第1話 親父が死んだら、全員裏切った
伝説の宇宙海賊が死んだ。
その途端、部下たちは一斉に裏切り、艦隊も財産も根こそぎ奪って逃げていった。
あとに残されたのは、筋金入りのポンコツ息子と、廃船寸前にしか見えない一隻の宇宙駆逐艦。
乗組員は、引退寸前のヨボヨボな爺さん五人、料理と会計を担当する世話焼きのおばちゃん、そして壊れかけに見える旧式アンドロイド三体だけ。
どう考えても、再起不能。
――ただし、見た目だけは。
老人たちは銀河戦争を生き抜いた伝説の勇者。
おばちゃんは、小国すら滅ぼせる私兵を持つ宇宙最大企業の会長。
旧式アンドロイドは、最先端技術で擬態した超高性能機。
ボロ船の内部には、現代科学の常識を超えた超高速エンジンと、敵艦隊百隻を撃滅する秘密兵器が眠っている。
そして亡くなった父親の脳内データもまた、艦のメインコンピュータの中で生きていた。
何も知らないポンコツ息子を一人前の船長にするため、父はホログラムとなって今日も怒鳴る。
「そこは自爆ボタンだ! 気軽に押すな!」
本人の実力は最低。
率いる仲間と船の性能は銀河最高。
しかも、本人だけが自覚していない異常な悪運まで持っている。
第1話 親父が死んだら、全員裏切った
俺が死んで、三日目のことだった。
伝説の宇宙海賊ガルド・レイヴンの葬儀は、銀河標準時でわずか十二分。参列者は七百人を超えたが、泣いていたのは八人だけだった。
残る六百九十二人は、俺の財産がどう分配されるのかを確認しに来ていた。
宇宙海賊の葬式なんて、そんなもんだ。
もっとも、俺自身は葬儀会場にいた。
正確に言えば、脳内データを愛艦のメインコンピュータへ移植していたので、死んではいるが、完全には消えていない。
映像も音声も拾える。艦内限定なら、ホログラムとして姿を現すこともできる。
つまり俺は、幽霊ではない。
高性能な残留思念だ。
……言っていて少し寂しくなった。
「親父……」
棺の前に立った一人息子、レオ・レイヴンが肩を震わせた。
二十三歳。金髪。長身。顔だけなら、若き英雄に見えなくもない。
顔だけならな。
「親父の遺志は、俺が必ず継いでみせる」
おお。
こいつも少しは立派になったか。
「銀河中の美女に愛される、史上最高の宇宙海賊になる!」
違う。
俺が継がせたかったのは、そこではない。
参列者の中から、すすり泣きが聞こえた。
感動ではない。笑いをこらえている音だった。
俺はメインコンピュータの中で、自分の教育方針を三秒ほど反省した。
そして葬儀終了から二時間後。
俺の元部下たちは、一斉に裏切った。
◇
「ガルド船長亡き今、俺たちが小僧に従う理由はない!」
元副船長のドラクが、遺産分配会議の円卓を叩いた。
身長二メートルを超える岩石種族で、頭部は隕石のように硬い。知能もだいたい隕石と同程度だが、腕力だけなら一級品だ。
その背後には、幹部たちがずらりと並んでいた。
レオは船長席にふんぞり返り、脚を組んでいる。
「なるほど。つまり、俺の実力を試したいんだな?」
違うぞ、息子よ。
それは反逆宣言だ。
「試す必要はない」
ドラクは冷たく言い放った。
「お前に実力がないことは、全員知っている」
「俺の才能を恐れているのか」
なぜ、そう変換された。
「射撃訓練では、静止標的を一度も撃ち抜けなかった」
「型にはまらない射撃だからな」
「小型艇の操縦試験では、発進前に格納庫の壁へ突っ込んだ」
「敵は宇宙だけにいるとは限らない」
「交易所では、燃料を買いに行って宇宙ヤギを二十頭連れて帰ってきた」
「あれは将来性のある投資だった」
三日後、宇宙ヤギが通信ケーブルを食いちぎり、艦隊全体が十二時間ほど通信不能になったことは忘れたらしい。
ドラクは深々と息を吐いた。
「とにかく、俺たちは独立する。主力艦四十二隻、戦闘員三千二百名、武器、弾薬、保有資産の九割は俺たちがもらう」
「ずいぶん遠慮したな」
レオは不敵に笑った。
俺は一瞬、耳を疑った。
「九割でいいのか? 全部持っていってもいいんだぞ」
俺はメインコンピュータの中で絶叫した。
よくない!
そこは止めろ!
なぜ反逆者に気前のよさを見せる!
