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第56話


 次元支配によって全ての世界が分かたれて、一年の月日が経った。エトワールから次元獣が消え、冒険者も守備隊も皆、失業。勇者を示すプラチナのエンブレムも、とうに過去の栄冠となった。


 新魔創生が白日となり、ヴィルファイド王国からウノやセイスといった属性数による階層支配はなくなった。……少なくとも、表面上はそうなっている。


 同様に、ウノ教徒も、教会組織も、今はもう存在しない。


 この一年は、激動の一年だった。しかし、市井の人々は逞しい。現状を柔軟に受け入れて、新しい日常を力強く過ごしている。


 大変だったのは、ウノ至上で特権に胡坐をかいてきた貴族たちだ。彼らは今も、隙あらば過去の階級社会を取り戻そうと必死だ。


 煩わしいが、その動向に目を光らせるのも変化をなした俺の責任だと心得ている。


「お兄ちゃん、聞いて聞いて!」


 俺が聖魔法教会の敷地に新しく建てた王立魔力研究所の所長室で来季の予算組みに頭を抱えていたら、チナがノックもなしに飛び込んでいた。


「こら、チナ。ノックを忘れている」


 一年前よりグッと身長も伸びて、真ん丸だった頬も少女めいたそれへと変わり、急成長を遂げたチナ。しかし、眩いばかりの笑みと元気のよさは相変わらずだ。


「あ、ごめんなさい! でもね、ビックニュースなのよ!」


「それで? いったいなにがあったんだ?」


「なんとアレックたちが、引っ越し屋さんを始めたのよ!」


「ほう!」


 俺は以前、チナと『もしこの世界から次元獣がいなくなり、冒険者が軒並み廃業となったら、その時は荷運びや引っ越しを生業とするのも悪くない』と、こんな話をしたことがあった。


 その発言はなまじ冗談でもなかったのだが、俺は現在、アルバーニ様の鶴の一声で王立魔力研究所の所長に就任させられていた。


 ちなみに王立魔力研究所というのは、聖魔法教会の魔力研究と研鑽の部門をそのまま引き継いだ後身の組織だ。教祖以下、ウノ教徒らの権勢が強すぎた教会組織をそのまま残すことができず、教会は一度解体の形を取らざるを得なかった。教会の次世代へ繋げていきたい分野だけ名を変えて残した恰好だ。ここの長は俺だが、研究研鑽を担う研究員は大部分が元教会所属の魔導士たち。研究員は教会では下級職だったが、俺に言わせればデラに傾倒したウノ教徒の幹部らよりよほど優秀だ。


 とにもかくにも、アルバーニ様の思惑に乗せられて所長に据えられてしまった俺は、現在目が回るほどの忙しさ。とてもではないが、引っ越し屋に手を出せる状況ではなかった。


「しかも、すっごい人気らしいの! 後から後から引っ越しの依頼が引っ切りなしで、てんてこまいなんですって!」


「……なるほどな。ブラスト領からオルベルに移動した時のように風魔力を利用し、運搬の効率化を図っているのか」


 実は、アレックは侮れない。奴はきっと、ゴキブリ並みの生命力でどんな場所でも生き繋ぐだろうと、今の俺はある種の確信を持っていた。


 一年前も、アレックたち面々は俺がオルベルに張った防護障壁を守り続けた。


 俺が次元を分断し、デラと共に別次元に行ってしまった後は、オルベルに張った防護障壁への次元魔力供給が滞った。しかし奴らは、自前の魔力で防護障壁を維持し、魔導士らが教会から取り逃がした次元獣からオルベルを守り切ったのだ。


 チナは「わたしたちが上空から戦艦で危ないところを援護してあげたからよ」と言っていたが、それでも最後までやり切ったのは立派だと俺は一定の評価をしていた。


「あー、なるほどね!」


「後で俺の名で開業祝いでも届けてやるとするか」


「わっ! お兄ちゃんってば人がいいんだから」


 ――コン、コン。


「セリシアです」


「入ってくれ」


 扉が外から叩かれて、俺は即座に入室を促す。


 ひょっこりと顔を表したセリシアは、今ではヴィルファイド王国のみならずエトワール中で聖女と謳われている。


 一年前、デラ召喚に伴う次元獣発生で、あの場にいた教祖以下、三十人近い魔導士らの中には救命が困難なほどの負傷者が多数いた。教祖も瀕死の重症を負っていた。この負傷者全員を、セリシアが再生快癒の新魔力で救った。


 救命の場面は、オルベルの皆が目の当たりにした。奇しくも、論より証拠で新魔創生の存在を民草に広く伝えることになった。


 救命された教祖は戦慄く唇で小さく謝罪と礼を呟いて、それっきり表舞台から退いていった。マリウス大魔導士は、自ら十九年前の俺の両親殺害を自白し、贖罪の日々を送っている。


「おかえりセリシア」


「はい、ただいま戻りました」


 セリシアは国の機関を通した正式な依頼があればどこにでも出向いていって治療を施し、そして、後進の育成にも精力的に励んでいる。能力のみならず、彼女の姿勢はまさに聖女といえた。


 その彼女が、今回は私的な訪問から戻ってきたところだった。


「して、マーリンの具合はどうだった?」


「アルテミアお姉ちゃんは!? 元気だった?」


 そうなのだ、セリシアが出向いていたのはアルテミアの故郷・ウェール領。アルテミアの弟のマーリンの一年後検診で再訪したのだ。ちなみにアルテミアは、半年前に故郷に戻っている。


 当初、オルベルで俺の秘書役を務めていたアルテミアだったが、半年が過ぎようというタイミングでウェール領への帰郷を選んだ。もしかすると、その直前に、老衰によって旅立った祖父母を見送った俺が『時間には限りがある。もっと多く話をしておけばよかった』と、こんなふうに零したことが少なからず影響しているのかもしれない。


 ただし、その言葉はあくまで残された俺の心残りであり、祖父母たちは生前口にしていた『息子夫婦の弔いも無事に済んだし、後はピンピンコロリで逝くぞい』を見事に有言実行してみせたわけで、後悔なく大往生で逝ったのだろう。


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