第14話
翌日。
俺とチナはグルンガ地方教会を目指し、日の出からさほど間を空けずに宿を出発した。
ここから地方都市グルンガまで、徒歩なら一カ月以上はかかる。幼いチナの足ならば、倍以上かかるかもしれない。
俺はこれまで父と母の仇を討つという最終的な目的はあれど、行く先々で次元獣を倒しデータを積むことを目下の目標としていたから、あえて徒歩以外の移動手段を使ったり、先を急いだりはしてこなかった。
だが、チナが一緒となれば話は別。俺は地方都市グルンガまでの移動手段に、長距離の乗合馬車を選んでいた。途中の都市で何度か乗り換えが必要だが、旅程は三日ほどに短縮できる。
「お兄ちゃん、馬車の停留所はあっちだよ?」
二股に分かれた道を右に曲がろうとしたら、隣を歩いていたチナが俺の袖を引いた。
「停留所に行く前にギルドに寄る」
「あ、そっか。昨日倒した次元獣を売りに……あれ? そういえば、肝心の次元獣ってどこにいるの!? 宿にも連れてきてなかったし、置きっぱなしじゃ、他の人に横取りされちゃったりしてないかな?」
チナは合点した様子で頷きかけ、途中ではたと思い至ったようで声を大きくした。
「大丈夫だ。次元獣は次元操作で別次元に収納してある。あの大きさを運ぶのは大変だからな」
「うそ! お兄ちゃんってそんなこともできちゃうの!? どんな重たい荷物でも手ぶらで運び放題って、すごすぎる!」
チナは目を真ん丸にして興奮気味に口にした。
……なるほど。重たい荷物を運び放題とは面白い着眼点だ。
「ふむ。もしこの世界から次元獣がいなくなり、冒険者が軒並み廃業となったら、その時は荷運びや引っ越しを生業とするのも悪くないか」
「わっ! 楽しそう! その時はわたしに梱包とか荷解きを手伝わせて?」
「もちろんだ」
「……いいなぁ、次元獣のいない世界。わたしみたいに悲しい思いをする子がいなくなったら、なんて幸せだろう」
軽口を言い合っていたら、チナがふいに遠く空を見つめて零す。
「なるさ」
「え……?」
チナの頭にポンッと手を乗せて告げると、彼女はゆっくりと俺に目線を移した。
「いつか、次元獣に脅かされることのない平和な世界に必ずなるさ」
「不思議ね。お兄ちゃんが言うと、本当にそうなりそうな気がする。……あ、ギルドの看板が見えてきたよ!」
チナは二、三度パチパチと目を瞬き、次いでクシャリと微笑んで通り沿いの大きな建物を指差した。
――ギィイイ。
重厚な両開きの扉を押し開き、チナと共にギルドに入る。
「ごめんください」
早い時間に来たのが功を奏し、見回すギルド内に人はまばらだ。
「よし、チナ。買取の列に並ぼう」
「うん!」
買取の列に待ち人はおらず、今は五人組のパーティがカウンターで価格交渉をしていた。
……ん? 俺から見えるのは、五人組のうしろ姿だけ。しかし、そのうしろ姿に猛烈な既視感を覚える。
五人の真ん中にいるのは一際豪奢な装備を身にまとった、茶髪の男。その脇を固めるのは、防御を度外視した露出過多な恰好をした二人の女冒険者と、ひょろりとした痩身とずんぐりむっくりとした巨漢の男冒険者の二人。
……まさか。嘘だろう?
「オイ、ふざけるなよ!? 俺の持ち込んだこの素材がそんなはした金なわけがあるか!」
「算定表通りだ。むしろ顔馴染みのお前に免じて、少し色まで付けている」
……いや、いけ好かないあの風体とスタッフに対する不躾な態度は間違いない。
「お前の目は節穴だ! もっと上のスタッフと代われ!」
漏れ聞こえてくる下品な物言いに眩暈を覚えながら、俺は確信した。あれは、アレックだ……。
「いったい、どんな運命の悪戯だ? まさか、こんなところで再び奴らと見えることになろうとは……」
俺が特大のため息と共に小さくこぼせば、聞き付けたチナが首を傾げた。
「どうしたのお兄ちゃん? 並ばないの?」
「いや、なんでもない。並ぼう」
奴らと顔を合わせたからと、今さらどうということもない。俺はチナを連れ、奴らの後ろに立った。
カウンター越しにアレックたちの対応をしていたスタッフが、やれやれといった様子で顔をあげる。俺とスタッフの目線がぶつかる。
ん? 彼は……!
なんと、目が合ったカウンタースタッフは、既知のギルドマスターだった。
まさか、ヴィルファイド王国全土のギルドを統括する長のギルドマスターが、自ら地方ギルドでカウンター業務にあたるとは……。いや、実に彼らしい。
彼がギルドマスターだとは知らないアレックが零した『上のスタッフと代われ』の台詞に、今さらながら笑いが込みあげてくるのを、口角に力を込めて堪えた。
「アレック、次のお客様も控えている。うちとの価格交渉は決裂だ。その素材は他に持ち込んでくれ」
俺に気付いたギルドマスターが、毅然とした態度でアレックに言い放つ。
ちなみに、俺とギルドマスターの初対面は三年前の中核都市エフェソスのギルド……俺がアレックたちのパーティに同行を決めた、あのギルドだ。
あの時、俺に『弱き者』と言い放った男がギルドマスターだと知ったのは、それからさらに二年後。俺が次元操作を体得し、火の筆頭侯爵アルバーニ様の後援を得て冒険者登録をしに地方ギルドを訪ねた時だ。そこから一年、俺が討伐した次元獣の換金に行く先々で彼とは頻繁に顔を合わせ、いつしか共に酒を酌み交わす仲になっていた。
三年前の話も、今ではすっかり酒の肴になっている。
「な、なんだと!?」
アレックは顔を真っ赤にして叫ぶが、ギルドマスターはもう一瞥だってしなかった。
「次の方、こちらにどうぞ」
「チッ!! ……後で見てろよ! 今日の一件はしっかり親父に言いつけてやるからな!」
アレックは悪態をつきながらカウンターの前からずれ、踵を返して俺の横を通り過ぎた。
「今日はなにをご希望かね?」
「手持ちの次元獣を売りたい」
チナを連れて颯爽とカウンターに進み出て、用件を端的に告げる。
「おい!? お前、セイじゃねえか!?」
その時、アレックがガバッと俺を振り返って叫んだ。
「次元獣は中型と大型の二体。どちらも急所への攻撃痕を除けば、ほぼ欠損のない完全体だ」
わざわざ答えてやる義理など無い。俺はアレックを視界にすら入れず、ギルドマスターとの会話を続けた。




