第26話
温かな拍手を受けながら、俺とセリシアは街の人々に別れを告げ路地裏を後にした。
「おそらく、フレンネルは既に君が新魔創生をなし得たことを把握しているだろう」
教会に足を向けながら、隣の彼女に切り出す。
「はい。教会は複数の情報屋を抱えていますから……」
教会にはチナが一人で留守番をしており、俺が戻らない選択はない。だが、セリシアはフレンネルと顔を合わせない方がいい。
「君の能力を知れば、なんとしても教会に留めようとするはずだ。君は、教会には立ち入らない方がいい。旅に際し、必要な物は新たに購入すればいい。多くは無理だが、もしどうしても必要な物があれば俺が持ち出す。なにかあるか?」
俺もフレンネルと顔を合わさずに教会を出られれば最善だが、おそらく外部からの出入りは逐次監視されている。
もっとも、俺ひとりなら最悪、チナを抱えて制止を振り切ってしまえばいいだけのことだ。
「いえ、どうしても必要な物などなにも。……けれど、恥ずかしながら私には先立つものがありません。正直、旅支度を購入品で賄うのは難しく、やはり着替えなど最低限の物は持っていきたいです」
「旅の仲間となったのだから打ち明けるが、俺は次元操作の使い手だ」
「次元操作……?」
セリシアは反復しながら、小さく首を傾げる。
「君は保有する五属性を掛け合わせて再生の魔力を発現させたろう? 光魔力で傷を治癒し、回復を促す力を持つ者はいる。しかし、細胞を再生し、快癒まで導く――この再生快癒は君だけがなせる技だ。そして、次元操作も俺だけがなせる技だ」
「なんと……! セイさん自身も、新たな魔力を創生していたのですね」
セリシアは目を丸くした。
「ああ。俺は保有する六属性を掛け合わせることで新魔力を発現させる。これが莫大な力を持つ次元操作で、俺はこの攻撃力を武器にこの身一つで多くの次元獣を討伐している」
「……驚きました。けれど、これであの時セイさんが下さった的確な助言に合点がいきました。あの言葉は、セイさん自身の経験に則っていたんですね」
「ああ。属性の数に違いはあれど、両者の根幹は同じだ。どちらも祈りと、そして想像力が肝になる」
「なるほど。あなたのおかげで、己の内に燻る力を治癒魔力として具現化することができました。本当に、ありがとうございました」
「なに、初めて力を発現させたのだ。使い方に戸惑うのは当然だ。むしろ、あの助言だけで再生快癒を使いこなしたのは大したものだ」
なにを隠そう俺自身、次元操作を自在に操るようになるまでに二年を費やしているのだ。そう言った意味でも、セリシアは破格に筋がいい……いや、セリシアだけではないな。チナもいまだ制御はできていないが、既に二属性の同時発動を果たしている。
このふたりが一層技を磨いたら……。想像すれば、ゴクリと喉が鳴った。
「あの。今のお話でセイさんの身の上はよく分かりました。けれど、私が無一文という部分は、なにひとつ解決していないのでは……?」
セリシアが遠慮がちにあげた声が、束の間の物思いから俺の意識を今に戻す。
「ああ、それなら――」
「それなら大丈夫よ! 次元獣ってね、ギルドが素材として目玉が飛び出ちゃう高値で買い取ってくれるの。だからお兄ちゃんって、こう見えてすっごいお金持ち。セリシアお姉ちゃんの旅支度を揃えるくらい、どうってことないわ!」
俺が口を開くのと同時に、街路樹の後ろから大荷物を背負ったチナが飛び出してきて、セリシアの質問に元気よく答えを返した。
「チナ!! お前、どうしてここに……!?」
「だって、お兄ちゃんがあんなに慌てて出ていったのよ? なにもないわけがないじゃない。それでなにかあれば、当然、街を出ていくことになるでしょう?」
チナの受け答えに舌を巻く。
「教会からお兄ちゃんの荷物も全部持ってきたわよ!」
「フレンネルにはなんと言って出てきた?」
誇らしげに俺の荷物を掲げてみせるチナに眩暈を覚えながら尋ねる。
「なにも。あの後も教会には聖女様に助けを求めて街の人が何人かやって来て、私はフレンネルさんが正門で対応してる隙に通用門から出てきちゃった。だから、フレンネルさんには会ってないの」
