよ、でも何が?」


そう聞かれてもリディアーヌにも分からない。


「わたしにも分かりません。でも、先ほどオルガ殿下とミラリア様と会話をしたのですが、殿下はミラリア様に話しかけませんでした」


彼らが会話をしないように立ち回ったのはリディアーヌではあるが、今までは彼女の抵抗など何の意味もなさなかったというのに。


「今のお姉様の評判はあまり良くないもの、さすがに見限ったのかもしれないわ」

「それはありません。先日、ミラリア様の名誉挽回の機会を設けたいと殿下からご相談を受けたくらいですもの」


リディアーヌの告げた事実にメイルーナも遠慮なく呆れている。


「メルシアン王太子の殿下が他国の王子妃を助けるなんて。二人の間には特別な関係がありますと公表するようなものじゃない」


メイルーナの意見は男女の色恋に視点を置いており、ミラリアを帝国の人間として考えたリディアーヌのそれよりはロマンスのある推測であったが、愚かだという結論は変わらない。


「わたしもお諫めしたのですが、殿下にはご納得いただけませんでした」

「そのくせお姉様を切り捨てるような真似をしたのよね?なにがどうなってるのかしら」


メイルーナはそう言ったがふたりが考えてもきっと結論は出ない。


「理由はわかりませんけれど、状況は良い方向に向かっているのですからそれでよしとしましょう」

「そうね、それがいいわ。心配しだしたらきりがないもの」


ちょうどメイルーナの侍女がお茶と軽食を乗せたワゴンをもってきた為、難しい話はそこで終わりとなった。


「オデット様は今日はいらっしゃらないんですね」

「今夜は国際的な集まりだから伯爵家に招待状は届いてないの」

「残念です。落ち着いたらまた三人で集まりませんか?」


リディアーヌの誘いにメイルーナは目を輝かせた。


「いいわね、オデットにはわたくしから声をかけておくわ」


給仕されたお茶を飲みながらメイルーナは続ける。


「リディアーヌ様が殿下の婚約者に選ばれたときはどうなることかと心配したけれど、あなたが王都住まいになって、三人で気軽に集まれるようになったことは素直に嬉しいわ」

「わたしもおふたりがいてくださって心強いです」


それからあともふたりの令嬢は煩わしいことは忘れて、おしゃべりに花を咲かせたのだった。







クロヴィスに心境の変化があってしばらくするとミラリアの態度も穏やかなものに変わっていった。帝国の流行を周囲に語って聞かせるのは同じだったが、自慢げな態度は薄れ、知りたがる令嬢たちに親切に教えてあげているという風であった。

ふたりが同時に変化したことに良からぬ邪推をする者もいたが、メルシアンにいる婦人が帝国の最新流行を知り得る機会は少なく、多くの女性たちは彼女の機嫌を損ねてはならないと口をつぐんだ。



しかしその邪推に食いついてきたのはオルガだった。ある日、彼はクロヴィスに面会を取り付けると開口一番、言い放った。



「帝国の王子妃に手を出すとはいかがなものか」



オルガがクロヴィスに面会を求めたと聞き、慌てて彼の部屋へ駆けつけたリディアーヌが見たのは語気を荒げるオルガだった。リディアーヌは彼の怒りをかわすべく適当な言い回しを考えたが、それより早くクロヴィスが言った。


「根も葉もない噂です、わたしは妃殿下と二人きりになったことなどございません」



一部の口さがないひとたちの間では、酷い噂の立ってしまったミラリアを慰めたのはクロヴィスだということになっている。もちろんただ話をするだけではない、彼らの慰める(・・・)とはつまり男女間のそれだ。

そして、集まりに駆け回っているオルガに代わって、かつての婚約者であるクロヴィスがミラリアに態度を改めるよう諭したというのだ。オルガが精力的に外交をこなしていることは事実であった為、いかにも本当のことのように聞こえるのだ。



「火のない所に煙は立たぬと言う」

「ですが、クロヴィス殿下にミラリア妃殿下とふたりきりで面会する時間などございませんわ」


オルガに反論したのはリディアーヌだった。


「なんだと?」


怒りに目をむくオルガにもリディアーヌは動じない。


「式典の間、殿下のスケジュールは分単位で決まっていて、それはメルシアンの公的記録にも残されております。疑う余地もないことかと」



リディアーヌはオルガとミラリアの参加を知って、クロヴィスの側近と相談し、彼のスケジュールを隙間なく埋めることにしたのだ。それは単に、彼に余暇でも与えようものなら喜んでミラリアのもとに走って行ってしまうと考えたからだったが、それがこんな形で役に立つとは思わなかった。



「記録の開示が必要でしたら事務方にお申し付けください。もちろん対談相手の方にご確認くださってかまいませんわ」


帝国は強大すぎる相手だ、その王子であるオルガの式典参加を不審に思っている国々は多い。

そんな中、証言を求められた人たちは事実を述べるに違いない。オルガの意を汲んで、面会はなかった、と偽りを述べたとて、多くの国が集まっているこの式典という場では、あの国は信用ならない、というレッテルを貼られるほうがマイナスだからだ。




しばらくリディアーヌを黙って見つめていたオルガだったが、


「どうやらわたしの勘違いだったようだ」


と言い、部屋から出て行った。



彼らの足音が十分に遠ざかったところでクロヴィスが安堵のため息をついた。


「ありがとう、君たちのおかげで助かった」


クロヴィスの言葉にリディアーヌは側近と共に小さく頭を下げたが、頭の中では早くも次のことを考えていた。



今回のことではっきりした、オルガはクロヴィスのミラリアへの思慕を利用して仕掛けようとしている。クロヴィスの胸の内はわからないが、あれほど愛しぬいていた女性を簡単に切り捨てられる彼ではないだろう。

きっとオルガはまたなにか仕掛けてくるはずだ。リディアーヌはあとで側近にも自分の考えを伝えておこうと心に決めた。






式典は無事閉幕し、メルシアンを訪れていた各国の人々はそれぞれの国へと帰っていった。

しかし一番帰ってほしいオルガとミラリアはまだメルシアンに滞在している。


「不可侵条約が結ばれたのだから産業提携をしようではありませんか」


オルガの提案に少なくない貴族が賛成した為、彼は視察に回ることになったのだ。提携先を探すためと称して集まりも頻繁に催されることになった。オルガを野放しにできないメルシアンはクロヴィスをその監視役に据えることにした。





その日は日中の集まりで、夜会とはまた違った顔ぶれが参加していた。


オルガの監視役であるクロヴィスもリディアーヌと共に参加しており、オルガの隣には当然、彼の妃であるミラリアが付き添っていた。


いつも美しい笑顔を絶やさないミラリアがその日は沈んでいるように見えた。それにはクロヴィスも気づいたようで、チラチラと彼女に視線を送っており、それにリディアーヌは嫌なものを感じた。


リディアーヌは化粧直しの為、彼のそばを離れる際、側近に声をかけた。


「ミラリア妃殿下の様子がおかしいけれど、殿下が必要以上に近づかないよう、気を付けてください」


リディアーヌの忠告に彼は、心得ました、と快諾してくれる。この側近とリディアーヌの間には、クロヴィスのやらかしを通じて強い信頼関係が結ばれている。本当なら夫となるクロヴィスとの信頼を築かねばならないというのに皮肉なものだ。


ともかく彼に任せておけば安心だ、とリディアーヌは侍女を連れて化粧直しの為に控室へと向かった。

お読みいただきありがとうございます

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