ドラクも予想外だったらしく、岩の眉をわずかに動かした。
「……本当にいいのか?」
「大海賊には、大海賊の余裕が必要だからな」
「では、遠慮なく」
「ただし!」
レオが勢いよく立ち上がる。
おお。ようやく船長らしいところを見せるか。
「俺の寝室にある等身大美女ホログラム集だけは置いていけ!」
俺は全艦の電源を落としてやろうかと思った。
こうして、俺が四十年かけて築いた宇宙海賊団《黒き彗星》は、わずか二時間で崩壊した。
最新鋭戦艦、巡洋艦、補給艦、鉱山惑星の採掘権、複数の隠し金庫。持ち去れるものは、すべて持ち去られた。
裏切り者たちの艦隊が次々と宇宙港を離れていく。
それをレオは司令室の巨大窓から見送り、腕を組んでいた。
「去る者は追わず、か」
いや、追え。
少なくとも金庫は追え。
「これで俺も、真の意味で独立した船長だな」
お前は今、独立したんじゃない。
置き去りにされたんだ。
◇
レオに残されたものは、一隻の宇宙駆逐艦だけだった。
船名は《アルバトロス号》。
船齢六十八年。装甲は傷だらけで、船体の各所に修理跡がある。右舷の識別番号は半分剥がれ、左舷エンジンは低い唸り声を上げていた。
どう見ても、廃船寸前の老朽艦である。
無論、偽装だ。
外装の下には最新複合装甲があり、通常航行だけでも現役戦艦と互角に渡り合える。さらに艦内の奥深くには、俺が生涯をかけて完成させた切り札が眠っている。
だが、それをレオに教えるのはまだ早い。
あいつは新しい玩具を持たせると、説明書を読む前に最大出力のボタンを押す。
五歳のときは光線銃。
十二歳のときは小型艇。
十八歳のときは惑星間ミサイルだった。
三回とも生き残ったのは、才能ではない。
奇跡だ。
《アルバトロス号》の前には、レオと、わずか九名の乗組員が並んでいた。
まずは老人が五人。
砲撃手のグラン爺さん。
白兵戦担当のジン爺さん。
索敵担当のボル爺さん。
通信担当のメッケル爺さん。
医療担当の老師ホウ。
全員、七十歳を超えている。
一人は杖をつき、一人は腰を押さえ、一人は補聴器を調整し、残る二人は立ったまま居眠りしていた。
「爺さんたち、本当に乗るのか?」
レオが心配そうに尋ねた。
「戦闘中に死なれても、労災は出ないぞ」
船長が最初に心配するのは、そこではない。
グラン爺さんが、しわだらけの顔で笑った。
「ほっほっほ。船長の最期の頼みじゃ。若様が一人前になるまで、面倒を見てくれとな」
「俺なら、もう一人前だけどな」
老人五人が一斉に目をそらした。
こいつらはヨボヨボに見えるが、かつて銀河中央戦争を生き抜いた化け物どもだ。
グランは一発の砲撃で敵旗艦三隻を貫通させた伝説の砲手。
ジンは単身で要塞へ乗り込み、敵兵五百人を制圧した白兵戦の鬼。
ボルは四光年先の艦隊をエンジンの振動だけで発見する索敵の天才。
メッケルは敵軍の暗号通信を三分で乗っ取る電子戦の怪人。
老師ホウに至っては、死人以外なら宇宙怪獣でも治す。
本人いわく「死人も死後五分までなら患者」らしい。
こいつらを老人ホームへ入れるほうが危険である。
その隣には、恰幅のいい中年女性が立っていた。
花柄のエプロンに、巨大なおたま。調理兼会計係のマリアおばちゃんだ。
「レオ坊、難しいことはいいから、まずご飯を食べな。船長が痩せていたら、部下が不安になるよ」
「さすがマリアおばちゃん。俺の船長としての威厳を理解している」
「違うよ。あんた、さっきからズボンのファスナーが開いてるんだよ」
レオは無言で背を向けた。
俺も無言で航海記録からこの場面を削除した。
マリアは、ただのおばちゃんではない。
銀河中に病院、食品、住宅、葬祭、兵器、保険、娯楽施設を展開する超巨大複合企業の創業者にして会長だ。
企業理念は「ゆりかごから墓場まで。必要なら墓場の先も」。
保有艦隊の正確な数は、俺も知らない。
噂では、小国なら三日で地図から消せる。
その会長が、なぜ花柄のエプロンで海賊船のコックをしているのか。
幼いころ、戦災孤児だった彼女を俺が助けたからだ。
「恩返しだよ」と本人は言う。
恩返しの規模が少々大きすぎる気もするが、レオを任せるには誰より信頼できる。
もっとも、当のレオは彼女を「料理と暗算が得意なおばちゃん」としか思っていない。
最後に、三体の旧式アンドロイド。
操縦担当のゼロイチ。
航法担当のゼロニ。
整備担当のゼロサン。
三体とも角張った金属製の身体で、塗装は剥げ、関節を動かすたびにギギギと音が鳴る。
ゼロイチの左目は点滅し、ゼロニの頭からは謎のアンテナが飛び出し、ゼロサンの胸には「中古・返品不可」と書かれた札が貼られていた。
レオが腕を組む。
「ずいぶん古そうだな。ちゃんと動くのか?」
『モチロン、ウゴキマス』
三体が、わざとらしい機械音声で同時に答えた。
演技が下手だ。
こいつらの正体は、俺が死ぬ直前に完成させた最先端戦術アンドロイドである。
一体だけでも、銀河連邦軍のメインコンピュータを上回る処理能力を持つ。
あえて旧式に擬態させたのは、裏切り者たちの目を欺くためだ。
しかしレオは、三体の周囲を一周すると、満足そうにうなずいた。
「ボロ船に、爺さん五人、おばちゃん一人、ガラクタ三体か」
お前自身も数に入れろ。
最重要ガラクタだ。
「いいだろう。俺にふさわしい、選び抜かれた精鋭たちだ!」
何を基準に選び抜いた。
五人の老人と一人のおばちゃん、三体のアンドロイドが顔を見合わせた。
その視線には、言葉にしなくても分かる共通認識があった。
――この若船長、本当に大丈夫か?
