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12/13

quartus=4:weight ∝ center─重い真ん中

 ヴィザーゴさんの飛行って、ほんと安定してると思う。

 飛行機だって、もうちょい揺れる。

 いったいどんな仕組みなんだろうね?

 とは思うけど、物理も数学も致命的なあたしには、きっと聞いてもわからない。

 あ。


 声に出たかもしれない。

 けど、ヴィザーゴさんは、いつもみたいに目を合わせることもなく、あたしはその綺麗な横顔を覗き込むばかりだ。

 怒ってるのかな?

 んー。

 行きたがってなかったもんねー悪いことをした。


「そうじゃないよ。どうしたの」

 顔は相変わらずそっぽを向いてるけど、声はかけてくれる。

「僕を見たいの?」

 と、漸く目を合わせてくれたけど、どうしたもんだろう?

「……ふぅ、アキラたちは難しいね」


「降ろしてくれたら、あたし一人で行くよ?」

「無理だよ」

 即答かよ。

 土地勘が無いってことかな?

 まあ、樹海でうっかり迷子にでもなったら、地図もコンパスもないあたしには荷が重い。

 あれ?樹海でコンパスは使えないんだっけ?

 いや、それは都市伝説だった、筈だ。


「…………くっ、ぷっはは」

 いつもの笑い声。

「全く、アキラには敵わないな。そうじゃなくて、アキラ今、裸足。さっきまで寝ていたでしょう。靴を履いてない」

 そっちかよ。

「黙って僕に抱かれてなさい」

 ……その、物言い。

 絶対わざとでしょ。


 一旦、すーっと上がって、すぐに降下。

 高く上がる必要あった?くらいの距離……の、ような気がする。

 目の前には池……じゃない!湖だ!

 湖面には富士山が映っていて。

 へぇー。

 これが逆さ富士ってやつかー。

 

 ではあるけど。

 振り返って、樹海の方を見てみて、さほど移動してなかった筈の方向に、村がない。

 こうも全く見えないもの?

 と、思うと村から見るより繁みも深く感じるし、緑も濃く見えるし、芳香剤みたいな森の香り。

 こんなだったっけか?

 そんなに覚えてるわけでもないけど。


「見えないよねーだって無いもの」

 どういうこと?

 さっきまで仏頂面だったヴィザーゴさんは、ご機嫌になってるし。

 チャルマさん(五歳児)かな?君は。

「僕が五歳児なら、アキラ遊んでくれる?」

 はいっ?どういうこと?

「いい子ならね!」

 って、返しといた。


 ガサッって、葉擦れの音がする。

「あーあきらぁ」

 ち、チャルマさん?

 チャルマさんは、肩に獣を担いだヴェーロさんにだっこされて満面の笑み。

 そっか、ヴェーロさんと一緒だったのか。

 もしやヴィザーゴさん、知ってた?


「ん、小さいけどいいんじゃない?」

 って、口にしながら、ヴィザーゴさんがヴェーロさんに近寄る。

 けど……黙っちゃった。

 何だろう?


 なんか、身の置き場のないあたしは、チャルマさんに視線を落とす。

 いや、目線はヴェーロさんにだっこされてるチャルマさんの方が高いのだけど。

 繁みから出てきた時は笑顔だったのに、チャルマさんは困った顔をしてる。

 どうしたんだろう?

「チャルマさん、どうしたの?」

「あきらぁ……」

 ん、ヴィザーゴさんの翻訳機能は、ちゃんと仕事をしているようだ。

 

「あのね、チャルマね、あきらのおみみのやつ、ふたつにしたかったの」

 おみみ?耳か。

 この片耳ピアスのことかな?

 ヴィザーゴさんは真珠って言ってたっけ?

 あたしは実物は見ていなくて、触っただけの感触だと丸くないからか、真珠のイメージがない。

 て、いうか、ここ湖だよね。

 真珠って海にあるんじゃないの?

