姫様の結婚宣言で有名人になりましたが、婚約者の罠にはまって決闘をする羽目になりました
城内に、噂はすぐ広まった。
聞いた話では、王様は深く悩んでいるらしい。
寝室からめったに出ることがなくなったのだという。
僕はというと、肩身の狭い思いをすることになった。
どこへ行っても注目を浴びる。
僕は兵士でも何でもない。戦が終われば元の使用人なのに。
「隊長!」
「ナレイ隊長!」
声をかけてくるのは、たとえば遠征での部下たちだ。
もともとは、槍担ぎに雇われていたに過ぎない。
だから、戦が終わって褒美を貰えば、もとの庶民の生活に戻る者がほとんどだ。
でも、中には勘違いをして、兵士の身分にとどまる者もいたのだった。
「僕はもう隊長じゃない」
そう言っても、兵士たちは聞かなかった。
「いや、ナレイさんは俺たちの隊長だ」
「そうだよ、何があっても、いつまでも」
素っ気なく答えるしかない。
「じゃあ、好きなようにすればいい」
そう言うと、余計に馴れ馴れしく絡んでくる。
「お姫様にも言ってるんですか? そんなこと」
「そういう冷たいのが利くわけですね、ああいう高貴なお方には」
そのときだった。
太い声が、横から口を挟んだ。
「からかうのはやめろ、いい加減に」
兵士たちは何か言いかけていた口を押さえて、その場から足早に逃げ去る。
誰の言葉かはもう、見ないで分かるようになっていたらしい。
入れ替わりにやってきたのは、ハマさん……「地獄耳の処刑人」ナハマンだった。
僕は足を揃えて立つと、頭を下げる。
「あのときは、ありがとうございました……ハマさん」
袋をかぶせてくれなかったら、シャハロは最後の一枚を脱いでいたかもしれない。
のっそりと現れたハマさんは、のっそりと答えた。
「仕方がねえ。あれは、もともと姫様が、自分で何とかすることだ。お前がどうこうしてやることじゃあねえ」
シャハロが口にした、僕との結婚のことだ。
放っておくわけにはいかない。
そう思うと、かえって言葉が出なくなる。
「でも、シャハロは今、謹慎とか何とか……」
「お前が何とかするのは、そいつだな」
言いたいときに言いたいことだけを言って、ハマさんはその場を立ち去ろうとする。
でも、何かを思い出したように、立ち止まって振り向いた。
「そうそう、勝ち戦の祝いの宴に呼ばれてるぞ、お前」
誰に聞いたかは知らないけど、本当の用件は、それだったらしい。
シャハロが気を遣ってくれたのだろうか。
最初に言ってほしかったことを最後に告げたハマさんは、のっそりと去っていった。
祝いの宴は、国王の宮殿の前で行われていた。
凱旋の日に、遠征軍が集められた場所だ。
賑やかな宴会で、楽しそうに語り合う貴族たちが、何人も何人も行ったり来たりしていた。
どう考えても、僕は場違いだった。
「シャハロ……」
でも、僕を招いてくれたはずのシャハロは、どこにもいない。
その代わり、目の前に現れたのは、よく知っている別の人だった。
「どなたをお探しかね、ナレイ君」
酒の入った杯を手に見下ろしているのは、ヨファだった。
戦が終わって、シャハロの気持ちが分かった今、いちばん会いたくない相手だった。
でも、僕がさっさと離れようとすると、背中から声をかけてくる。
「姫様が来る来ないは、私次第だ」
シャハロがいない理由が、これで分かった。
ヨファと結婚しないかぎり、祝いの宴にも出られないということだ。
でも、僕はきっぱりと言い切った。
「あなたの許しがなくても、きっと来ます」
ダメだと言われて聞くシャハロじゃない。
すると、ヨファは余裕たっぷりに笑った。
「では、賭けましょうか」
「何を?」
僕は、賭けられるようなものなんか何も持っていない。
ヨファはというと、戦に強い、貴族の若様だ。
だから、こんなことも平気で言える。
「シャハローミ様が来るかどうか……姫君ご自身を賭けて」
それを聞いた貴族たちが、一斉にどよめいた。
ヨファは、さらに勢いづく。
貴族を相手にしているかのようなバカ丁寧さで、滔々と述べ立てた。
「ナレイバウス殿、御身は貴族の身分をお持ちではないが、この戦では何度となく、かの滅んだサイレアにて名を馳せた勇者であると称せられたとか。国王は他国を征服はしても、絵画歌曲、そして武勇を重んじられる方、かような者がジュダイヤにあれば重く用いられるであろう。然るに、御身の武功を直に見たことという者はとんとござらぬ。そのような相手に婚約者を奪われたとあっては、このヨフアハン、騎士としての一分が立ち申さん。ここは正々堂々の果し合いで雌雄を決したいと存ずるが、いかがか」
何を言っているのか、さっぱり分からない。
「え……?」
答えようがなかった。
ヨファはため息と共に、長い話を要約する。
「シャハローミ様を賭けて、正々堂々の勝負を申し込みます。姫様があなたの勝ちを信じていらっしゃるなら、きっとここにも……」
ヨファがみなまで言わないうちに、凛とした声が賑やかな宴の席を静まり返らせた。
「もう来ていますわ」
薄絹のヴェールをまとって正装したシャハロが姫君の姿で、公の場に姿を現したのだった。
「父上のお許しがあったのです……私を賭けた決闘の話をお聞きになって」
シャハロのそばには、あの小柄な使いが控えている。
おそらく、ヨファが姫君を賭けた決闘を口にしたところで、この使いの男は凄まじい速さで国王のもとへすっ飛んでいったのだ。
そこで、察しがついた。
「つまり、僕が戦うことが条件?」
シャハロはゆっくりとうなずいた。
「父上と約束しました。手出しすることなく決闘の成り行きを見届け、勝者を伴侶に選ぶと」
そこで、ヨファの顔をちらっと見てみた。
ふいと目をそらされる。
やられた。
もしかして……気づかれてる?
僕は辺りを見渡した。
祝宴の客はみんな、僕を見ている。
シャハロの目は、真剣だった。
いやだとは言えなかった。
……仕方がない
心の輪を、シャハロもヨファも含めた、この場の全員にまで広げる。
どうしてだか分からないけど、怖くなくなった。
だから、はっきり言うことができた。
「いいでしょう」
いつの間にか、僕の目は、もっと遠くを見ていた。
城の外を、そして、ジュダイヤの空の向こうを。
斬り込み隊長を務めた騎士、ヨフアハンは強敵です。
実戦はおろか、模擬戦もやったことがないナレイが敵うはずはありません。
しかし、シャハロはナレイの勝利を信じています。
さあ、このピンチ、どうやって切り抜ける?
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