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・5/destino≠Fügung:目的地は因果ではない


「旦那殴ってきました」


 あたし的には一世一代の受け狙いだったんだけど、やっぱ、傍らで倒れてる人がいる時に受けは狙っちゃいかんよね。

 スルーされちゃった。

 

 誰の反応もないし、体は床に下半身を縫い付けられたみたいに動かないし。

 腕にも、お腹にも力が入らない。

 でろーんって伸びて、蛸みたい、あたし、

 このまま、床に埋もれたいね。


 猛省。

 転がった位置から、ヴィザーゴさんの顔は見えない。

 あたしの目に入るのは、あたしを抱えてくれていた、真っ白な手。

 

 フォルティオさんが、厨房を出ていった。

 お医者さんでも呼びに行ったのかな?

 お医者……ヴィザーゴさんを診てくれるのか?

 

 肩に置かれたヴェーロさんの手を通して、ため息が聞こえる。


『今、何か言ったのだろう?俺たちにはメルの言っている言葉がわからない。現状は理解している。多くは語らなくて構わない。ルーモ』

 

 ルーモさんは、小さな器を手の中で光らせていた。

 ヴェーロさんは、いつの間にかあたしから離れて、石臼を持ってきてた。

 ……ヴェーロさんが触ってる時は、普通サイズに見えていたのに、現物はアタシの顔くらいありそうでした。

 ヴェーロさんは、あたしを背後から支え抱き起こしてくれた。


 そうして、起き上がったあたしはヴィザーゴさんの顔を、見ることができた。

 真っ白だ。

 

 ルーモさんが石臼の中のものを摘まんで器に振りかけてから、それをあたしに渡してくれるのだけど、腕が上がらない。

 痛くはないんだよなー。

 力だけが入らない。

 重い……かどうかもわからない。

 存在だけを感じ得る、動かない棒(腕)。


 ルーモさんは、ちらとあたしの顔を見ると、深い溜め息を吐いた。

 溜め息を吐くと、幸せになれませんよ?

 

 ルーモさんは、器をあたしの手の中に納めると、一緒に持ってくれてる。

 でも、次に聞こえたのは、

『飲め』

 の一言。

 

 器の中には……スープなのかな?青緑の液状のものが入っている。

 青緑……って、口に入れても良いもんなの?!

 

『『飲め』』

 二重奏です。


 あたしは器の中身を、ちびちびと舐めていた。

 ルーモさんが支えてくれている器の位置が絶妙で、少しずつ飲めるようにしてくれている。

 ありがたい。

 後でその尻尾をブラッシングしてしんぜよう。

 生きる希望が湧いてきた。


 ヴィザーゴさんに対して、あんなにいやな顔をしていたフォルティオさんだけど、どこからか戻ってくると手当てを始めている。

 

 何を言ってるかはわからないけれど、時折ヴィザーゴさんを慮る単語が耳に入る。

 多分。


 ぱたぱたと厨房に、カヴァリーロさんとフィリーノさんが来て、フォルティオさんと話している。

 ん、わからん。

 マンションに行くまで、なんの疑いも持たずに理解できていた言葉が、まるでわからない。


 フィリーノさんが跪いて、あたしに目線を合わせる。

「お父さんは平気よ。あなたは、大丈夫?」

 あ、わかる。

 わかるけど。

 

 お父さん?

 ……もしやヴィザーゴさんのことか。

 作った、とか言ってまわるからだよ?ヴィザーゴさん。


「大丈夫です。ご心配お掛けしてすみません」

 と、言うけれど、フィリーノさんには通じてないみたい。

 きょとんとされてるお顔も、可愛らしいです。


 そうだよね。

 考えてみたら、翻訳機はあたしにしか着いてないのだから、そうですよね。

 それを思うと、ヴィザーゴさんはずっとフォローしていてくれたのかしら?

 親切……とは違う気もするけど、親切と受け取っておこう。


 ちびちびと舐めていたスープは、色はなんですけど、結構……かなり旨い。

 器の半分を平らげたところで、体がぽかぽかしてきた。

 ヴィザーゴさんから流れてきたのに似てる。

 ラノベなら、魔力的なにかなのかしら?

 なんてね。

 

 旦那を殴って、体内が反動でぼろぼろになったのは感じてたけど、一切の痛みはなかった。

し、ない。

 でも、感覚がないわけではない。

 一体どういう作りをした体なんだ?

 ヴィザーゴさんが元気になったら、問い詰めても良いよね?


 ……てか!

 ぽかぽか通り越して、暑いんですけど?

 てか!熱いっ!

 これ、なんなんっ!


