第18話 帰らぬ修学旅行 2日目 ~3:48 T県立総合病院 6F 632号室
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
「――ら、――るんだ」
「いや――、きょう――――」
うぅ~ん……なに? 騒々しいわね……。ふぁ~。
「――でしょ? ほらもう遅いし」
女の子の……声? え? 女の子!? 夜……よね?
うん、外は暗い。窓の外には綺麗な月が浮かんでいる。しっかり静かだし。
え? 幽霊?
「だからだよ」
あ、男の人の声。
改めて寝返り、廊下の方を見る。二人部屋なので、窓側の私のベッドの他にもう一つ、廊下側にベッドがあるのだけれど。廊下の間接照明がカーテンの向こうにいる人たちのシルエットを浮かび上がらせている。もっとも、団子状なので誰がどうとまではわからないけれど。
「えー!」
「こら、隣の人が起きるだろ」
もう起きたわよ。
どうしたのかしら? お母さんが運ばれてきたのかしら?
「父さん、手伝ってあげて。どうせここ女性のフロアだから父さんは泊まれないのだし」
ん? 新しい声ね……。
「わかった」
また新しい声? さっきの男の人とはまた違うわね。もう少し高齢かしら。
「ではお嬢様、また明日の朝、参ります」
お嬢様?
「うん……サキちゃん、また明日……数時間後には会えるから。いろいろ教えてくれてありがとう」
ってまた新しい登場人物!? 最初の女の子の声くらい若いけど、別の声みたいね。
「うわ~! やだやだ! セクハラだ! 大の男二人で女子小学生を担ぎ上げるなんて!」
「バカ! 冗談でもよせ、誤解されるだろ。柚羽さん、かまいません、行きましょう!」
「はい。菱島様、ご無礼をお許しくだされ」
「許さない! やだやだやだやだや…………」
とんっ…………とん、とん。
開き戸が閉まり、室内は無音を取り戻した。
「……ではお嬢様、私も下に荷物を取りに向かいます」
…………。
ん?
お嬢様とやらのお返事がないわね?
「お嬢様?」
「藍、心配だからサキちゃんについててあげて」
「菱島様に? ですが……」
「私は大丈夫。ここは病院だし。さすがに今日はもう何もないでしょ? サキちゃんもホテルにまで帰れば諦めると思うから」
「……」
随分迷ってるわね。ていうか、何もないって、なんだか物騒な言い方。
「……かしこまりました。では、お嬢様の大切なお友達のために、私も一肌脱いできますね」
……とっ。
メイドみたいな人も出ていったのかしら?
「落ち着きました?」
え?……まだ誰かいるのかしら?
「ごめんなさい、今日は月が綺麗なので、カーテンの向こう側であなたが動いているのが見えてしまいました」
うそ? やだ、恥ずかしい……。
でも、落ち着きましたって……どういうことよ。
「あなたは今日、自分がしてしまったことを、後悔してますか?」
!?……っ。
誰? なにそれ? どういうこと?
「あなたが怪しいと思ったのでそう言ったまでです、沢田さん」
どうして、私の名前を……?
「部屋に入る前に名札が見えて。すみません、少しクセみたいなものです」
クセって……。
あっ……。
私の中でふと記憶がよみがえる。そうだわ、この声、出ていった女の子の声も、今日のうちのお客様じゃなかったかしら?
ということは……さっきの言葉の意味って……。
ふっそういうことか。
そっか、気付いてたの?
「うーん……、ちょっと今、頭がぼーっとしてますが……」
そういえば、あなたどうしたの? こんな時間に病院なんて……
「色々ありまして、みんなに迷惑をかけてしまいました。私の判断が悪かったんです……」
そ、そうなの……。あなた、大人なのね。
「そうですか?」
えぇ。なにがあったか知らないけど、自分よりも他人に気を使えるなんて大人でもそう簡単にはできないわよ。
「そうですか」
病室に、ゆっくりと静けさが馴染んでくる。
私はその余韻を少し楽しんでから、尋ねた。
教えてくれる? 一体、どうして私が怪しいと思ったのかしら。
「そうですね、」
女の子は、穏やかに、でもためらいなく続けた。
「今回、不思議に思ったのは次の3点。まず最初は、盗まれた物が微妙なものばかりだったこと」
微妙?