 

「でも一人は危ないよ。フィリーノさんたち心配してたよ」

 あわわ。

 チャルマさん、泣きそうだ。

「いつもはね、ととがだっこしてくれるから、すぐにつくの。でもね。きょうはいっぱいいっぱいかかったの」

 そうだろうねえ。

 カヴァリーロさん、足長いもんねー


「でね、あきらのおみみのやつ、さがしたんだけど、いっつもなくて。だからね。おひさんがおやまにちかくって、そしたら、おそらがあかくなるから、おそらがあかくなるまえにかえろうとして、そしたら、やぎさんがいたの!」

 ヴェーロさんと会ったわけですね。

 そりゃあ、心強い。

 てか、ここまでは一人できたのか。

 それはそれでおっかないな。

 

「でね、やぎさんともいっかいここにきたら、あったの!みつけたの!これ、あきらにあげゆ!」

 へ?

 さっきまでの困り顔から一転、チャルマさんスマイル。

 困ってたんじゃなくて、言い淀んでたのか。


 見れば、チャルマさんのちっちゃい手のひらに乗ってるのは、1センチに満たない、歪な石。

 歪ではあるんだけど、なんか綺麗で。

 銀色をしていて、でも水に油が浮いてるみたいな不思議な光を放つ。

 こんなのがあたしの耳についてるのか。

 

「……玉虫色とか言うんじゃない?」

 いつの間にかヴィザーゴさんの額は、あたしの頭に引っ付いていた。

 ん、確かにそんな名前の色があった気がする。

 カメムシの色だっけ?

「カメ……甲虫じゃない?」

 耳馴染みはないけど、カブトムシとは違うのか?

 ったく、博識だなヴィザーゴさん。

 

「ところで、ヴェーロさんは何を担いでるの?」

「馴鹿だよ……もっと、大きいのを期待してたんだけど、季節柄仕方ないか」

 馴鹿とな?

 真っ赤なお鼻のルドルフさんですか?

 まあ、冬のイメージではあるけど。

「やぎさんねえ、すごいんだよー。ばさーって、しゅたっで、どぉーんなの!」

 大阪のオバチャンかな?

「アキラの靴代だよ」

 マジっすか?!


「さあて、戻りますか」

 一仕事終えたみたいにヴィザーゴさんが言った。

 終えたのか?

 ヴィザーゴさん、何をした?

 あ、あたしをここまで運んでくれたか。

「酷いなあ」

 すみません。

 

「さ、兎、兎」

 ヴィザーゴさんって、見た目によらず食いしん坊なのかね?

「……Επίκουροςじゃないかな?」

 食通と何が違うのか説明……は、いいか。

 

「アキラのそういう潔さは、全く魅力的だねえ」

 虚仮にされてるのかな?

「まさか、心からの賛辞だよ」

 当てになりませんがな。

 ヴィザーゴさんは笑いを堪えもせずに、歩み出すと、湖を背にして、ピタリと止まった。

 

 どうした?

 ちょっとだけ考えるような素振りをして、ヴェーロさんを見ると、ニヤリと笑った。

 常にクールなヴェーロさんが、すっごいでっかい溜め息吐いてませんか!

 何?何が始まるの?!


 すうっと、あたしを抱えてない方の腕を、木々に覆われた樹海に差し出すと、指で空気を混ぜるように動かした。

 空気が、水飴を練るみたいに、ヴィザーゴさんの指先で波紋を作る。

「えーとぉ……じゅげむじゅげむごこうのすりきれ」

 …………

 絶対、揶揄ってるよね!


 水飴の波紋が凪いで、空気に静寂が戻ると、駆け寄ってくるフィリーノさんとカヴァリーロさんが現れている。


 『道』がある。

 道、って言っても、チャルマさんに月蛾の繭を見せて貰った、獣道をちょっと均しただけの、道。

 あたしたちがついさっき、玄関のように出入りした窓もある。

 ホントに近いじゃん。

 

 空気が軽くなった気がする。

 周りの緑も、若干薄い。

 

 気のせいかな?

