第57話
「ええ、マーリン様の心臓機能は正常そのもの。成長も健やかでらっしゃいました。アルテミアさんは相変わらず、とっても元気でしたわ。なんでも、源泉位置の確認が取れただとかで、来年中にはマーリン様とふたりで温泉施設建設の実行に移られるのだとか。張り切っていましたわ」
「え!? ほんとに温泉を始めちゃうんだ! ねぇお兄ちゃん、いざ工事着工となったら、わたしも手伝いに行っていい!?」
「そうだな。その時は、長期休暇をとって、俺も手伝いにいくか」
アルテミアは一連の騒動を終息に導いた功労者のひとりだ。その彼女が満を持して事業を開始するとなれば、俺が少々長めの休暇を取ったとて罰はあたるまい。
「やったーっ!!」
「ふふふ。チナツちゃんが錬金術でお手伝いしたら、あっという間に立派な温泉施設が完成しますわね」
「うん! そうしたら、皆でゆっくり温泉に浸かりたい! アルバーニ様やギルドマスターのおじちゃんも一緒がいいわ! ……あ、そう言えば、おじちゃんはもうギルドマスターじゃないんだっけ?」
チナが興奮気味に叫び、途中ではたと気づいたように首を傾げた。
冒険者や守備隊員が失業すれば、当然ギルドは不要の産物だ。では、そのギルドは今、どうなっているのかと言えば……。
「ああ。ギルドマスターは今は、労働局局長だな」
……そう。ギルドは現在、建屋やスタッフをそっくりそのまま流用し、前世日本で言うところのハローワークになっている。ちなみにこれを発案したのは、俺だ。
当時、失業者(元冒険者と元守備隊員)対策は、国の最重要課題であり、支援対策が急がれていた。
そこで目を付けたのが、ギルド職員だった。彼らは素材の買取の他、訪れる冒険者らの力量を聞き取りしながら就業場所の斡旋や情報提供といった業務をもともと行っていたのだ。
これを流用しない手はないと考えた俺は、即座にヴィルファイド王国全土のギルドスタッフを集め、教育を行った。農林水産業、工業にサービス業、それぞれの求人状況と適正人材、保有魔力との相性等々の講習を行って、最適な求人を提案する職業相談員に育て上げ、再び全土に配置した。
当然、既知のギルドマスターは、問答無用で全ハローワークを管轄する労働局の局長に就任させた。もちろんこれは、四年前に、彼が俺のことを『弱き者』などと呼んだことへの仕返しではない。……そう、断じてない。
「へー。おじちゃんも、いい年なのに新たな組織の長になんかさせられちゃって大変ね」
チナがしみじみと呟いてみせるから、思わず苦笑が浮かんだ。
「まぁ、ふふふっ。チナツちゃんったら。でも、きっと疲れた体に温泉がうんと沁みますわね」
「だねっ!」
「ところチナツちゃん、アルバーニ様からブラスト領で教育を受けないかってお誘いをいただいたんですって?」
「うん! だけどもう断った。私は、お兄ちゃんと一緒がいいの。それに学校なら、ここからだって通えるもん」
セリシアの問いかけに、チナが即答した。
「それに私、お兄ちゃんがひと段落ついたら、また旅に出るの! それで、国中を回って学校や孤児院を建てるの」
「……素敵ね。その学校や孤児院では、みんなが等しく笑って過ごし、多くを学ぶ。そこから巣立った子供たちが各地へ散り、豊かな次代へと時代を綱いでいく。夢のようだわ」
「セリシア。君の語る未来は夢ではなく、ヴィルファイド王国の数年後の現実だ」
「はい、セイさん」
セリシアは感慨深い様子で、ゆっくりと頷いた。
「ねぇチナツちゃん、もしその旅の途中でグルンガ地方に立ち寄ったら、そこにも学校と孤児院を建ててもらえるかしら」
「うん、もちろんよ!」
「ありがとう。それからね、その時にこれを地中に埋めてもらいたいのだけど、いいかしら?」
そう言ってセリシアは、首にかけていたペンダントを外し、チナに差し出す。
「もちろんいいけど」
チナは怪訝そうに、トップに小さな革袋が付いたペンダントを受け取った。俺はすぐに革袋の中味にピンときた。
「……それの中身は、もしやイライザに譲られたというリボンか?」
俺の問いかけにチナはハッとしたような顔をして、セリシアを見上げた。セリシアは儚く微笑んで応えた。
「ええ。時代が違えが、私と彼女は同じ孤児院で笑い、同じ学校で机を並べて学んでいたかもしれません。せめてもの供養にと……」
チナはグッと唇を噛みしめて、大切そうにペンダントを握りしめた。
「分かった! 必ずグルンガ地方にこれを埋めて、その上に学校と孤児院を建てる。……ううん、グルンガ地方だけじゃなくて、絶対国中に造ってみせる!」
チナの決意を聞きながらそっと目を閉じれば、俺の瞼の裏側に子供たちの笑い声が絶えない平等で豊かなヴィルファイド王国の未来が広がっていた――。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




