第49話
そんな美しい庭を進みながら、俺たちはひとつずつ現状持ち得る情報のすり合わせを行い、今後の指針を立てていく。
「アルバーニ様、最後にひとつ疑問があります」
「なんだ?」
「なぜ、アルバーニ様はこんなにも教会の内部情報に詳しいのですか?」
アルバーニ様が一年という期間をかけて情報を集めてくださったのは分かっている。しかし、それにしても詳細すぎる。
「あぁ、それは私がネズミ……スパイだからな」
「え!? まさか聖魔法教会に潜入しているのですか!?」
「それもある。が、スパイというのは、セイ、お前のスパイというのも意味している」
は? 俺の、スパイ??
あっさりと告げられた台詞に、まったく理解が追いつかない。岩のように固まる俺を見やり、アルバーニ様はさらに噛み砕いて説明した。
「私はこの一年、教会内部に食い込みデラを崇拝する一味……奴らは自身を"ウノ教徒"と言っているが、私はこのウノ教徒の幹部になっている。なぜ、教会所属でない私が幹部にまで登り詰めることができたのか。それは偏に、セイ、お前の情報を売っていたからだ」
「はっ!?」
「お前の情報を餌に、より得難い教会の情報を得ていた。まぁ、要は二重スパイというやつだ」
なんと、アルバーニ様が二重スパイ――! 思いもよらぬ事実を告げられて、目の前がチカチカした。
「ちなみに、ウノ教徒に売った俺の情報というのはどのような……?」
「そうだな。両親はかつて教会に所属していたアスラとメイリで、お前が教会に殺されたふたりの敵討ちを目論んでいること。既に新魔創生を体得し、次元操作の使い手となったこと。次元操作の威力、それから旅の予想進行ルートを伝えたか」
……信じられん。俺自身のことが筒抜けになっている。
だが、俺自身のことはこの際、まるで問題ではない。問題は――。
「チナツやセリシア、アルテミアのことは?」
尋ねる俺の声は自ずと低くなった。鼓動が煩いほどの大きさで鳴り、ジンジンと痺れるような緊張感が全身を支配していた。
ここに至るまでの三人の成長は目覚ましかった。道中でも絶えず鍛錬を重ねた結果、三人の新魔力はますます磨きがかかっていた。
チナは錬金術を自在に操るようになり、形ある物ならばどんな材質にだって変えてみせる。
セリシアは再生快癒の広域発動をなし、更には身体強化・増強を施せる。
アルテミアは重力制御を使いこなせるようになり、今では開眼して空を飛ぶことはもちろん、与える重力の大きさまで自由自在になっている。
……まさか、これらが全て知られているのか!?
「それは伝えていない。というよりも、私は旅半ばのお前と連絡を取っていなかったのだから、そもそもそれらの情報を知らなかった」
あぁ、アルバーニ様という人は……。
耳にした瞬間、ジンッと胸が熱を持つ。目の前の麗しい人への思慕が募る。
取ろうと思えば、連絡を取る手段はあったのだ。途中で立ち寄るギルドを介したり、水鏡に近い火属性の術もある。なのに、アルバーニ様は『報告は、旅の終わりに纏めて聞く』の一点張りだった。
「やっと分かりました。あなたが旅途中の俺と頑なに連絡を絶っていた理由が」
知らなければ、伝える必要がない。知らなければ、ウノ教徒に嘘をつく必要もない。全ては、他のウノ教徒に疑う隙を与えないため――。
「俺は今、改めてあなたの偉大さを思い知らされています」
「はははっ! こうも事が上手く運んだのは、私が初代の火の筆頭侯爵の子孫だというのも追い風だった。私だけの力ではない。それに、あちらの信用を勝ち得、情報を得るためにお前の情報もあちらに丸裸だが。……まぁ、どうせひと度相対すれば、すぐに露見することだろうがな」
「ええ。俺にエトワールの儀を行ったのは、当時はまだ役職に就いていなかったマリウス大魔導士です。セイスは、そうそう生まれるものではない。おそらく、会えば彼は俺に気づくでしょう。次元操作についても同様で、相対すれば能力はすぐに露見します」
「セイ。王都へ、オルベルに行け。向かうのは、聖魔法教会の屋外の礼拝施設から続く地下施設だ。そこが唯一、デラとの交信が可能な場所で、召喚もそこで行われる。そして召喚は一週間後、初代教祖の生誕祝賀の日の正午に行われる。六つの器も既にオルベルに揃ったと連絡を受けている。ウノ教徒は、お前を脅威と見なしている。禁忌の新魔創生をなし、ウノ至上の階級社会を揺るがすお前を、全力で潰しにかかってくるだろう」
……一週間。通常の移動では間に合わない。しかし、馬にアルテミアの重力制御を使い、馬脚を速めれば到着は可能だ。
ここでアルバーニ様は一旦言葉を区切り、真っ直ぐに俺を見据えて再び口を開いた。
「ウノを頂点とする階級社会、そんなのは所詮、ウノ側の都合に過ぎん。歪な階級制度は、どうしても淀みを生む。私利私欲に走る教会幹部らがいい例だ。だからセイ、逆にお前がぶっ潰してやれ!」
俺は両の拳を握ると、逸らさずにアルバーニ様を見返した。
「はい、アルバーニ様! 必ず成し遂げてみせます! 俺は昨夜『己に都合のいいウノ至上の楽園を維持せんがため新魔創生を闇に葬り、俺の両親を殺した教会組織を倒す。そしてウノ至上の階級社会を打破してやる』と決意を固めたんです。そこに次元獣の王・デラの思惑は関係ない。俺の目的はただひとつ。エトワールの……人間世界の歪みの是正です!」
「……セイ、ひとつ面白いことを教えてやろう。数千年前の世界大戦でレジスタンスグループを率いたセイスのリーダーの名は、なんだと思う?」
アルバーニ様は眩しい物でも見るように目を細くして、柔らかな声音でこんなふうに問いかけた。
「いえ。俺はアルバーニ様に教えていただくまで、その世界大戦のことすら知りませんでしたから、リーダーの名前など……」
「セイという、二十歳の青年だったそうだ」
驚きに目を丸くする俺に、アルバーニ様はフッと表情を緩ませて宙を仰ぎ見た。
「どんな運命の悪戯だろうな。この世は不思議に満ち、時に常人の予想を遥かに超える。しかし、だからこそ面白い」
アルバーニ様は再び目線を俺に移し、ふたりの視線が絡み合う。
「さぁ行け、セイ。そして、世界を変えてやるんだ」
「はい、アルバーニ様。オルベルに出発します――!」
俺たちはブラスト領を発ち、オルベルへ向けて旅立った。




