鬼哭の射精
お触れのあった居館へ俺が赴くと、すでにかなりの数の志願者が集まっていた。
豪族たちも困ったんだろうね。
褒美はともかく、食料や装備まで用意しなきゃならない。使えるかどうかも分からない輩にまで渡すのは、かなりの痛手だ。
普通なら、受け取って逃げるだろうしね。
そこで急遽、翌日に死合を行い、少人数へ絞ることになったんだ。
「死合?」
「そう、死合」
俺は宙に指で書きながら答えた。
死合と呼んだのは、武士でもない俺のような輩を間引くためだ。
次の日に行ってみると、前日までうじゃうじゃいた連中の半数以上が来なかった。
そして始まったのは、その場に残った者全員による、ただの殺し合いだったよ。
「そこで兄さんは勝ち抜いたのかい?」
男が驚いた目で俺を見ている。
いや、そんなに難しかった記憶はないな。
夢中で、ところどころ覚えていないんだ。
俺も含め、刀をまともに使ったことのある奴なんて、ほとんどいなかったんだろう。
悲鳴を上げ、抜いたばかりの刀を取り落とす者。逃げようとして背中を斬られる者。
そんな奴らを、俺は錆びた刀で夢中になって刺したよ。
ただ、なんていうんだろうな。
心に溜まっていた何かのせいか、他人の持つ武器への恐れが、すっかり欠けていたような気がする。
そして、不逞な輩どもの死合で生き残ったのは、俺を含めて三人だった。
終わった途端、急に足へ力が入らなくなった。
気づいた時には、俺は射精していたよ。
あれが快感だったのか、恐怖だったのか、今でも分からない。
男たちの何人かが、喉を鳴らした。
「いやあ、でも、そこから晴れて討伐隊になれたんだろ?」
一人の男がそう言った。
ああ。討伐隊と呼ぶのかは分からないが、後日、着物や刀、食料などを用意してもらった。
聞いた話では、海を渡った先に、鬼の住む島があるらしい。
豪族たちはいずれ、その島を他国と品物を売り買いするための拠点にしたいのだとか。
だから、そこに巣食う『鬼』を退治しろという理屈だった。
しかし、そのために用意された人員が問題だったんだ。
「人? 家来みたいなものか?」
そんな大層なものじゃない。
俺たちに充てがわれたのは、武士の中でも落ちこぼれと呼ばれる連中だった。
生き残った三人それぞれに、三人ずつ、お供のような者が付けられた。だが、どいつも見た目からして普通じゃない。
『あ゙あ゙っ……わあ゙ぁ゙』としか喋れない、物言えぬ武士。
いつもそわそわと辺りを見回し、ひとところに落ち着いていられない武士。
それと、最後まで確かなことは分からなかったが、媼と同じく、元は傀儡女だったのだろう女。
俺には、この三人が充てがわれたんだ。
「女? 鬼を退治するのに、女では力不足であろう」
いや。これは後で話すが、鬼退治に一番必要だったのは、その女だった。
まあ、話を戻そう。
とにかく、そんな奴らを連れて、俺たちは舟に乗り、鬼ヶ島へ向かった。
身体が一丈にも及ぶ鬼と聞き、恐れる者もいたが、俺はそれほど恐怖を感じてはいなかったんだ。
しかし、渡航まで順調だったわけじゃない。
小さな小舟に、四人ずつ。
鬼ヶ島までは六里。天気が良くても、半日はかかるという話だった。
四人乗りの小舟は波をかぶるたびに軋み、舟べりにしがみついて嘔吐する者もいた。
海では時折、黒い背びれが水面を割った。
「鱶だ」
誰かがそう叫ぶたび、怯えて櫂を動かせなくなる者もいた。
「すると、鱶の餌になっちまった奴もいたのかい?」
まあ、お噺であれば、そこで鱶に一人二人食わせた方が面白くなるのだろう。
だが、実際に恐ろしかったのは、鱶ではなく潮の流れだったんだ。
「潮の流れ?」
ああ。俺たちの舟には、船頭が乗っていなかった。
「なんだと? それじゃあ……」
一人の男が立ち上がった。
そりゃそうだろう。
お供として付けられたのは、口も利けない物言えぬ男や、狂人のように気触れた男だ。そんな連中のために、まともな船頭まで付けてくれるはずがない。
多くの舟が、鬼ヶ島へ近づくことすらできず、潮に流されていった。
その後、鱶に食われたのか、別の島へ流れ着いたのか、そこまでは分からない。
結局、天に見放されなかったのは、俺の乗った舟だけだった。
もう二人の生き残りが乗った舟も島へ着いたが、そこに残っていたのは、それぞれ一人ずつのお供だけだった。
つまり、鬼ヶ島へ辿り着いたのは、俺たち四人と、その二人。
合わせて、六人だけだったんだ。




