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第19話


 門戸が完全に開ききると、中から教会職員を示す白いローブに身を包んだ初老の男が姿を現した。俺はすかさず胸ポケットから紋状を取り出して翳す。


「私は当教会の初級魔導士・フレンネルと申します。アルバーニ様の紋状をお持ちとは知らず、大変失礼をいたしました」


 紋状を認めた瞬間、フレンネルと名乗った男は先ほどまでの態度とは一転し、平身低頭で俺たちを出迎えた。


「俺はセイ、これは連れのチナツだ。巡礼途中ゆえこのような旅装束のままだが許せよ。見ての通り俺は縁あってアルバーニ様より紋状を託されている。今晩の宿泊を頼めるな」


 常とは異なる俺の口調と態度に、チナはますます驚きが隠せない様子だった。


「もちろんでございます。長旅でさぞお疲れでございましょう。急なことゆえ至らぬ部分もありましょうが、精一杯お迎えさせていただきます。どうぞ心ゆくまでお過ごしください。また、教会長と聖女からも一度ご挨拶をさせていただきたく――」


「たしかに疲れた。早く腰を下ろし、熱い茶で一服がしたい」


 セリシアの様子が気が気でなく長口上に焦れていた俺は、フレンネルの言葉尻を割って尊大に言い放つ。


「これは長々と立ち話を失礼いたしました! ささ、どうぞ中にお入りください」


 フレンネルは頭を下げ、即座に俺たちを招き入れた。


 ――パシンッ!


 俺が教会の敷地内に一歩踏み出したその時、周囲になにかを打つような鋭い音が響いた。


「セイ様!? お待ちください!」


 背中にかかるフレンネルの制止を無視し、素早く音があがった方向に駆ける。教会の建屋を回り込み、裏側に回り込む。


 俺が仁王立ちになった赤毛の女性とその足元に伏したセリシアの姿を認めるのと同時に、厳しい叱責の声が響く。


「遅い! どれだけ待たせたと思っている!?」


 上等な絹地をふんだんに用いた派手なドレスを見るに、女性はおそらくこの教会の聖女だろう。聖女はセリシアに向かい髪を振り乱し、悪鬼のごとき表情で喚き立てる。


 その姿はまさに醜悪のひと言につき、品位もなにもあったものではない。さらに聖女はドレスだけでなく、全身を過剰なほどの宝飾品でゴテゴテと飾り立てていた。


「イライザ様、申し訳ございません」


 俺は憤慨を露わにするイライザと呼ばれた聖女と地面に額を擦り付けて詫びるセリシアを前にして、一瞬で状況を理解する。


 謝罪を口にする彼女の頬は赤く腫れ、あろうことか唇の端が小さく切れてしまっていた。その傷はおそらく、小さな突起物かなにかが当たってできた物。そうして、派手な出で立ちの聖女イライザの両手の指の幾つかには、輝石が煌く指輪が嵌まっていた。


 これらから導き出される答えはひとつだ――。


「お前は言いつけられた用事ひとつ満足にこなせないのか、このグズが!」


 っ、いかん!!


 激昂した女性が大きく手を振りかぶるのを目にし、俺はすかさず前に飛び出した。ふたりの間に割って入り、セリシアをしっかりと背中に庇いながら、わざと大仰な口ぶりと仕草で語る。


「おぉおぉ! なんと煌びやかなお姿か! よもや、あなた様が巷で噂の『癒しの聖女様』では!?」


「なんだお前は!? なんの許可があってここにいる!?」


 突如割り込んで現れた俺に、イライザは虫けらでも見るような目を向けた。


「これはこれは。私は今宵の宿をこちらにお願いしたくまいった次第で」


「ほざけ! ここはお前のような薄汚い貧乏人が使える場所ではない! 早々にここを退き、安宿にでも移れ!」


「ふむ。よもやこちらに滞在するに、金銭が必要とは思わなかったが……。どれ、これくらいで足りようか?」


 言うが早いか、俺は懐から金貨が詰まった革袋を二、三袋取り出して彼女の前に積み上げる。


 大量の金貨を前に、イライザはまさに鳩が豆鉄砲を食ったよう、そんな様相で立ち尽くした。


 普通に旅をしている中で、こうもあからさまに金銭を要求される状況などそうそうあるものではない。この街に来る前に折よく次元獣をギルドに持ち込んで換金していたが、まさかこんな用途で役立とうとは思ってもみなかった。


