要塞には抜け穴があるものらしく、馬を捨てた騎兵たちより先に見つけて脱出しました。
ヨファが去った後、僕はふと、おかしなことに気が付いた。
「何で、馬を……?」
馬がなければ、騎兵は戦えない。
それを兵士たちに食わせてしまおうとしたということは、もう戦うつもりがないということだ。
つまり。
「逃げる?」
でも、要塞の周りはケイファドキャの軍勢に囲まれている。
「だったら、どこかに抜け道が必要だ」
要塞に入ったときは、もうケイファドキャの兵士はどこにもいなかった。
どこかにある抜け道から、逃げ出したのだ。
「どこだ?」
抜け道があるんなら、ジュダイヤへ助けを求めに戻ることもできる。
「探してみるしかないか」
要塞の奥へと入り込んでいくことにした。
「まずは、厩だ……」
馬たちが心配で行ってみる。
そこには、さっき食われかかったことも知らずに、馬が首を連ねてつながれていた。
飼い葉おけを覗き込んでみると、空だった。
そこで、ふと思いついたことがあった。
「待てよ……もしかすると」
厩の壁にもたれかかって眠っている兵士を起こして尋ねてみる。
「どこですか、騎兵たちは?」
「さあな……てめえたちの馬、自分で水も汲んでやらねえで姿をくらましてたかと思ったら……」
気を失いそうになりながら、兵士は鼻で笑ってみせる。
でも、何が言いたいかは、それで分かった。
みなまで聞かずに、僕は立ち上がる。
「ありがとうございます」
それが聞こえたかは、分からない。
兵士は、安らかな寝息を立てはじめていた。
「つまり、抜け道は見つからなかったってことだ、すると……」
探すものは、ひとつだけだった。
涸れ井戸だ。
井戸を見つけるそばから、つるべを引く。
もちろん、どの井戸も、水だけは尽きることがなかった。
「だから、死なないで済んだんだけど……」
その中に、たったひとつだけ、あった。
水の出ない井戸が。
問題は、どうやって下に降りるかだ。
たぶん、逃げたケイファドキャの兵士たちは、ひとりずつ桶か何かに入って、残った人たちにつるべを上げ下げしてもらっていたのだ。
最後のひとりは、飛び降りられるところを抱き留めてもらうか何かしたんだろう。
僕には、できない。
他の手を使うしかなかった。
「やってみるか……一か八か」
小剣を抜いて、井戸のつるべを切る。
側に植えてあった、大きな木にくくりつけた。
「これで落ちたりなんかした日には……」
自分の身体にも、つるべを巻き付ける。
これで、井戸の内側に足を突っ張って、身体を支えることができる。
でも。
慣れないことはするもんじゃなかった。
「あ……!」
確かに、人の身体を支えられるほどに、つるべの紐は丈夫だった。
でも、自分の身体の重さを支えられるほどの固さで、木にはくくれなかったらしい。
僕は、ふわりと宙に浮いたかと思うと、真っ逆さまに闇の中へと落ちていく。
「死んで……たまるか……」
青い空が、次第に小さくなって遠ざかっていく。
「シャハロ!」
僕の叫び声が、古井戸の中に響き渡る。
ところが、井戸はそれほど深くなかった。
「痛い……」
呻くだけで済んだ。
しかも、落ちたところには、何か柔らかいものが敷き詰められていた。
拾い上げて、上から差し込んでくる微かな光にかざしてみる。
「蛇の抜け殻……?」
手でその辺を探ると、寝そべれば身体が通るくらいの穴が開いている。
その中に這いこむと、穴は背が立つくらいの高さに掘り抜かれていた。
「助かった……」
真っ暗闇の中を、壁に手を当てながら歩く。
「やっぱり、これを探していたんだな……」
でも、僕は立ち止まらないわけにはいかなくなった。
壁が途切れて、通路が二股に分かれているのだ。
「どっちだ……?」
どっちも、どこかに続く抜け穴には違いない。
ケイファドキャの兵士たちは一目散に、まっすぐ逃げたはずだ。
「こっちに決まってる」
その読みは、正しかった。
手探りで進んだ先に、木の扉みたいなものがあった。
押し開けると、暗い抜け穴に、眩しい光が差し込む。
「う……」
少しずつ目を開けると、石壁に打ち付けられた、木のハシゴが見えた。
やっぱり、涸れ井戸らしい。
井戸の縁まで這い上がったところで、そっと顔を出してみた。
「ここは……」
どこまでも、乾いた大地と青い空が広がっていた。
丘も要塞も、人影も見えはしない。
「ということは……」
首を捻ると、丘の上の要塞が見えた。
ここは、要塞の裏手だということだ。
その手前では、ケイファドキャ軍が厚い陣を敷いている。
僕はそろそろと外へ出ると、敵の兵士だとバレないように、井戸の中へ装甲と小剣を投げ捨てた。
底のほうからは、金物が落ちたときの甲高い音が聞こえる。
そのせいで、ケイファドキャの兵士に気づかれてしまった。
「何者だ?」
とっさに、一芝居打つことにした。
「へえ、旅の者で……水を分けていただきてえと」
面倒臭そうに、兵士は答えた。
「そこにはないぞ……おい!」
顎をしゃくった先にいたベつの兵士が、水瓶を持ってきた。
差し出された柄杓にむしゃぶりつく。
何度も頭を下げると、不愛想な声で告げられた。
「ジュダイヤの連中は袋の鼠だ。戦いは起こらん怒らんだろうが、この辺りは避けて通れ」
わざわざ指差して、安全な方向を教えてくれる。
僕は顔を伏せたまま、その命令に、ものも言わずに従った。
要塞を脱出したナレイ君。
助けを呼びに行こうにも、ジュダイヤは遠い!
でも、幸運の妖精さんは、ちゃんと見てくれていました。
さて、何が起こるか……。
先が気になる方は、どうぞご覧ください。