「そう。盗まれた物の中にお財布やスマホ、腕時計とかの貴金属の類が、私が聞いていた中では一つもなかった。もちろん、売ればそれなりに値段は付くのかもしれないし、悪戯みたいな幼稚な犯罪の可能性は否定できないけど。一番言いたいのは、そんなことをするメリットがある人が少なすぎること。わざわざ旅館に忍び込んでまで行うこととは思えない。悪戯するにも面倒くさい場所だし。普通の人がうろうろするには向いてないもの。その点を理解しようとすると、従業員の方なら、脱衣場だろうと、本館・別館だろうと、自由に行き来もできるし、専用の通路や出入り口もあるから一般の人より行動が自由。まぁよっぽどあの旅館、ホテルのファンがいらっしゃれば、話は変わってくるのかもだけど」
それだけで旅館の人間……私が怪しいと思ったわけ?
「2点目は、誰も警察を呼ぼうとはしなかったこと。あれだけ色々盗まれたのに。従業員の方の中には、そう発言した人もいるのかもしれない。でも、少なくとも、副支配人さんや女将さんは何もしていないということは、もしかしたらその近辺の人たちは何かを知ってるのかなって疑ったのは事実」
……旅館の評判とかを考えたら、そう簡単にも呼べないのかもよ? お客様にも説明しないとダメだし、呼んでおいてカバンから出てきましたじゃあ、警察もいい迷惑だしさ。貴金属が盗まれてないから、それが返ってその行動を止めてたんじゃないかしら?
「そうですね。でも部屋のリモコンがなくなったことがすっきりはしませんね」
そ、それは……。
「そして最後は、沢田さん、あなたの行動」
私?
「どうしてあんな悪戯されたのに、痛みを訴えることもなく、警察を呼ぼうともしなかったの?」
え……知ってたの?
「偶然、仲居さんたちの更衣室に入ったんです。そこで見つけてしまいました。4センチほどの刃物を。あれがロッカーの取っ手の部分とかにつけられてて、手を切ったんじゃないかなって思って」
ふっ……ははは。
そっか、そこまで知ってたのね。
そうよ。正確には、取っ手の裏につけられていたの。閉めようと思って手を掛けたら、ちょうどこの親指と人差し指の間をスパってね……。躊躇なく手をかけたものだから。でもそれならわかってるでしょ? 私は被害者よ?
「それに関してはね。だからこそ、なんで耐えていたのか気になったの。……もしかして、沢田さんは犯人を知ってるのかなって」
……。
「警察を呼べば、当然色んなことを調べられてしまう。そうなると遅かれ早かれ今日の紛失事件の数々を告げられてしまい、そのことにも注意が向いてしまうから。もしそれを恐れているのであれば、沢田さんは犯人を知ってるのか、もしくは犯人か……。知ってるにしても、それほどの怪我を隠してまで守ろうとするのなら、よほど近しい人か……。まぁここは私の妄想に近いけどね」
よくできた妄想だこと……。
ねぇ、一つ聞いていい? 私の手を切った仕掛けをした人もわかってるの?
「たぶん、料理長さんさんじゃないかなって思ってる」
え……そ、それはどうして?
「あの刃物……形が気になっていろいろ考えたけど、たぶん包丁を折ったものじゃないかな? 刃の向きからして左利き用。料理長さんは、左利きなんだよね? とある仲居さんに教えてもらったの」
でも、それなら他にも左利きの人はいるかもしれないわ。
「実際、和食の料理人は左利きから右利きに矯正する人も多いから、絶対数は少ないと思うよ」
え? そうなの?
「和食は右利きの人が食事する前提で料理されることが多いから調理する人も右利きで作業する方が色々と便利だって聞いたことがある。あの片刃の包丁は左利き用だと考えて持つと刃の向きや、台形の形がしっくりくるようになっていた」
で、でも、それなら誰かが料理長に罪を着せるためにその包丁を使ったのかもしれないわ。
「私が料理長さんを疑った理由は他にもあるの」
他にも?
