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第27話


 グルンガの街を出て辿り着いた隣町で、ふと思い立ってセリシアに尋ねる。


「乗馬はできるか?」


 人の口に戸は立てられない。彼女の能力が吹聴されて広まる前に、できるだけグルンガから離れたかった。チナと二人なら乗合馬車の移動でもよかったが、三人での移動はなにかと目立つ。


 馬車でも悪くはないが、乗馬の方が小回りが利く。セリシアが馬に乗れれば、ここからは馬で移動するのがいいかもしれん。


「はい。教会に引き取られる前、両親と暮らしていた頃は家で馬を飼っていましたから」


 俺の問いかけにセリシアが即答する。


「そうか。では、ここからは馬で……ん?」


 袖を引かれて見れば、チナが所在なさげに見上げていた。


 その目には薄く涙の膜が滲んでいた。


「どうした、チナ?」


 驚いて尋ねると、チナは顔をクシャクシャにして口を開いた。


「私、馬に乗ったことがないの。だけど、これから頑張って覚えるから……! だから、置いていかないで!」


 チナがしゃくりあげながら告げる。彼女の不安や心細さが痛いくらい伝わってきて、胸が苦しくなった。俺はしゃがみ込むと、チナと目線を合わせて告げる。


「馬鹿なことを。俺がお前を置いていくはずないだろう?」


「本当!?」


「ああ、本当だ。もとよりチナをひとりで乗せる気などない、相乗りするつもりだった」


「よかったぁ!!」


 チナは、まだ五歳というのを忘れそうになるくらい賢く、言動もしっかりしている。しかし今、俺の肩にしがみ付いて安堵の表情を浮かべる彼女は年相応に幼げで、守るべき存在なのだと再認識させられる。


 チナを抱き上げるのと逆の左手で、細い背中をあやすようにトントンと撫でた。


 俺たちはその足で厩舎を抱える町人を訪ね、さっそく馬を二頭譲り受けた。


 セリシアの旅装も全て買い揃え、この晩の宿を取った。


 客室はふた部屋取って、ひと部屋をセリシアが、もうひと部屋をこれまで通り俺とチナが二人で使うことになった。


「次の行き先はもう決まっているのですか?」


 食堂で夕食を取りながら、セリシアが尋ねてきた。


「とりあえず、ギルドのある街に行きたい」


 グルンガの街にギルドはなかった。ギルドは、次元獣の出現情報の提供、就労斡旋から次元獣の素材の買取、装具の販売まで一挙にこなす冒険者や守備隊員の活動拠点だ。


 当然、次元獣が現れない場所にギルドはない。


「なるほど。グルンガとその隣接領にギルドはありませんから、少し足を伸ばさなければなりませんね」


「なぁセリシア、君はどうしてグルンガにギルドがないか分かるか?」


「ええっと、ギルドの利用者は冒険者や守備隊員です。次元獣が出ない場所に冒険者や守備隊といった方たちは来ませんから、ギルドを置く必要性がないのだと思います」


「では、なぜグルンガに次元獣が現れないと言い切れる? 次元獣はその名の通り、次元を割ってどこからだって現れるはずだろう?」


 この質問に、セリシアは目を見開いた。


「たしかにそう言われると……」


 セリシアは俯き加減になって考え込んでいたが、ふいになにかを思い出したように目線を上げた。


「おそらく、私は魔導士たちの会話を聞いて、無意識のうちに知っていたんだと思います。教会がこの街の守りとなっていることを……。もちろん、当時は次元獣から守られているとは思ってもみませんでしたが」


「魔導士らは、なんと言っていた?」


「彼らはよく『この地は我らのおかげで脅かされることなく平穏な日々を過ごせている』とこんなことを話していました。そして、ふたつ隣の町が寄付金の打ち切りを伝えてきた時には『我らを蔑ろにするから加護を失くすのだ。これからあの地は苦しむことになる』とこんなふうに。……思い返すと、その町は翌年、次元獣が現れて甚大な被害を被っています」


