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第17話


 次元獣の換金を終えギルドを出た俺とチナは、『癒しの力を持つ聖女』がいるグルンガ地方教会に向かうべく、乗合馬車に乗り込んだ。


「わー! いい景色~」


 チナは馬車が走り出してから、ずっと車窓に張り付いて移ろう景色を眺めながらはしゃいでいた。


 彼女の嬉しそうな様子を見ていると、俺の頬も自然と緩んだ。


「そうだチナ、これを尻の下に敷いておくといい。それから、まだまだ先は長い。あんまりはしゃぎすぎると、体力がもたないぞ」


 俺は荷物袋から敷物を取り出して、隣のチナに差し出した。


 座ったまま目的地まで早く行ける馬車は快適ではあるが、長時間の乗車となればそれなりに疲れるものだ。特に小さな子供なら、なおさらだろう。


「全然平気! お兄ちゃんと一緒に馬車にのって、外の景色を眺めて、わたし、こんなに楽しいのは初めてよ」


 チナは俺の心配をよそに、元気いっぱいで答えた。


「……でも、敷物はありがとう。本当はちょっとお尻が痛かったの」


 はにかんだ笑顔でされたカミングアウトと、敷物に向かっていそいそと伸ばされた小さな手がとても可愛らしい。


 俺は片腕でチナの脇腹をヒョイと掴んで軽々と持ち上げると、反対の手で彼女の座席の上に敷物を置く。


「わっ! ふわふわで快適」


 敷物の上にそっと下ろしてやれば、彼女はにっこりと笑ってみせた。


「そうか」


 チナの頭をワシャワシャと撫でながら、口角の緩みを自覚していた。


「……チナ、俺もお前と同じだ」


「え?」


「お前と並んで、こうして車窓から移ろう景色を眺める。こんなに楽しいことはない」


「お兄ちゃんったら、わたし、言ったじゃない。……そういうのは、簡単に言っちゃいけないんだから」


 言葉とは裏腹、チナは俺の腕に甘えるようにすり寄った。どこか小動物を思わせる彼女の仕草に、思わず笑みがこぼれた。


 チナとふたりで旅を始めてから、無機質な俺の日常は一変し、笑顔があふれていた。


◇◇◇


 二日後。


 乗合馬車を乗り継ぎ、俺たちは地方都市グルンガに降り立っていた。


「ここが地方都市グルンガか……」


 停車場は街の端だが、それでも多くの人々が行き交って活気が伝わってきた。中央の広場に向かえば、さらに賑わっているのだろう。


「大きい街! 人がいっぱい! それに、お店も!」


 地方教会があるのは、往々にして大都市だ。逆を言えば、教会があることで人や物が集まって来るのだ。


「街の散策もいいが、ひとまず今晩の宿を確保するか。これだけの都市だ、きっと部屋に風呂の付いた宿もあるぞ」


「やったぁ!」


 今にもひとりで駆け出してしまいそうなチナの腕を取って、飲食店や宿が軒を連ねる通りへと足を進める。


 古びた外観の小間物屋の前を通りがかった時、ちょうど中から扉が開け放たれた。


 見るともなしに視線を向ければ、店内から中年の夫婦と草臥れたワンピースの少女が姿を現した。


「急に呼び止めちまって悪かったね。だが、あんたの薬で娘はずいぶんと呼吸が落ち着いてきた」


 引き開けた扉に手をかけたまま、婦人が丁寧に礼を告げる。


「本当にあんたは娘の命の恩人だよ。それなのに礼にこんな物しか持たせてやれなくて、すまないな」


 婦人の隣に立った男性も続ける。


「とんでもない。私の薬草は症状を和らげる手助けをするだけです。これも全ては、お嬢さんが備えていた生命力と体力によるところです。こんなにいただいてしまって、逆に申し訳ないです」