「夕飯のお料理の組み合わせもおかしかった。おそばとなすなんて食い合わせ、どちらも胃を冷ます効果があるといわれている食材。お腹をこわすといわれてるもの。もちろん、おそばは温めて提供するのならいいけど、私たちのような団体客に提供する料理のすべてを均一に暖かく提供するのは無理がある。お吸い物もやはり少し冷めていた。今は冬だし余計にね。その根拠にどれほどの科学的信頼があるかはわからないし、おそばの本数も2本だけといえばそれまでだけど、ともかく、厨房を任されている人が出す料理とは思えない。少なくとも私は色々な人にそう教わって育った。だからその時から料理長含め、この旅館の人たちにはあることを疑っていた」
疑う?
「このホテルの人たち、何かしでかす気じゃないかなって」
それだけで……?
「沢田さんの最初のお話もプロとして変だと思ったよ。小学生相手に怖い話なんて。思えば、あれもこれから自分がすることの保険だったんじゃない?」
プロ、か。
ははは。
そうかもね。ホームシックになる子や、抜け出して旅館の中を探検することを助長させちゃうような話だものね。
「でもこれはすべて私の想像……。それこそ警察でもないから、なんの証拠もないし、科学的根拠もない。当然警察に訴えることはできないしするつもりもないよ。だからただの物語。でももし、今の私の物語の中から、少しでも感じることがあれば、どんな理由があったとしても、もう二度とやらないと誓ってほしい」
それだけ。
お嬢様はそう最後に添えた。ずっと淡々と語っていたけど、最後は、どこか熱っぽさを感じた。
二度とやらない……か。
ご安心を。血が抜けて、文字通り頭に昇ってた血がすーっと抜けたみたいね。
「そう」
お嬢様は静かにそう言っただけ。
私にとってはそれが心地よかったのか、話を続けてしまった。
今思えば、つくづくバカな私。不倫なんて、自分の身を滅ぼすだけなのに、それだけじゃ飽き足らずに、あの人の指示を実行すれば、奥さんと別れてくれるなんて……そうすれば私が次の女将だって。世にありふれた男のウソをそれでも自分に向けられた言葉だけは嘘じゃないと信じてしまった。
いや、もっとかっこ悪いわね。信じると言って自分をごまかしただけ。
旅館の評判を落として、立て直すという名目で経営陣の刷新の元、現代風のホテルにし、自分が実権を握るから、そのための悪評稼ぎの悪戯だって……。
修学旅行の生徒がいる時にすれば悪評はSNSやPTAの突き上げとかであっという間に広がってしまうだろうって。
こんな、冗談みたいなことを本気でやろうってんだから……。自分の手は染めずにね。恋は盲目っていうけど、ホント私バカよね。
でも、女将はなにか気づいてたのかな。あの人と言い合ってたみたいだから。それこそ、警察に訴えた方がいいとか言ってたのかしらね。
「私の友人も目撃してました。もっとも彼女は幽霊が出たとばかりに思っていたみたいですけど。トイレで女将がぶつぶつと言っていたことも聞いてました。『おかしい』、『変だ』って」
……はっ! そういうこと? え? でもまさか……。
「どうしたのですか?」
いや、途中からね、私が盗んだ物以外の物もないって訴えが増えててね。
でもそれも女将と、料理長が協力したって考えれば説明がつくかも。
それこそ、私の妄想だけどね。
でもあの二人ができてたのは事実だから。この噂は仲居の中では常識ぐらいになってたわ。
「それは私の友人も見かけてました。二人で何か相談していた時もあったみたいです。料理長も、あの割烹着を脱げば誰かわからないから。私の別の友人が、『見た記憶はあるけど誰だか覚えていない』って人を別館で見かけたって言ってたから」
そうなんだ。そう、でもそれで私なんだか怖くなってきて。その矢先にあの怪我があって……。
でも自分がしたことを考えたら、とてもじゃないけど大事にはできないって我慢してたけど。
それでもだめね、貧血で倒れちゃったわ。結局大騒ぎになっちゃったわね。
「血液は3分の1以上を失うと生命の危険があるんだから気を付けないと」
ふっ……そうね。
はぁ~。でも、動機以外はほとんどあなたの言う通りよ。おめでとう。
「別に嬉しくないよ。それを望んでるわけじゃないから」
そ。
ねぇ。最後に一つ疑問なんだけど、あの怪しい二人組のスキーヤーがいたでしょ?
