第50話
ブラスト領を出発して一週間。俺たちは、ついにオルベルの街並みを目前にしていた。
オルベルは南北に中央通りが走り、通り沿いは多種多様な商店の他、公会堂や劇場などがひしめいて賑わう。中央通りを挟んだ西地区が、貴族らの邸宅が集まる高級居住エリアだ。東地区が一般市民の居住エリアだが、王都に居を構える彼らもまた、国全体で見れば富裕にあたる。
そうしてオルベルのシンボル・聖魔法教会は中央通りの中ほど、西側にひと際存在感を放って建っている。広大な敷地には、空高く聳え立つ尖塔を有する象徴的な本棟の他、別棟や屋外の礼拝施設、整えられた庭園があり、一部は市民にも開放されている。その開放部分、本棟の礼拝堂に施されたステンドグラスがキラキラと反射しているのが、通りからでも見てとれた。
ちなみにヴィルファイド王宮は、中央通りの南端、王都の景観が一望できる南の高台に建ち、ヴィルファイド王国の国旗をはためかせている。通りから見上げる白亜の城は女性的で美しい。しかし、歴史を感じさせる重厚な聖魔法教会に比べると些か劣って見えた。
「……すごく豪華」
「ええ。教会内の全てが計算され尽くした完璧な造形美ですわ」
「増改築を繰り返しているとはいえ、これが千年以上も前に造られたというんですから驚きね」
間もなく中央通りに入ろうかというところで、チナ、セリシア、アルテミアの三人が間近に迫る教会を車窓から見つめ、思い思いの感想を口にする。
「チナ、そんなに窓から身を乗り出しては落ちてしまうぞ。それに今は、どこに監視の目があるか分らんからな」
俺は小柄なチナの背中のあたりを掴み、そっと車内に引き寄せる。先に示したとおり、教会は礼拝堂を開放しており、そこには市民のみならず多くの巡礼者が訪れる。そして巡礼者の大多数は、煌びやかな馬車に大量の心づけを積んでやって来る。
ここまで騎馬で駆け通してきた俺たちだったが、そんな巡礼者を装わんと、オルベルの隣町であえて御者付きで馬車を用立てていた。
「ありがとう、お兄ちゃん。だけど監視の方は、もし本当にいるとすれば、とっくにバレていると思うわ」
チナが、チラリと馬車後部に付いた窓を流し見ながら口にする。セリシアとアルテミアも苦笑して同意する。
馬車の後部を振り返り、なりふり構わず追いかけて来る五つの人影を認めた俺も、苦くひと息吐き出した。
「それもそうだな」
……そうなのだ。これから最新の注意を払い最終決戦に挑もうという俺たちに、とんでもない疫病神……アレックたちが付いていたのだ!!
チナのいうように、俺たちがどれだけ息をひそめたところで、これだけ目立つ五人を引き連れていれば、俺たちの動向など教祖たちにはとうに筒抜けだろう。
奴らはパーティに入れろと主張して、ブラスト領からここまでずっと俺たちの後を追いかけてきていた。道中、なんとか追い払おうと速度を上げてみたり、撒こうとして横道に逸れてみたりしたが、奴らはスッポンのように離れないのだ。
やむ終えず、直接奴に「付いてくるな」「パーティには加えられん」と告げたのも一度や二度ではない。その度に奴らは食い下がり、そしてまた追いかけっこを繰り返すという負のループだった。
その追いかけっこで、こちらは馬にアルテミアの重力制御を用いているのに何故追いついてくるんだ!?と、俺は何度も首を傾げながら、何日か目にアレックが風魔力で周囲の空気抵抗を減らしながら馬を駆っていることに気づいた。ほんの僅かにではあるが、奴は絶え間なく魔力を放出し続けていた。
……ずっと、風の筆頭侯爵の子息というのを笠に着た、自信過剰な男だと思っていた。しかし、一撃の威力には劣っても、この持久力は伊達ではない。
冷静に考えれば、ここまでの道中で監視者の気配を感じることはなかったが、それこそ異様だ。おそらく教祖らは俺たちの襲来を見越し、教会内で迎え撃つべく備えているのだ。
教祖らは、オルベルの街中で直接交戦となり、俺の新魔創生の力が市民に広く知れ渡ってしまうのを恐れているのだろう。秘密裏に葬り去ろうと、そんな目論見が感じられた。
……とはいえ、仮に教祖らに動向が筒抜けだとしても、教会内部にまでこのままゾロゾロと後を付いて来られてはたまったものではない。
「仕方ない」
俺はしばしの逡巡の後、中央通りに入ってしまう前に、御者に合図をして道端で馬車を止めさせる。
「おお、セイ! やっと俺たちをパーティに入れる気になったか!」
「……アレック、お前は『セイスのパーティなどごめんだ』と言っていなかったか?」
「な、なに! それは他の奴らがどうしてもお前のパーティに入りたいというから仕方なくだ。それにまぁ、セイスとはいえ俺とお前は以前、同じ釜の飯を食った仲間でもあるからな。お前がなんかでかいことやるっつーんなら、手伝ってやらねえわけにいかねーだろが! おっと、もちろん成功報酬は等分で頼むぜ!」
いっそ天晴なほど調子のいい奴だ。
「……ここではなんだ、来い」
「お! やっと俺たちを仲間に入れる気になったか! いい判断だ!」
「お前たちの持久力を見込んで、役目を割り当ててやる。ただし、これから伝える内容に、反論や異論、質問は一切受け付けん」
俺は往来を避け、アレックたちを木陰に引っ張り込むと、こんな前置きの後で端的に告げる。
「これから俺たちは、私利私欲を満たさんがため次元獣の王・デラの召喚に臨む教祖らを阻止し、彼らとの決戦に挑む」
「ハァ!?」
「ちょっ!? セイ、あんた、なにトチ狂ったこと言ってんのよ!」
四人の面々はギョッと目を剥いて声をあげたが、アレックだけは驚いた様子を見せつつも唇を引き結び、声を発しなかった。
俺はさらに続けた。
「決戦に際し、オルベル市街に被害が及ばぬよう、俺が事前に防護障壁を展開する手はずだ。だが、戦闘が激化する中で攻撃に集中し、障壁の維持に綻びが生じる可能性がないとはいえん。お前たちの役目は、なにがあっても中断せずこの障壁に絶え間なく魔力を注ぎ続けること」
ここに至るまで、チナたち三人は新魔力の使い方に関し飛躍的な進歩を遂げた。それこそ、俺が舌を巻くほどに。
だが、チナたちの進化を指を銜えて見ているだけの俺ではない。俺もまた、以前とは段違いに次元操作を磨き上げて技のバリエーションを増やし、精度をあげ、威力を増強させている。
今だったら守備も攻撃も俺が一人で担えるが、守りに関してはいくら対策を重ねても越したことはない。俺の防護障壁の維持にこいつらの魔力を宛がい、いくらかでも足しにできるのならそれもいい。
「お前たちに、これが出来るか?」
「ったりまえだ! 俺様を誰だと思ってやがる! 風のウノで歴戦の勇者・アレック・ヴェルビント様だぞ!」
試すように問えば、疑心暗鬼に顔を見合わる面々を余所に、アレックが俺をキッと見据えて断言した。
……ほう。アレックの言葉を、少し興味深い思いで聞く。これまで幾度となく『風の筆頭侯爵が子息、アレック・ヴェルビント様だぞ!』とうそぶいてきた奴が、今は父親の威光を持ち出さず、己の功績(盛り過ぎではあるが)で伝えてきたことに僅かに好感を覚えた。