 最初に認識したのは澄んだ声。次いで、扉を潜って通りに現れた少女を認め、その眩いほどの金髪に息を呑んだ。


 年の頃は十六、七歳。少女はほっそりとした体形に、整った目鼻立ちをしていた。だけどなにより目を引いたのは、澄んだ菫色の瞳と月光を溶かしたみたいな金髪。


 そうして少女からは、不思議な気品のようなものを感じた。


「セリシア、なにを言ってるんだい。たとえそうだとしても、あんたの薬が咳の発作で苦しむあの子を楽にしてくれたよ」


「そうだ。分かっちゃいたが、やはり聖女はこっちの足元を見て、娘のために薬ひとつ調合しちゃくれなかった」


「おばさん、おじさん……。本音を言うと、いただいた道具類はとてもありがたいです。ちょうだいして、今後の調薬に使わせてもらいます」


 セリシアと呼ばれた少女は、そう言って腕の中の紙袋を大切そうに抱え直した。


「ああ。ぜひ、そうしとくれ」


「あの、それではすみませんが私はこれで失礼いたします」


「気を付けてお帰りよ」


「はい」


 ふたりに挨拶を済ませるとセリシアは店を飛び出し、俺たちの横をすり抜けて走って行った。


 その時に一瞬だけ見えた彼女の横顔は、パッと見にも相当焦っているように見えた。


「失礼。彼女はこの街の薬師かなにかか?」


 彼女の素性が気になった俺は、店の扉が閉ざされる前に夫婦の元に歩み寄って尋ねた。


「いや、セリシアは教会の下働きの娘だ。別に薬師を謳ってるわけじゃないが、ちょっとの不調や怪我ならあの子の薬で治っちまう。富裕層を除けばこの街の者は皆、あの子に助けられているよ」


「教会? それは『癒しの力を持つ聖女』がいると噂のグルンガ地方教会か?」


「あんたたち、この街の者じゃないね。もしかして、聖女様の癒しを求めてやって来たクチかい? 可哀想だが、聖女の治療は受けられないよ」


「なぜだ? 聖女が瀕死の重傷を負った兵士を回復させたというのはデマだったのか?」


 夫婦は俺たちを聖女の治療を求めてやって来た巡礼者と思ったようで、声を低くして教えてくれる。


「その噂は間違いじゃないが、聖女様の癒しは金と権力のある者限定だ。治療を受けるには、教会幹部からの紹介状を持って訪ねるか、金を積むかしかない。ただし、あたしら一般市民にゃ到底用意できないほどの大金を用意せにゃ、見向きだってしてもらえない」


 夫人は憤慨した様子でさらに続ける。


「うちも一昨日、なけなしの金を持っていって教会の門戸の前で頭を下げたが門前払いされた。セリシアはその時の様子を見ていたようで、さっそく自作した薬草を持って訪ねてきてくれたんだ。それで一旦症状が落ち着いたんだが、今日は今朝から娘の調子が悪くてね。そうしたら偶然セリシアが通りがかってね、声をかけたらこうしてわざわざ追加の薬を持って来てくれたんだよ」


 亭主は夫人の言葉にうんうんと頷き、セリシアへの感謝を滲ませて口を開いた。


「貰った薬を飲ませたら、娘の激しい咳の発作があっという間に静まった。セリシアには頭が下がる。とはいえ、ちょっとした軟膏や湿布薬ならいざ知らず、まさか咳止めまで作っちまうとは思わなかったけどな」


 薬草を素材とした天然成分だけで咳を止めることはなかなか難しい。だから腕のいい薬師でも、咳止め薬は気休め程度の効果しか発揮しないことも多かった。


 これを聞くに、彼女がかなり調薬の技術に優れているのは瞭然だった。


「ほう。薬師を生業にしている者でも咳止め薬の調合は難しいと聞く。……まさか、彼女は調薬に光魔力を使っているのか?」


「はははっ、それはない。光属性は持っているそうだが、セリシアはシンコだ。調薬に使うほどの魔力はないだろうよ」


「え? あのお姉ちゃんもシンコなの!?」


 セリシアがシンコという事実に、チナが真っ先に反応した。


「ああ、シンコというのを理由にあの子は教会でも肩身の狭い思いをしているよ。両親を亡くして教会に引き取られてから、朝から晩までずっと聖女の世話や家事仕事にこき使われている。だがね、たとえ癒しの力がなくたって、あたしらに言わせりゃ教会の奥で金と権力に胡坐をかいて座ってる聖女より、セリシアの方がよっぽど聖女の名に相応しいさ」


「その通りだな」


「そう言えば、前にあの子が教えてくれたっけ。薬剤の調合をする時は、いつだって心の中で光の魔力に祈りながらしてるってね」


「ほう、彼女がそんなことを」


 ……祈り。


 俺はこの一語を耳にすると、いつだって思わずにいられない。


 祈りというのは、皆が想像するよりも遥かに大きな力と可能性を秘めている。


 ……そう。俺が新魔創生をなし得、次元操作の使い手となったように。


 強い意志で希う、それこそが全ての源となるのだ。


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