死にそうになったところで僕に秘められた不思議な力に助けられ、大逆転で敵まで許してやります
決闘場に、どよめきが広がる。
僕はそこで初めて、まだ生きていることを知った。
目の前には、ヨファの背中がある。
あの大剣は、決闘場の地面に深々とめり込んでいた。
「あれ……僕は……」
つぶやいたところで、目に見えているものがつながってきた。
頭の中で、少しずつ。
まず、僕の手には、半分に斬られた杖の片割れが握られている。
これが、頭上から降り下ろされるヨファの大剣を受け流したのだ。
一方、僕の身体は、その勢いで弾き飛ばされた。
だが、立ち上がることができたのは、そのおかげだ。
剣を振り下ろすときにヨファが大きく踏み込んだので、僕は難なく後ろを取ることができたのだった。
「いつの間に!」
怒声と共に、振り返りざまの大剣が放たれる。
でも、その一撃は空を切った。
僕も気が付かないうちに、紙一重の差でかわされていたのだ。
ヨファは唖然とする。
だが、いちばん驚いていたのは僕自身だった。
「こんなことが、僕に?」
考えている暇はなかった。
喉元に、大剣の切っ先が迫ってくる。
でも、僕は大股に一歩下がるだけでよかった。
それだけで、大剣が届くことはない。
ヨファは更に、一歩、また一歩と踏み込んでくる。
その度に剣さばきは、より巧みに、そして速くなった。
でも、それをのひとつひとつ、かわしていくのは何でもない。
むしろ、大剣を振り回すヨファのほうが疲れてきたようだった。
もう、それを見逃してやることなんかない。
「……遅い!」
一瞬の隙をついて、僕はヨファの懐に飛び込む。
攻めと守りは、ひっくり返った。
手の中の棒きれが、ヨファの胸元に吸い込まれていく。
まるで、ここが急所だとでもいうように。
ようやくのことでかわしたヨファが、憎々しげに唸った。
「この私が、こんなことを!」
大剣を振り上げる。
でも、その腕は、僕が突き出した棒きれの前で動かなくなった。
ヨファは大剣を振り下ろすのをやめて、斜め下から斬り上げようとする。
その動きも、先に分かっていた。
僕自身が、そうしようとしているかのように。
短い棒の先が、大剣を両手で持つ腕と腕の間に差し込まれる。
ヨファは、それ以上、動けなくなっていた。
そこで王様が立ち上がって、バルコニーの端まで歩み寄った。
「勝負の終わりを姫が決めておる以上、口を挟む気はない。だが、もうよいのではないか、ヨフアハンよ」
ヨファは、呻くように答えた。
「まだです。まだ、終わってはおりません」
片手を放して大剣を構え直そうとするが、僕の棒きれが先回りする。
王様は、静かにヨファをなだめた。
「シャハローミの前で、お前は充分な武勇を示した。余も深く、これを嘉しておる。自ら汚すことはあるまい」
でも、ヨファは納得しなかった。
「陛下からそのような言葉を頂戴するとは思っておりませんでした。私とのお約束をお忘れでございますか」
王様は、よく分からないといった顔で聞き返す。
「どのようなことだ? 約束とは」
その間も、ヨファは、足を引いたり、姿勢を変えたりして、大剣を振るおうとする。
でも、何をしようと無駄だった。
ヨファの動きを見るだけで、その身体のどこを押さえればいいか、すぐに分かるようになっていたからだ。
まるで、自分のことのように。
全ての動きを止められたヨファの返事は、だんだんと苛立たしげなものになっていった。
「親衛隊の訓練生になったばかりの頃です。ある舞踏会の護衛に立つ事ができた私は、シャハローミ様の美しい姿を初めて拝することができました。代々、隊長を出してきたとはいえ、貴族の中での家柄は高くはありません。財があるかといえば、街の商人のほうが裕福だったといえるでしょう。それでも私は、心に固く誓いました。命を懸けても、シャハローミ様に求婚できる立場になろうと」
王様は、悲しそうに微笑んだ。
「だから、先の戦であのようなことを申したのだな? 最前線を崩したら、シャハローミ様と結婚させてほしいと」
その間にも、ヨファは僕の隙を探して、脇に回ったり、後ろを取ろうとしたりする。
もっとも、それはあらかじめ分かっていることだ。
ヨファのすることは、棒きれだけで先回りして抑えられる。
僕たちは、お互いに睨み合ってぐるぐる回った。
蛇が手の尾をくわえて呑み込もうとするのにも似ていた。
ヨファの恨み言は終わらない。
「若造の戯言とお思いであったでしょう。しかし、私はひとりで敵陣に斬り込んで、先鋒を蹴散らしてご覧に入れました。功を挙げて帰った私をご覧になったときの陛下の愕然としたお顔、まだ覚えております。しかし、国王に二言なしと、陛下はシャハローミ様との婚約をお許しになり、この戦では騎士団まで預けてくださった。ならば……」
突然、ヨファは身体を丸めて僕に突進した。
……しまった!
不意を突かれてふらついたところを、足蹴にされた。
地面に転がされる。
そこへ、ヨファは大剣を逆さに突きつけてきた。
とどめの一撃と共に、絶叫する。
「騎士の誇りも意地も捨てた戦い、お見届けください!」
「ナレイ!」
シャハロの悲鳴が上がる。
でも、渾身の力をこめた大剣は、柄まで地面へとめり込んだばかりだった。
ヨファは、それを引き抜こうとうろたえる。
……え?
僕の身体は、その頭上はるか高くへ舞い上がっていた。
大剣が突き刺される瞬間、腕の力だけで、身体を逆さにして跳び上がっていたのだ。
ヨファを見下ろしながら、僕は叫ぶ。
「最初から、その気持ちで勝負すればよかったんです! 下手な小細工は抜きで!」
棒きれを振りかぶって降ってくる僕を、ヨファは見上げるしかない。
その額を、僕はしたたかに……打ち据えなかった。
ふわりと地面に降り立って、棒の先を押し当てただけだ。
ヨファの目が、驚きで見開かれている。
それを見つめ返しながら、僕は囁くように告げた。
「負けを認めて下さい……シャハロに、人が死ぬのを見せたくありません」
ナレイ君、大逆転で余裕の勝利をつかみました。
これで、シャハロとの恋も実るように見えますが……。
そう、調子よくはいきません。
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