第15話
「ほう、完全体が二体とは。して、その次元獣はどこに?」
ギルドマスターもアレックの存在などないかのように応じた。
「ここは手狭だからな、表に転がしてある」
「オイ!! 無視してんじゃねえぞ!」
――ガンッ。
完全に存在を無視されて、激昂したアレックがカウンターを蹴る。さらになにを勘違いしたか、汚い手で俺の胸ぐらを掴んだ。
……三年の月日が経ってもまるで変わらぬアレックの粗暴っぷりに、怒りより呆れが先に立つ。
「その手を離せ」
低く告げ、アレックの腕を振り払う。
「テメェ、セイスの分際でなにしやがる!?」
俺からの反撃にアレックはすっかり頭に血が上ったようで、場所も弁えず拳を振り上げてくる。
三年前ならいざ知らず、今となってはアレックなど恐れるに足らん。
俺は軽くいなそうとしたのだが、ここで予想外のことが起こった。
「やめて! お兄ちゃんに乱暴しないで!」
なんと、チナが俺を庇おうと両手を広げ、俺とアレックの間に立ちはだかった。
「ん? なんだ、このチビ……って、その手の印はシンコか!?」
アレックはチナの左手の甲に浮かぶ印を認め、馬鹿にしたように指摘した。
「そうよ。わたしはシンコだけど、それがなに?」
「ハッ! 気の強いチビだ。……だが、俺は気の強い女は嫌いじゃないぜ。それに珍しい色の髪をしてる。なにより、可愛い顔立ちをしてるじゃねえか」
アレックはチナの頭の天辺から足先までを舐め回すような目つきで眺める。その顔はニヤけきり、あまりの気色悪さに全身の産毛が逆立った。
「おい、チビ。お前、セイの連れか? でかい口叩いてるが、どうせコイツは今もどこぞのパーティで靴を舐めているんだろ。こんな最下層のクズと一緒にいたって先は知れてる。どうだ、特別に俺のパーティで下働きをさせてやってもいいぜ? なに仕事は簡単だ。少しばかり俺をいい気持ちにさせてくれりゃ、他に難しいことはない」
さらにアレックはしゃがみ込み、チナと目線の高さを揃えると、こんな戯言をのたまった。
……勘弁してくれ! アレックの女好きは知っていたが、年端もいかない幼女までが守備範囲とは、どこまで性根の腐った気持ち悪い奴なんだ。
「おい! チナに――」
「触らないでっ!! わたし、あなたみたいな人、大嫌い!」
アレックがチナに触れようとするのを目にし、俺が制止の声をあげるのと、チナがアレックに向かって力いっぱい足を蹴り上げるのは同時だった。
なっ!?
「っ、@*◇&%$▼#――!!」
股間を抱えて悶絶するアレックと、腕組みして鼻息を荒くするチナを、信じられない思いで交互に眺める。
「……ねぇ、ギルドのおじさん。ここ、ちょっとガラが悪いんじゃない?」
「すまないな、お嬢ちゃんの言う通りだ。今度から、マナーの悪い輩はスタッフが早々に追い出すことにするよ」
「それがいいわ!」
いまだヒューヒューと浅い呼吸を繰り返しながら床に伏すアレックと、衝撃が冷めやらず固まったままの俺を余所に、チナとギルドマスターは二人で楽しげに話し始める。
「あ、それよりもおじさん! 早くお兄ちゃんの次元獣を査定して? わたしたち、この後馬車に乗る予定なの」
「おぉ、そうだったか。それはすまなかったね。たしか次元獣は表と言っていたかな」
「うん!」
チナとギルドマスターは蹲るアレックの脇をゴミでも避けるように通り過ぎ、扉の外に消えていく。
――ギィイイ。バタン。
扉の閉まる音にハッとして、俺も慌てて二人の後を追う。アレックは俺たちを追って来なかった……いや、とても追って来られるような状態ではなさそうだった。
「――いやぁ、稀に見るいい状態だな」
ギルドでは、即金での買取が基本だ。表で次元獣の状態を確認したギルドマスターは、ほくほく顔でカウンターの奥にいき、溢れるほどの金貨が詰まった革袋を卓上にどんどんと積み上げていく。
「えー、こんなに!?」
「いや。二体とはいえ、さすがにこの額はもらいすぎではないか?」
嬉々とした声をあげるチナとは対照的に、俺は積まれた金額にギョッと目を向いた。
「なに。あんなに状態のいい二体分なのだから、決して高すぎる金額ではない。それに今回は、お嬢ちゃんに嫌な思いをさせてしまった迷惑料も込みだ。お嬢ちゃん、これに懲りず、またギルドに寄っておくれ」
「うんっ!」
「そういうことなら、今回はありがたく貰っておこう。だが、次回は通常査定で頼む」
「はははっ。お前のそういう真面目なところは嫌いじゃない。次も期待している、ガンガン大型次元獣を倒して持ち込んで来い。それから、その時はまた一緒に酒でも飲もう」
アレックは蹲った体勢のまま目線だけ上げ、卓上に山と積まれた金貨と、親し気にギルドマスターと会話する俺を、狐にでもつままれたみたいに見つめていた。
「うっそ~。なんかあの子、三年前より恰好よくなってない?」
「うん。それにめっちゃ金持ちになってんじゃん。……てか、うちのリーダーなんかダサくね?」
「あれだけの稼ぎって、あいつどんだけ強えんだよ? 少なくとも、うちのパーティじゃ一生かけても稼げないよな……」
「オイラ、セイのことあんまりいじめなくてよかったぁ……」
背中に四者四様の呟き(+荒い呼吸と呻き声)を聞きながら、俺は右手に大量の金貨、左手にチナの手を取ってギルドを後にした。