「どうだろうねぇ」

 意地悪だな。

「くくっ、アキラが分かるのが面白いじゃない?」

 命に関わらなければそれでいいですけどね。

「ちゃんと直してあげるよ」

 直す、なんですね、治すじゃなくて。


「フィリーノ、兎は出来た?」

「出来てるわよ。それよりまず、……ありがとう」

「なんのこと?僕は何もしてないよ、ね?アキラ」

 さっきのお返しだな。

「こうして探してくれて、見つけてるじゃないか。こっちの山羊……さんも、本当にありがとう」

 山羊頭って言おうとしたよね?カヴァリーロさん。

 寸でのところで言い直した。

 ばればれだけど。

 

「いつものように、山羊頭で構わないのに。ヴェーロは気にしないよ」

「ああ、そうだ。ヴェーロ、ありがとう」

 カヴァリーロさんは、ヴェーロさんの名前を忘れていたのかな?

 わざわざ言い直して、ヴェーロさんからチャルマさんを受け取った。

 名残惜しそうにヴェーロさんの顔を見たチャルマさんは、カヴァリーロさんの腕に収まる。


 怪我はない?と、チャルマさんの体調を慮るカヴァリーロさんたち。

 そこに、激昂や叱咤はなく、ただ、チャルマさんを心配している。

「“善良”って、いいよねぇ」

 と、カヴァリーロさんたちを見つめるヴィザーゴさん。

 アクマが善良に拘る訳ってなんだろう?

 

 視線が、あたしに移る。

「――見惚れた?」

 …………冗談かな?本気ではないよね?

 洒脱な返しを考えていたら、

「……ふぅ、Drolleryだよ」

 冗談ですか。


 そうして、フィリーノさんたちのお宅に戻ると、裏庭にわらわらと人が集まっていた。

 チャルマさん捜索隊かしら?と思ったけど、皆さんやけにさっぱりした顔をしておられる。

 それに、何より。

 ほんのりと湿った衣類。 

 皆さんお揃いで、Tシャツとは違う、弥生時代を彷彿とさせる……あ!貫頭衣って言うんだっけ?

 見たことない生地だけど、そもそもあたし、そんなに生地に詳しくない。

 

「チャルマ嬢ちゃん、見つかったかね」

 と、声をかけてきたのは昨日の靴屋さんだ。

「シュベンデオ。心配かけたね。湖まで行ってたみたいだ」

 カヴァリーロさんに抱かれたチャルマさんが、得意気だ。

 

「なあに、俺たちは留守番ついでに風呂をもらったまでだ」

 昨日は紳士然として、黙々と作業をしていた靴屋さんだけど、お風呂上がりも手伝ってか饒舌だ。

 

「チャルマ嬢ちゃん、冒険はいいが、出掛けるときはちゃんと声をかけなきゃだぞ。ビエスさん、娘さんの靴は明後日には出来るからな!」

 忙しいな。

 

 捲し立てるように、連絡事項を告げると、靴屋さんはヴェーロさんの獲物に釘付けになっていた。

「ビ、ビエスさん、あれ」

「ああ、靴の代金には足りますか」

「充分だとも!さあ!捌くぞ!」

 

 おーっ!って、わらわらいた人たちは、いつの間にか道具を持ってきている。

 手際いいな。

 でも、お風呂上がりですよね?

 獣を捌くって、いいんですか?

 

 どわっ!血!スプラッタっ!

 ……ここで、倒れたりできたら、可愛げもあろうものを。


「ねぇ?ヴィザーゴさん」

「ん?」

「あたしって、可愛げがないよね」

「それは、見目のこと?」

「ううん」

「……庇護されたいのなら必須だけど、アキラは立てるじゃない」

「そうなのかな」


 あたしは、なんだかバツが悪くなって、ヴィザーゴさんの顔から視線を逸らした。

 したら、もろに解体が目に入ってしまって……

 吐けないし、

 昏倒も、失神も出来ず、

 気持ち悪さだけを持ち越して、

 ヴィザーゴさんの胸に、ぎゅっとしがみついてしまった。


「La vivo estas por esti ĝuata」

 踊る阿呆に見る阿呆って歌う、阿波踊りの映像が脳裏に浮かんだ。

 当然、ヴィザーゴさんの笑いスイッチは押したよね。 

 

  


 

 

 

 

 

 

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