 あたしの状態に気が付いたのか、肩に乗ったヴェーロさんとルーモさんの手から、ひんやりとした風みたいのが流れ込んでくる。

 お、熱く火照った体に……気持ちいいぜ。

 体の中の何かが、忙しなく蠢いている。

 血流より大きい。

 痺れた時と似てるけど、痛くない。

 力が漲ってきている。


「うぉー!立てる!立てたよ!ありがとう!ヴェーロさん!ルーモさん!」

 感極まって語りかけたけど、通じないんだった。

 でも、感謝は伝えなきゃだよね。

 お二人はきょとんとしてて、なんとも愛らしい。

 あたしはきょとん製造機か?


「くっ、ぷっ……くくくっ」

 聞き慣れた笑い声。

 ヴィザーゴさんが、体を起こす。

「大丈夫なの?」

 ヴィザーゴさんに寄ると、あたしが手にしていた器を取り上げて、飲みほされてしまいました。

「ルーモヴェーロ……これ、今のアキラにはキツいんじゃない?」

 何がだろう。


 そうしたら、あたしの肩からお二人の手が離れて、ぱちん、と指が鳴った。

 ぱちん。

「……ああ、ああ、わかったよ。……助かった」

 不思議な絆があるのだなぁと、思います。



 ————

 


「梯子」

「ふぉお!」

「……ふじ……」

「おやま!」

「ん、そう……で、日の出」

「うおぅ!うごいた!」


 ヴィザーゴさんが厨房で倒れて、あたしはなぜか今、居間であや取りを披露してる。

 フィリーノさんとカヴァリーロさんの愛娘、チャルマさん五歳と遊んでいるのだ。

 あたしの姿を見たフィリーノさんは、娘を隠せと言っていたけど、あたしはヴィザーゴさんの膝にいて、チャルマさんと対面している。


 フィリーノさんたちはいい人なんだと思う。

 ヴィザーゴさんの顔を見るなり、げって対応だったのに、倒れたら面倒を見るし、お子さんにも会わせている。


 チャルマさんは、村に年の近い遊び相手がいないとのことで、あたしに会うとテンションが上がっていた。

 一緒に表に行きたがったのだけど、「もう陽が落ちるからだめ」とフィリーノさんたちに止められてしまったのだ。

 なので、お部屋遊び。


 あや取りに使うには、立派な組み紐を渡されて、手頃な長さに切ってくれたのが勿体無い。

 余り毛糸でいいと言ったのだけど、「……毛糸?」な反応で、金糸の紐を切ってくれようとしたので、さすがに遠慮した。

 で、一人あや取り。


「もっとみせて!」

 と、目を輝かせるチャルマさんは、愛らしい。

「そろそろご飯ですよ」

 フィリーノさんたちが食卓に並べたのは、兎ではない。

「兎は間に合わなかったねぇ。明日のお楽しみだ」


 うーん……兎ねぇ。

 気は進まないけどね。

 で、あたしはいつまでヴィザーゴさんの膝にいれば良いんですかね?

「だって離れたら、アキラの言ってることが誰にも通じないよ?」

 やっぱりそうなんですね。


 あれ?ヴェーロさんは、メル呼びだったのに、ヴィザーゴさんは、アキラ呼びなんだ。

「ヴェーロたちは、言葉にしないからね」

 ふうん。

 色々と事情が異なるんですね。

「そういうところ、いいよね」

 どういうところでしょう?


 ヴィザーゴさんは、あたしを抱っこしたまま食卓に着こうとして、フィリーノさんに止められた。

 曰く、チャルマさんが真似したがると。

 まあね、分かりますよ。

 あたしだって、食事は一人でしたい。


 お夕飯は、野菜中心で美味しゅうございました。

 てか、食べられるのね。

 味も分かる。

 あたしの内臓、どうなっているんでしょう?



 ————


「あしたはわたしのたからものみせてあげる!」

 と言うチャルマさんと別れて、寝室に案内された。

 ヴィザーゴさんに抱っこされてるあたしと、ルーモさんと、ヴェーロさん。

 あたしはヴィザーゴさんに抱っこされるのがデフォになってる。

 いいんだろうか?

 

 みんなで同じ部屋です。

 ヴィザーゴさんとあたしは、親子認定なんだろうな。

 カヴァリーロさんが、出てくるなよと釘を刺しました。

 ほんと、なにやったんだよ、ヴィザーゴさん。

「ちょっと興が過ぎただけなんだけどねぇ」

 

 ……ルーモさん、ヴェーロさんの目も冷たいですよ?