「……『加護』か。俺はここまで要所要所で幾度かこの単語を耳にしてきた。教会はこの『加護』というのを用い、次元獣の襲来場所のコントロールが可能なのだろう」


 セリシアとチナは困惑した様子で顔を見合わせた。


「けれど、どうして教会が……? 決して庶民の味方とは言えませんが、グルンガ地方教会でいえば聖女の派遣をしていますし、他の教会も災害などの有事には魔導士を派遣して早期収束に務めています。人々の暮らしを守る立場の教会が、なぜ次元獣の襲来場所に関与など……」


「セリシア、これはまだ俺の想像の域を出ない。だが、教会は次元獣の襲来場所に関与しているのではなく、次元獣の襲来そのものに関与しているのではないかと考えている。もっと言うと、教会は何某かの意図を持って次元獣に人を襲わせている」


「そんな!?」


「……いや、教会と一括りにするのは正しくない。セリシアの言うように、日々魔力の研究と研鑽に励み、災害時の救済や支援を率先して行う魔導士がいるのも事実だ。教会に所属していた俺の両親も、そんな善良な魔導士だった。……だが、ふたりは教会が秘しておきたい重大な秘密に気づき、葬られてしまった」


 俺の告白を受けて、セリシアとチナの顔つきが引きしまる。


 眉間にクッキリと皺を寄せ、チナが震える唇を開く。


「お兄ちゃんの両親にそんなひどいことをしたのは、教会の悪い人なの?」


 俺が生前の両親について知る唯一の手掛かりは、ふたりが残した日記。


 この日記には、ふたりが赤ん坊の俺を連れて父の故郷に移った日から亡くなる前の日まで、一日も空くことなくその日行った魔力実験の内容や俺の様子などが事細かに綴られている。


「間違いなく、実行したのは教会内部の人間だ。俺の両親は実験中に魔力を暴走させ、次元の狭間に落ちて死んだ。要は魔力実験の失敗による事故死だ。……だが、これは事実ではない」


 二人が残した日記を見れば、生前の両親の慎重で思慮深い人柄がよく分かる。実際、二人は小規模な魔力暴走を端から想定していた。周囲への被害を考えてわざわざ実験用の小屋まで建てる念の入れようで、実験はその小屋でのみ慎重に順を踏みながら行われた。


 そうして実験中に幾度か小規模な魔力暴走を起こしているが、その都度、二人は適正に対処していた。


 そんな二人が、手に余るほどの魔力実験をそもそも行うはずがないと、俺は確信していた。


「魔力暴走を装って、両親は口封じをされたのだ」


 同時に、祖父母が俺に両親の死について「次元獣に殺された」と伝えていた理由について、今は一定の理解をしていた。


 日記の存在を知り、二人の死の真相を追及する俺に、祖父は「こうなることが怖かった。お前まで失いたくなかったのだ」と、こう口にした。


 祖父母はおぼろげながら両親の死に教会が関わっていることに気付いていたのだろう。そうして最弱のセイスの俺が復讐に走ることを危惧し、真実を秘したのだ。


 だが、今となってはその心配こそが杞憂だ。新魔創生を手にした俺が、教会の悪しき勢力なんぞに負けるものか――。


「魔力暴走を装って二人の魔導士を次元の狭間に……。そんなことができるのは、教会でも相当な実力者だけ。大魔導士、もしくは上級魔導士か。かなり、限られてくるのではありませんか?」


「その通りだ。おそらく、これを命じたのは聖魔法教会の長である教祖だ」


「教祖様が直々に動くというのはただごとではありません。セイさんのご両親が知った教会の秘密とは、いったいなんだったのですか?」


 一拍の間を置いて、俺はゆっくりと口を開いた。


「両親は"新魔創生"と呼んでいた」


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