安心しろ。
俺も同じことを考えている。
◇
出港前夜。
レオは船長室のベッドに寝転び、美女ホログラムの整理をしていた。
裏切りによって組織が崩壊したその日に、よくそんなことができるものだ。
俺はメインコンピュータから投影装置へ接続し、青白いホログラムとして机の上に出現した。
現役時代の姿だ。
黒い船長服。左目の眼帯。銀河連邦が俺の首にかけた賞金は、最高で八百億クレジット。
宇宙海賊ガルド・レイヴン。
その姿を見たレオは飛び起きた。
「うわあああっ! 出たあああ!」
「親を害虫みたいに言うな!」
「親父!? 死んだはずじゃ……」
「肉体は死んだ。だが脳内データを艦のメインコンピュータに移した。これから俺は、お前の教育用管理プログラムとして活動する」
「なんだ、ただの親父か」
「亡霊より親父のほうが怖いと、今から教えてやる」
俺は端末を操作し、壁一面に訓練予定表を表示した。
午前四時起床。
基礎体力訓練三時間。
宇宙航法二時間。
砲撃理論二時間。
艦隊指揮三時間。
白兵戦訓練二時間。
帝王学、経営学、銀河法、会計、兵站、交渉術。
消灯は午前零時。
レオの顔から血の気が引いた。
「待て。睡眠時間が四時間しかない」
「安心しろ。昼食中にも授業をする」
「人権は?」
「海賊が銀河法廷で最初に捨てるものだ」
「俺は実戦で成長するタイプなんだ」
「お前は実戦に出すと、周囲の血圧が成長するタイプだ」
「親父は俺の隠れた才能を信じていないのか?」
「信じている。隠れたまま一生出てこない可能性をな」
レオはベッドの上に立ち、俺を指さした。
「いいか、親父。俺は俺のやり方で、親父を超える大海賊になる!」
「ほう。具体的には?」
「まず、明日の出港を成功させる!」
目標が低い。
「そして銀河中に、レオ・レイヴンの名をとどろかせる!」
「その前に、出港手順は覚えたのか?」
「船長が細かい操作をする必要はない」
覚えていないらしい。
「では聞く。目的地は?」
「自由だ」
「航路は?」
「風の向くまま」
「宇宙に風はない!」
俺の怒声で、照明が一瞬消えた。
レオは耳を押さえながら、面倒そうにベッドへ座り直した。
「分かった、分かった。訓練は明日からやる」
「今からだ」
「今夜は船出を祝って寝よう」
「まだ船出していない」
「細かいことを気にすると禿げるぞ」
俺は反射的に自分の頭を触ろうとして、ホログラムの手がすり抜けた。
生前から気にしていた部分を正確に突いてきやがる。
「よし。最初の訓練は船外活動だ」
「何をするんだ?」
「命綱なしで船体を十周」
「死ぬだろ!」
「大丈夫だ。脳内データは保存してやる」
「親父と同じにするな!」
その夜、《アルバトロス号》の船長室からは、深夜まで親子喧嘩の声が響いた。
マリアは食堂で帳簿を確認しながら、楽しそうに笑っていた。
老人五人は酒を酌み交わし、三体のアンドロイドは明日の航路を密かに計算していた。
誰も口にはしなかった。
裏切り者の艦隊が、宇宙港の外側に偵察艦を残していることを。
《アルバトロス号》の本当の性能を探ろうとしていることを。
そして、マリアがすでに銀河各地の私兵へ、短い指令を送っていたことを。
――レオ坊を狙う者は、私の許可なく一隻たりとも近づけるな。
送信から二秒後。
銀河各地で、数百隻の企業艦隊が静かに動き始めた。
俺はそれを知っていたが、レオには教えなかった。
あいつは知らなくていい。
少なくとも今はまだ。
◇
翌朝。
《アルバトロス号》は、宇宙港の出港ゲートに停泊していた。
レオは船長席に座り、胸を張っている。
老人五人は持ち場につき、マリアは厨房で朝食の後片づけをしていた。
