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第18話


「病の娘さんがいるというのに引き止めてしまってすまなかったな。だが、色々聞かせてもらえてよかった」


「なに、かまいやしないよ。それより、さっきも言ったように目玉が飛び出るほどの大金を持っているんじゃなけりゃ、聖女の治療は諦めて腕のいい薬師でもあたった方がいい。セリシアを頼るにしても、たぶん今日はもう難しい。夕方から夜は夕食の支度から聖女の身の回りの世話だなんだって、あの子は大忙しだ」


「そうか。ならば明日、改めて彼女を訪ねるとしよう」


 夫婦に別れを告げ、再び通りを進み始める。


 通り沿いの宿屋を数軒素通りしたところで、チナが俺の袖を引いた。


「お兄ちゃん、今晩の宿を取らないの?」


「別れ際の彼女の様子が少し気になる」


「え?」


 婦人は、セリシアは夕方から夜にかけて忙しいと言っていたが、今はまだ正午を回ってさほど時間が経っていない。それにしては、俺の横をすり抜けていく彼女はひどく慌てていた。


「宿は後にして、地方教会に行ってみよう」


 もしかすると、なにか特別な用事が控えていたり、言いつけられた用事の途中で帰りを急いでいたりしたのではないか。


 帰りが遅くなったことで聖女や魔導士たちから叱責を受けていなければいいが……。


「わっ!?」


 俺はチナを掬うように片腕に抱き上げると、地方教会へと続く大通りを走りだす。


 地方教会の場所は、誰に尋ねるまでもなかった。


 大通りの先には、他の家々や商店より頭ひとつ抜きんでた地方教会の建物が見て取れた。王都オルベルの聖魔法教会には及ばないが、煌びやかな装飾の尖塔が一際存在感を放っていた。


