おたまは手と足が生えたのだ
「おうっ兄さん、お前さんもこっち来ていっしょに食わんかえ」
碗に名の知らない草が入った汁を渡された。
「かたじけない」
一礼すると、夢中で食べた。
「はっはっはっ!よっぽど腹が減っていたんだな」
食べ終わる頃、汁を渡した男が俺に聞いてきた。
「汚れちゃいるが、変わった陣羽織を着ている」
「こんなとこにいるような人には見えねえんだがなぁ」
「気になるのか?」
「気になるってわけじゃーねぇが、俺らは人の話を聞くくらいしか、やることがねーからな」
そう言い、男は笑うと周りにいた男たちも、それに釣られて笑った。
「そうか。では草汁の礼になるかは分からんが、ここで俺の呪われた半生をお聞かせいたそう」
◇
俺の生まれは、桃の中からと言われ育った。
今思えば、翁は落人、媼は、若い頃は各地を巡って歌い、舞い、男たちをもてなしていた。
年齢を重ね、芸も衰え、流浪をやめた傀儡女だ。
子のいない夫婦で落人と傀儡女は、村外れで暮らすことを余儀なくされたんだ。
「ほう、ってことで、桃から生まれたって言ったのはなぜだい?」
俺のいた地域は、田舎者のバカばかりだ。
デカい桃の中から子どもを授かったぞ。
当時翁は村中に言い触れまわったらしい。
だが、いくら村の人達がバカでも桃から子どもが産まれたなんて信じるわけがないだろう。
「まあ……そうだな」
俺をどこで拾ったのかは、結局今でもわからないが、得体の知れない『桃』から産まれたと吹聴しまくったお陰で、さらにヤバい奴だと思われ、村には戻れず、六里離れた山奥での生活を余儀なくされたんだ。
「するてっと、お前さんの名前は?」
言うのも憚るが、一度吹聴したことに引っ込みがつかなかったのか、俺は桃太郎なんて、クソみたいな名前をつけられたんだ。
「桃太郎?そりゃぁ難儀じゃったろうな」
そうだ。それでも十歳くらいまでは『そういうもんなのかな〜』と、漠然と受け入れていた、自分に今でも憎しみが湧くよ。
「しかし〜なんだ?翁と媼にとっちゃあ一応、自分の子として、大切に育てられたんじゃないのか?」
とんでもない。
そもそも村八分にされた老いた落人と傀儡女の子だぞ?
子を産める歳でもなければ、動きも鈍い。
物心つく頃には、ジジイとババアの介護を余儀なくされたんだ。
「普通は畑を持ち、食べ物を蓄え、冬を越す」
「そういうもんじゃないのかい?」
当時、俺は童だぞ?
一から畑を耕すなど出来るわけがない。
「いや、翁は?」
ジジイだぞ?動きゃしない。ババアもジジイよりはマシだが、キビキビ動けるわけではないのだ。
そういった家庭事情から俺は、毎朝は早くから村へ降りていき、残飯を漁り、酒がないと暴れるジジイの為に酒を失敬して、食料の調達がすめば、やれ足が痛えだの腰が痛えだの言い出す、ジジイとババアへ按摩のようなことをさせられた。
「ちょっと待て?そんな毎日盗みだけで生きていけるわけねーだろ?」
……
ああ、言うとおりだ。
思い出すだけで吐き気がするが、若かった俺は、村の男や老女に買われた。
朝、銭を握らされ、何事もなかったように家へ帰る。 たまに貴族や豪族の相手をした時だけは、報酬が良かったよ。
「そりゃあ……聞いて済まんかった」
いや……いいんだ。
続きを聞くかい?
「ああ……続けてくれ」
そんなジジイの救えねぇ所は、酔ったら手がつけられねぇということだ。
『女の分際で、なに言ってやがる!』
媼がぶん殴られ、悲鳴が聞こえたかと思うと、今度は媼が、聞いたこともない声で鳴き始める。
俺は毎日、藁を被り、耳を塞いで寝ていた。
それでも媼の悍ましい悲鳴だけは、藁を突き抜けて耳に届くんだ。
「兄ちゃん、あまりいい酒じゃあねぇが、一杯いくか?」
いただこう。かたじけない。
俺は一気に飲み干し話を続けた。
そんな毎日を過ごし、もう産まれた意味もわからなくなった時期が三年ほど、続いた。
見るもの全てに腹を立て『俺は、なんでこんな淫売ジジイとババアの世話をしているのか』本当にわからなくなった時期があったんだ。
齢は正確には分からんが、恐らく六つの頃から約十年間、村の大人たちに弄ばれ続けた俺には、冷静に判断するという感覚がなくなっていった。
毎日毎日、耳元で果てる村の男や貴族。
醜悪な声を上げ、腰を振る婆さん。
家に帰れば、翁と媼が裸でまぐわっている。
いつしか俺には鬼が宿っていたよ。
ここまで話すと、奥にいた男が、言った。
「鬼?そりゃぁ、聞いたことがあるぞ」
「ほんとか?」
「ああ、都でそんな噂を聞いた。確か犬だの猿だの連れて行って、鬼退治に行った若者がいるってな」
ああ、恐らく俺のことだ。
「そうなのか?そりゃあ、けったいな御方とお会いしたもんだな」
知っている者もいるのであれば、ちょっと話は飛ぶんだが、鬼退治の話をしようか?
「おお、その話は、楽しそうだな」
そこにいた男たちは、盛り上がり、安酒を酌み交わしている。
そして俺の杯にも一杯注がれ、再び俺は話を始めた。
まず、犬、猿、あと恐らくキジにきび団子を渡し、従え、鬼ヶ島へ旅立ち、討伐して帰ってきた。
聞いた話はそんな所ではなかったか?
「ああ、多分そんな話だった」
聞いていてどうだ?
皆の者が想う鬼に、犬っころやら、猿を連れて行って鬼なんか倒せると思うか?
「いやー」
男たちは声を揃え首を傾げている。
全てが間違いではないが、大きく話が逸れているのだ。
まず犬や猿はともかく、キジだぞ?
団子など食うわけがないだろ?
「まあ」
そもそも、人として最低の暮らしをしている俺が、なぜ鬼退治なんて成功させた?
「いや、まあ」
始まりは、突然、来たんだよ。
ある時、俺はいつものように、村で弄ばれ、朝方帰ったんだ。
帰ると、裸の媼の上で翁が頭を抑え、動けなくなっていたんだ。
「まさか、殺したのか?」
一応、育ての親だ。
俺が殺しは、していない。
しかし、俺の頭の中で、何かが音を立て崩れていくような感覚があったんだ。
そして壁に立て掛けられた刀は、何年も抜かれていなかったのだろう。 柄は黒ずみ、鞘にはひびが入り、刃は赤錆に覆われていた。
それでも俺は、その刀を握った。
その錆びた刀を知っていたから、恐らく翁は落人ではないかと思ったのだがね。
「翁はその後どうなったんだ?」
知らん
「帰っていないのか?」
帰る理由もない。
「……」
とにかく、裸の媼とその上で頭を抑え悶えている翁の元から始めて飛び出した。
いいしれぬ開放感に包まれたのを今でも覚えているよ。
そして、村へ降りると帝の募集があって、何やら、『鬼ヶ島の鬼退治』が、あったんだ。
「あの数年前にあった、鬼退治か!オラも知っているぞ」
ああ、結構その当時は話題があったことだと思う。
俺は迷わずその募集に飛びついたよ。