三体のアンドロイドが操縦卓の前に並ぶ。
『全区画、異常ナシ』
『通常航路、設定完了』
『主機関、出力五パーセント』
レオが右手を上げた。
「全員、出港準備!」
「とっくに終わっておるぞ」
グラン爺さんがぼそりと言った。
「分かっている。船長らしく言ってみただけだ」
俺はレオの隣へホログラムで現れた。
「出港許可を取れ」
「海賊が許可を取るのか?」
「宇宙港の中では取れ! ゲートに挟まるぞ!」
「大丈夫だ。俺の勘では、もう出られる」
レオが、操縦卓の一番目立つ赤いボタンを押した。
警報が鳴り響いた。
『警告。ドッキングアーム未解除』
『警告。出港ゲート閉鎖中』
『警告。主機関、急速加速』
「何を押した!?」
「出港ボタンじゃないのか?」
「緊急最大推力だ!」
《アルバトロス号》のエンジンが咆哮した。
巨体が前方へ飛び出す。
しかしドッキングアームは外れていない。艦首は閉じたゲートへ一直線。管制室から悲鳴のような通信が殺到する。
「止めろおおお!」
『了解』
ゼロイチの返事は冷静だった。
三体のアンドロイドが一瞬で操作を引き継ぐ。
ドッキングアームを逆噴射で外し、右舷スラスターを噴射。船体を九十度回頭させながら、わずかに開き始めたゲートの隙間へ滑り込ませる。
装甲とゲートの間隔、左右三センチ。
《アルバトロス号》は、信じられない機動で宇宙港を飛び出した。
直後、貨物区画に積まれていた大量の廃材が崩れ、追跡してきた偵察艦の進路へばらまかれた。
偵察艦は慌てて回避。
そこへ、たまたま航行してきた大型輸送船が突っ込んだ。
衝突を避けようとした偵察艦は推進器を破損し、完全に停止した。
すべて偶然。
少なくとも、レオにとっては。
静まり返った艦橋で、レオはゆっくりと立ち上がった。
そして窓の外に広がる星々を見つめ、不敵に笑った。
「計算どおりだ」
全員の視線が集まった。
「敵の偵察艦を無力化しつつ、派手な船出で俺たちの存在を銀河に示した」
「若様」
グラン爺さんが尋ねる。
「今のが敵の偵察艦だと、いつお気づきに?」
「今だ」
正直なのはいい。
「どうやら俺には、船長としての天賦の才があるらしい」
ない。
断じてない。
《アルバトロス号》は、ゆっくりと星の海へ進んでいく。
見た目はボロボロ。
乗っているのは、ポンコツ船長、ヨボヨボの老人五人、世話焼きのおばちゃん、旧式にしか見えないアンドロイド三体。
そして死んだ父親の脳内データ。
銀河中の誰も、この小さな船を脅威とは思わないだろう。
俺も、できれば思いたくない。
だが俺は知っている。
この船の装甲下に隠された真の力を。
老人たちが、かつて積み上げた伝説を。
アンドロイド三体の異常な性能を。
マリアが一声かけるだけで動く、巨大すぎる戦力を。
そして何より、理屈も常識も因果関係さえも踏み倒す、息子の悪運を。
レオは船長席に腰を下ろし、偉そうに脚を組んだ。
「さあ、行くぞ! 銀河が俺を待っている!」
「待っていない」
「親父、船出くらい格好よく締めさせろよ!」
「では、目的地を言え」
「もちろん決まっている」
レオは自信満々に正面を指さした。
「あっちだ!」
「宇宙航法の授業を二時間追加する!」
こうして俺たちの航海は始まった。
銀河史上最強になるかもしれない船と、銀河史上最弱かもしれない船長を乗せて。
率直に言おう。
俺はこのとき、裏切り者への復讐より先に、息子が一週間以内に船を壊さないことを願っていた。
そして、この願いがどれほど無謀だったかを、翌日には思い知らされることになる。
なぜならレオが、封印しておいた超小型高出力エンジンの起動装置を――目覚まし時計と間違えて押したからだ。
第2話へ続く