 教会までの距離は、目算でおよそ一キロ。うまくすれば、セリシアに追いつけるかもしれん。


「チナ、少し急ぐぞ」


「っ、うん」


 チナがキュッと肩を掴むのを確認し、俺は一気に速度を上げた。


「ありがとう、セリシアお姉ちゃん」


 ところが、大通りをほんの数十メートルほど進んだところでセリシアの名前を耳にして足を止めた。


 声は大通りに繋がる細い横道から聞こえてきた。俺は即座に大通りを曲がり、横道へと駆け出した。


「どういたしまして。これからも錆びた鉄くぎや金属屑なんかを踏んじゃった時は、すぐに言ってちょうだい。ちゃんと消毒をしないと、後々大変なことになってしまうから」


 横道を少し行くと、道の端にしゃがみ込むセリシアと七、八歳くらいの少年の姿を認めた。俺はチナを一旦地面に下ろし、二人のやり取りを注視した。


 少年は裸足で、その右足には真っ白な包帯が巻かれていた。どうやらセリシアは、帰り道で行き合った子供の足の怪我を治療してやっていたらしい。


 治療に使った道具類を鞄にしまいながら、優しげな笑みで少年に伝えていた。


「うん! それじゃあセリシアお姉ちゃん、本当にありがとう!」


「気を付けて」


 セリシアは少年を見送ると鞄を掴み、スックと立ち上がって大通りに向かって走り出す。


 俺たちの横をすれ違いざま、彼女の唇がほんの微かに動いた。


「……だめだわ、もう間に合わない」


 悲愴感の篭もった小さな呟きが耳を打った次の瞬間、俺は動いていた。


「失礼、ずいぶん急いでいるようだ。俺が教会まで送らせてもらう」


「えっ!? き、きゃあっ!」


 セリシアに並び、ひと声かけてから膝裏と背中に手をあてて掬うように横抱きにする。


 初めは目を丸くしていたセリシアだったが、浮遊感にハッとした様子で俺の肩を掴んだ。


「あ、あなたたちはいったい!?」


 困惑を全面にするセリシアに、チナが足元から声をあげる。


「大丈夫だよ、セリシアお姉ちゃん! お兄ちゃんは、誰よりも信頼できる人よ」


 元気よく言い募るチナを認め、セリシアがパチパチと目を瞬く。


「すまんが、詳しい説明は後だ。チナ、お前も俺にしっかり掴まっていろ」


「うん!」


 俺が体勢を低くすると、チナはピョンッと跳び上がって俺の肩に両手を回し、背中にしっかりと掴まった。


 俺はセリシアを抱き、チナを負ぶって、次元操作を発動した。


 ――ブワァアアーーッ。


 魔力が俺たちを包み込み、全身がふわりと宙に浮き上がる。浮遊感はほんの一瞬で、再び足が地面を踏みしめる感覚が戻る。


 次元操作の効力は絶大だ。


 セリシアを抱き上げてほんのひと呼吸の後には、俺たち三人は教会の正門の前に立っていた。


「……嘘でしょう?」


 目の前の光景が信じられないというように、セリシアが腕の中で呆然と呟いた。


「刻限が迫っているんだろう? さぁ、急いで行くんだ」


 俺は彼女を丁寧に地面に下ろし、トンッとその背を押した。


「セリシアお姉ちゃん、早く早く」


 チナも俺の背中から身軽に地面に下り、セリシアに発破をかける。


「あの、お名前はなんとおっしゃるのですか!?」


「俺はセイ、もしかすると君とはまた会うこともあるかもしれん」


「は、はい。セイ様、ありがとうございました。このお礼は必ずさせていただきます。お言葉に甘え、今は失礼いたします!」


 セリシアは俺を見上げ早口で礼を告げると、弾かれたように駆け出した。彼女の姿は正門ではなく、その数メートル先にある従業者用の通用門に消えた。


「チナ、すまんが今晩風呂の付いた部屋には泊まれそうにないがいいか?」


「もちろんよ」


 俺の問いかけに、チナはしたり顔で頷いた。どうやら彼女は今の台詞で、俺の意図を全て察したようだった。


 ……とても五歳とは思えんな。俺は内心で、チナの聡明さに舌を巻いた。


 チナの頭をワシャワシャと撫でてから、迷いのない手つきで正門の横に設えられた呼び鈴を鳴らす。


 すると、幾らもせず中から応答があった。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


「巡礼で教会を回っている。今夜の宿泊をこちらでお願いしたい」


「当教会は、事前に紹介のあった巡礼者様以外の宿泊を全てお断りしております。お帰りください」


 居丈高に言い放たれるが、別段気を悪くすることもない。むしろ、けんもほろろな対応は端から想定していた通りだ。


「事前紹介はないが、火の筆頭侯爵・アルバーニ様の紋状ならば持っている」


 僅かな逡巡の後、俺は一年前に出会ったアルバーニ様の名前を出した。


「なんと!? しばしお待ちくださいませ」


 ――ギィイイイ。


 俺が『アルバーニ様の紋状』と口にした直後、重厚な両開きの門戸が中から引き開けられていく。


 チナはギョッとしたように俺の足に縋り、ゆっくりと開かれていく門戸と俺を交互に見つめていた。


 ヴィルファイド王国民なら、火・水・風・土・光・闇の六つの魔力属性を冠し、王族と並ぶ権威と権限を有する筆頭六侯爵の存在をほんの幼子でも知っている。そうして筆頭六侯爵が真に信頼を置いた者にのみ託す紋状の存在もまた周知だ。


 珍しいことに筆頭六侯爵の爵位というのは世襲ではない。そうして、侯爵が己の紋状を託せる者は、生涯においてただひとり。紋状は侯爵からの厚い信頼の証であり、お墨付きなのだ。だからこそ、その紋状を授かった者は、有事において筆頭六侯爵その人と同等の権力行使まで認められている。同様に、これを明かせば平時にあっても様々な優遇が受けられることは想像に難くない。


 蛇足だが、かつて俺が一週間だけ所属したパーティにいた勇者・アレックは、風の筆頭侯爵の息子だ。奴のことを思い出す度、つくづく筆頭侯爵の爵位が世襲でなくてよかったと、俺は安堵の胸を撫で下ろした。


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