あの人たちのことは疑わなかったの?
「あぁ……あの人たちは疑ったと言えば疑った。だって今は2月。18時なんて当然真っ暗なのに色付きのゴーグルで目は隠してたでしょ? そのゴーグルの上に雪が乗ってた。仮にスキー場で雪が積もったとして、そのまま運転でもしてきたの? そんなの危ないよ。手近なところで集めた雪でカモフラージュしたのバレバレ……。でも実はあの二人は私の知り合いだったから疑わずに済んだけどね、そうじゃなかったら疑ってるよ」
なるほど……恐れ入りました。
「……明日、どうされますか?」
お嬢様は、不安げな声色になることもなく、同じような調子で訊いてきた。
さぁ~てね。どうしよっかな……。ま、もう少し寝ずに考えてみようかな。
「そうですか」
ね、相談に乗ってくれる?
「……私はもう寝ます、疲れましたので」
ちぇっ。残念ね。
● ● ● ● ●
新堂桜子は、一歩、また一歩と、ぜんまいの切れかけたおもちゃのようにたどたどしくとある病院を出た。
夜も遅いのでそのまま翌日までの入院を勧められたが、茫然としていた彼女はまともに受け答えもせず、「結構です」と言って出ていったのだ。
早くしないと、自分は警察に捕まる、という恐怖からいまだに脱出できていなかった。
だが、彼女が病院の裏口から出てくるのを狙っていたかのように、一台の黒いハリアーが止まった。
月明りでボンネットが妖しく光る。
ゆっくりと開かれた後部座席のドア。ただそれは彼女を出迎えるためではない。それは新堂自身が一番よくわかっていた。
人影が一つ、ゆっくりと降り立った。
「やぁ、あんたが今回のバカかい?」
は……。いきなりのその言葉に新堂は声にならない息を漏らした。
目の前にいる小柄な人影が誰なのか、顔ははっきりと見えなかったが、その白髪は目立っていた。暗い中でも不思議と輝いて見えた。
声は老いてしわ枯れたようだが、女の声だとはわかる。
でもその声に聞き覚えがあるのかないのかもわからない。新堂の不安が躍る鼓動は、彼女が頭を使うことを遮る。ただ目の前の出来事を咀嚼なく飲み込むことで精一杯だった。
気が付くと、その小柄な影の背後には5人ほどの大柄な影が。
「随分と幼稚な脅迫文だね。あげくお嬢に助けられて……ちっ。色々言いたいことはあるけど、私は無駄が嫌いでね」
新堂は、足がすくみ動けなくなっていた。
「あの子にお館様の遺産でも譲ってもらおうかと考えていたみたいだけど、あの子は遺産相続は放棄してるのさ」
そう影の老婆は言ったが、果たして新堂はすぐに理解できなかった。
「あんたみたいなバカが出てくるからねぇ。天涯孤独な少女が、ただ唯一の親とのつながりを放棄したのさ。泣ける話じゃないかね」
私のミスかも知れないけどね。老婆はそう付け加えたが新堂の冷えて赤く染まった耳に、その声が届いたかはわからない。
「本当ならあんたを警察に突き出すなり、こっちで焼くなりしてやりたいが、お嬢がそれを望んじゃいないからね」
新堂はその場に座り込んだ。体の外も内も冷え切り、支えることができなくなったのだ。
「だが、覚えておきな。次にのこのこと現れた日には、あんた、命はないよ」
それまで朗々と語っていた老婆の声が、ずしりと重く、腹に響く声になった。
「いいんですかい? せっかく病院からここまで来たんだけどなぁ」
大柄の影の一つがそう言った。どこかを掻くようにしゃりしゃりと音がする。
「まぁあんたたちもそう暇じゃないだろ。任せときな。少なくともこの私、最町京の目が黒いうちはね。なんってね、キッヒッヒ……」
老婆の笑い声が遠のくと、車は夜の帳に溶けるように静かに走り出したのだった。
新堂は、体だけが、その場に残ったようであった……。
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。