「あら、通用門には鍵がかかっていなかった? よく開けられたわね」
俺が二の句を失くしていると、セリシアが不思議そうに口にする。
これにチナはビクンと肩を揺らし、バツが悪そうに目線を泳がせた。
「ええっと。悪いなぁとは思ったんだけど、壊しちゃった」
「え!? ……壊したって、鉄製の錠前を?」
セリシアは訝しげに首を捻っていたが、俺は歯切れの悪いチナの口ぶりでピンときていた。
「……チナ、材質変化を行ったな?」
問いかける俺の声は自ずと低いものになった。
「約束を破ってごめんなさい! だけど私、昨日の夜眠る前にずーっとイメージしていたの。そうしたら、体の奥がぽかぽか熱を持ってくるのに気付いたの。この熱に、土の拳銃が固い金属に変化していく様子を念じたら、今度は絶対成功するって思った。起きたら一番にお兄ちゃんに見てもらおうってワクワクしながら寝たんだ。……だから、つい」
チナは治まり悪そうに、言葉の最後を言い淀む。
「鍵のかかった通用門を前にして、一人で試したんだな」
「……うん」
「それで、お前のイメージした通りになったか?」
「うん! 寝る前に想像した通りになった! 体の奥の熱に『土になれ』って念じたら、金属の鍵があっという間に、ボロボロ崩れていったんだよ!」
チナはこの質問には一転、キラキラと目を輝かせて答えた。
……恐れ入った。チナは一夜にして、……それも、実際の訓練ではなくイメージトレーニングによって新魔創生を体得してしまったのだ。
金属を土に。そして、土を金属に――。
もちろん、金属を土に変えるのとは異なり、土を金属に変えるにはさらに精緻な魔力制御を加える必要はある。しかしチナならば、それもじきに可能とするだろう。
彼女は新魔創生による錬金術を可能にしたのだ。
「……ぅううっ。ごめんなさい、怒らないで……」
黙りこくってしまった俺に、チナはすっかり委縮して再び謝罪を口にした。
「チナ、俺は怒っていない。ただ、今回は魔力暴走も起こらずいい結果になったが、毎回ことが上手く運ぶとは限らない。俺はチナが怪我をしたり、危ない目にあったりするのが心配だったんだ」
「お兄ちゃん……!」
「ただし、次からは約束通り俺と一緒に練習だ」
「うん!」
俺はチナの頭をワシャワシャと撫で、彼女の手から荷物を取り上げて左肩に引っかけた。そうして空いた右腕でヒョイッとチナを抱き上げた。
「えっ?」
「正直、教会に戻らずに済んだのは助かった。ひとりでこの大荷物を抱えてくるのは大変だっただろう、こうしていろ」
「うんっ!」
パチパチと目を瞬かせていたチナは、俺の言葉に上機嫌で頷いてキュッと肩に縋った。
「あら。いいわね」
隣で見ていたセリシアが微笑んで目を細くした。
「へへっ、いいでしょう」
「チナツちゃん、改めて私も二人と一緒に旅をさせてもらうことになったの。これから、どうぞよろしくね」
「セリシアお姉ちゃんなら大歓迎よ!」
仲良さそうに笑い合う二人はまるで本当の姉妹のようで、俺の頬も自然と緩んだ。
「……あ、でもお兄ちゃんのことは狙っちゃ駄目よ」
チナがポツリと零した台詞に、疑問符が浮かぶ。セリシアも、小さく首を傾げていた。
「お兄ちゃんは、私のなの!」
チナが続けた子供特有の独占欲が滲む台詞に、俺は思わず噴き出した。
「お兄ちゃんってば、どうして笑うの!?」
「すまんすまん」
不満げに頬を膨らませるチナがなんとも可愛らしく、謝罪を口にしながらも、油断すれば笑みが零れそうになる。
「あー! お兄ちゃんってば、まだ笑ってる!」
チナの指摘にドクンと鼓動が跳ねる。
「お口がヒクヒクしてるもん! もう、お兄ちゃんなんて知らないっ!」
彼女の鋭い観察力にぐうの音も出ない。
「チナ、この通りだ。俺が悪かった。だから機嫌を直せ」
ふくれっ面でそっぽを向いてしまったチナを宥めるのに必死の俺は、俺たちを見つめるセリシアの表情がほんの少し強張っていたことも、その目が僅に翳りを帯びていたことも気づかなかった。
こうして俺たちは各々の思いを胸に、グルンガの街を後にした。