 ほぅら、ヴィザーゴさんの目の前で、ぱちんって指を鳴らすじゃないですか。

 するんと、着ていたものはベッドに投げ出して、狐と山羊の姿になったルーモさんと、ヴェーロさんは床に丸くなってしまわれた。


「何故、ルーモさんたちが指を鳴らすと不機嫌になられる?」

「嫌がらせだからだよ。僕が出来ないからって、わざとやるんだ」

「出来ない?これが?」

 ぱちんと指を鳴らす。

「アキラまで……」

「ごめんごめん。うんと、怒ったときに取っておくよ」

 一瞬、訝しげな顔をしたヴィザーゴさんだけど、「それも面白いね」と吹き出した。

 全く、笑い上戸ですね。


 ヴィザーゴさんに聞きたいことは、山のようにあるのだけれど、どう聞けばちゃんと答えてくれるのだろう。

 どう聞いても、煙に巻かれそうだけれども。

「何でも聞いてくれていいよ。答えたかったら答えてあげる」

 必ずしも答えをくれるわけでは無いのですね。

 予想はつくけど。


「くくっ。そうだ、お散歩しよう」

「部屋を出るなって言われたじゃないですか。また、倒れますよ」

「あれはいつもよりちょっとだけ遊び過ぎただけだよ。食事もしたし大丈夫」

 大丈夫がちゃんと使われている。

 学習機能がある翻訳機なのかな?と何気なく耳たぶのピアスに手をかけてみた。

 なにが分かるわけでもないけど。


 ヴィザーゴさんが、指をくるっと回すと窓が開いた。

 冷たい夜気が部屋に混ざり、ルーモさんが、きゅっと尻尾を体に巻き付けてる。

 可愛い。

 て、窓を開けたってことは、そこから出る気ですか?

「そうだよ。扉はフォルティオが見張ってそうだ」

 だから、なにしたんですか!


「気になる?」

 と、流れてきた“映像”。

 え?あ、うわっ!

 清純なフィリーノさんの、えらく艶っぽい顔。

 カヴァリーロさん……ルーモさんになにをされているのか。

 ああっ!フォルティオさんっ!

 

 …………

 こりゃ警戒もされるわ。

 なにが行われてるかは容易に想像がつく。

「見てたの?」

「見てたねぇ」

 はあ……アクマだ。


 んで、あたしは抱っこされたまま、ピーターパンよろしくお空の散歩な訳ですよ。

 なんかね。

 いちいち驚きはしないけど、やる前に一言欲しいわけですわ。

 足が地面に無いというのは、なかなか居心地が悪いんだぞ?

 ……あ、ずっと抱っこされてるから地面には無いか。

「くくっ……!空を飛ぼう」

 遅い!


 足元に広がるメティイースト。

 薄い光が窓から漏れてる程度で、周りは闇だ。

 樹海は思った以上に暗く、墨で塗りつぶしてるみたいだ。

 空も真っ黒で、天の川が視界いっぱいに広がってる。

 天の川がミルキーウェイなのが分かる気がする。

 真っ黒な夜空の皿に、ミルクを流している。

 そんなミルクに、三角が貼り付けられている所がある。

 んー。あれって……

「それは日が昇ってからのお楽しみに取っておこう」


 いや、想像に難くないぞ?


「ねえねえ?ヴィザーゴさん。また燃費切れで落ちたりしない?」

「落ちるくらいなんともないよ」

 そうですか。

 そういうことではなかったんだけど、それでいいや。

 

「……我が錨を其の儘に、嵩なりの在りかを移行せよ」

 呪文かな?

 マンションの行き帰りのふざけた呪文に比べたら、呪文っぽいけど、ヴィザーゴさんらしくない。

 聞かせたいのかな?

 錨……動かないようにして、移行?

 なんのこっちゃ。


 ふわっと空気に包まれて、段階を経て、足元の明かりが強くなる。

 月は同じ。

 メティイーストの辺りは闇のまま変わることはないけど、森の周りが明るくなる。

 四……、五……、六……。

 空が濃紺になり、星が減る。

 ぶちまけられていたミルクが、川になる。

 七……、八……。

 数が追えてる自信はないけど、十を数えたとき見知った明かりになる。

 LEDの人工的な光。


 層……。

「ここは、地球なの?」

「君たちはよく、そう言ってるね」


 ヴィザーゴさんの白い整った顔に、銀色の髪が揺らぎ、月明かりのエフェクトを背負っている。

 頭のなかで月下のセレナーデが響き、戦闘準備が整い始める。

「……ぷっ」

 と、台無しな顔で笑い出すヴィザーゴさんは、ワルいヒトなのか、イイヒトなのか。

「どうだろう?善くはないかもねぇ」

「なら、イイ人なんじゃない?」


 一瞬だけ真顔になったヴィザーゴさんは、あたしを抱えたまま腰を折って笑い始めた。

 声をあげて。

「……ったく、君たちときたら。善良の思考は僕には到底、及びもつかないよ」

 

 褒められてる気がしないんですけど?

 

 

 

 

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