「せ、聖女様っ! そちらはセイ様と申しまして、筆頭六侯爵のおひとりアルバーニ様の紋状を授かったお方でございます!」


「なんだと!?」


 息を切らしながら遅れてやって来たフレンネルが慌てて耳打ちすれば、イライザはギョッと目を剥いた。


「巡礼中ゆえ、このような薄汚い旅装束のまま訪れてしまったことは、平にご容赦を」


「まぁまぁ! 『薄汚い』など、めっそうもない。セイ様は紋状を授かるに相応しい気品に溢れているというのに、私としたことがとんだ早とちりをしてしまいました。先の私は少々目をおかしくしていたのです。どうかお許しくださいませ」


 金と権力を前に、イライザはコロッと態度を一転させた。彼女の変わり身は、いっそ清々しいほどだった。


「なに。こちらが事前連絡もなしに急に押しかけてきたのだ、謝罪には及ばん」


「えぇっと、こちらはどういたしましょう? お返しさせていただいた方が……?」


 イライザは金貨の詰まった袋を手に形ばかりの問いを口にするが、俺に返そうとする素振りはない。


「それは既にそちらにお渡ししたもの。俺は一度出したものを引っ込めるほど器の小さな人間ではない」


「まぁ! それではありがたくちょうだいいたします。天主は全て見ておられるのです。ですから、きっとセイ様には天からの加護がございますわ!」


 イライザがどこまで本気で語っているのかはわからんが、その言葉通り天主が金銭によって忖度を与える存在ならば、世界は終わりだ。


 先に告げた通り、差し出した金を惜しいとは思わない。しかし、それらは彼女の贅沢のためではなく、窮する民草のために使われて欲しい。


「そう言えば、道中で小耳に挟んだのだが、去年の長雨の際に街の西を流れる大川の川縁が大量の土石流によってかなり浚われてしまったとか。近隣住民らは、次に大雨が降ったら川が決壊してしまうのではないかと心配していた」


「はっ?」


 俺が道中の馬車内で小耳に挟んだ話題を口にすれば、イライザは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして俺を見返した。


「その金額があれば川の護岸工事が叶う。自然災害による被害は、当然天主も望むまい。ふむ、きっとお喜びになるな!」


 大金が自由に使えると思い喜びかけていたのだろう、イライザの聖女の顔が見る間に苦々しげに歪む。


 そうかといって、彼女が俺の正論に異議を唱える余地はない。


「な、なるほど。……さっそく、手配をいたしましょう」


 結局、イライザは強張った笑みを浮かべ不承不承に頷いた。


「なにをぐずぐずしている!? 早う客間を整えてこんか」


 俺とイライザの後ろで、フレンネルが地面に膝を突いたままのセリシアを怒鳴りつける声にハッとして振り返る。


「申し訳ございません」


「待て! セリシアと言ったな、俺たちの客間は最低限の寝具が揃っていればいい。部屋の整えは不要だから、このまま客間に案内せよ」


 即座に立ち上がり駆けていこうとするセリシアを制止し、案内を命じる。


 あえてセリシアとはこれが初対面のふうを装った。


「し、しかし……」


 セリシアは戸惑いを滲ませ、俺とフレンネルを交互に見つめた。


「フレンネル、長旅で連れも疲れている。早々に部屋で腰を下ろし、ひと息つきたい。不足の物があれば、部屋でセリシアに申し伝える。下がらせてもらうぞ」


「セイ様がそうおっしゃるのであれば、ぜひそのように。……セリシア、セイ様とチナツ様にくれぐれも失礼のないようにご案内するのだぞ」


 俺がこんなふうに言い切れば、フレンネルが否やを唱えられるわけもなく、セリシアに向かって居丈高に案内を命じた。


「承知いたしました。どうぞこちらへ」


 セリシアの先導でイライザとフレンネルの前をすり抜け、教会の正面玄関をくぐる。そうして回廊を進み、突き当たった一等豪華な両開きの扉の先に続く客間へと通された。



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