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第0話 小学生マリちゃん最初の事件簿 結

申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。

そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。

誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。

 シャッターを押す音。

 文字を書く音。

 ひそりと話す声。

 薄暗い8畳より少し広い執務室の中で黙々と作業に当たる捜査官たち。

 いつもの執務室が別の世界のような、初めて見るような印象を私に見せつけてきた。

 部屋の両脇には書架が並び、床から天井まで本がすし詰めになっている。

 ジャンルは特に決まっていない。ご自分でも「雑食だ」と仰っていたほどで、様々なジャンルが並んでいる。

 執務室の奥には、お館様の執務机があり、窓がある。朝陽が好きなお館様らしい配置だ。行き詰った時は朝焼けを眺めると仰っていた。

 外部から怪しい人間が侵入してくるのであれば、そこが一番だろうけど、机は窓に向かって配置されているので、すぐに気づくだろうし、なによりここは2階だ。そりゃまぁ、5階や6階みたいに高いわけではないから、侵入できないことはないだろうけど。

 そして入口手前には小さな円卓がある。お館様がお座りになってコーヒーを飲みながら本を読んでいらっしゃる姿を思い出し、私はまた、涙をこらえることになった。

「その円卓の上には食べかけの食事か……」

 今日の夕飯のメインであるステーキが置いてあった。およそ半分ほど食べたところだろうか。

 戻ってくるはずもないのに、ナイフとフォークが「八」の字を作っている。いや、ナイフが転がってるから「い」の字に近いか……。どっちでもいいけど。

 他にもサラダや、パン、スープが置かれているが、いずれも食べかけである。あ、いや、スープだけは食べ終えているみたいね。サラダは少しだけ。パンは一口も食べてないみたい。

「どうやら、この食事の中に毒が混ざっていたのかもな」

 毒!?

「被害者には目立った外傷はなかった。ともすれば、凶器を考える上で毒に至るのは普通のことだろ」

 え? ていうか、……やっぱり、殺されたってことですか?

「おそらくな。まぁこの後解剖もあるから、実際はどうなのかっていうのは、それまでわからないけどな」

『殺された』

 改めてその事実を聞かされると、心の中は焦燥。

 だって……それって……。

「そして、苦しみながら、奥の執務机に向かっていき……座りながら死んだ」

 ……なんだか不自然じゃないです?

「だけどそうなってるのを君も見ただろ?」

 それは……まぁそうだけど。

「机の上には便箋のつづりと、万年筆か……ずいぶんとレトロだな」

 お館様の趣味だから……。

 私はそーっと忍び込んだ。怒られるかなと思ったけど、存外特に何も言われなかった。もう作業が終わりかけだからなのか、この刑事に連れられてるように見えてるからなのか、それはわからなかったけど。

 インク瓶とペン立てが倒れていた。そばに転がる万年筆は紺色だったはずなのに、真っ黒だ。ペン先は誰に向けてでもなく西南を示していた。

 机の端も黒くなっている。

「ふたが緩かったみたいだな。さっき締めなおしたけど、ほら」

 机の脚元に置いてあるゴミ箱の上に黒い塊が。

「滴って染まったみたいだな。どうも書き損じの便箋が染まったみたいだ」

 なるほど、机の上の便箋は反対に真っ白だ。お館様らしく豪快に書き損じを破り捨てたのだろう。破り損なってつづりに残った紙が、袈裟切りのように力強く破られたことを訴えている。

「それにしてもお前ら仕事してるのか? ゴミがいっぱいだぞ」

 はぁ!? してます! 失礼ね。

 お館様は、お手紙を書く時なんども書き直すからそうなるの。それに書いてる途中に入ると怒られるから、よほどのことじゃないと……。

 うぅ……。

「……悪かった……」

 刑事はつまんでいた紙の塊を左手でぽいと捨てた。

「さて、いったん戻ろう」

 刑事はそのまま腕をふるって、袖から時計をのぞかせた。「銭谷さんも食堂に向かってるかもしれないし」


 刑事と一旦分かれて、一人食堂に戻ると、みんな席に着いたままだった。

 ただ、席の位置はすっかり変わっていた。みんなも出歩いたり、呼び出されたのかもしれない。ぼうっとしている。特に会話はない。

 父も座っていた。

 が、娘の私ですら、とても話しかけられる状態じゃない。手を組んでうつむく姿に悲しみを感じずにはいられなかった。

 私は避けるように、父の座る対角線上に空いていた席に腰を落とした。

「……藍」

 隣にいた安中さんが声をかけてくれた。私の顔を見ると、安中さんの表情も少し曇った。私の泣き腫らした顔を見てなにかを察したのだろう。

「あの……ゴミ、どうする?」

 へ?

「ほら、今日はゴミの日だろ?」

 そうだ。それに、私たちの地区はモデル地区とかで、ゴミの回収が夜中なのである。

 今は……もう21時になりそうだ。

 ヤバッ! すっかり忘れたてわ……。

「ふっ……はは」

 え? なんですか?

「いや、ちょっとは藍らしい顔になったなってよ」

 え……あ。

「安心しな。今から屋敷の外にゴミを持ち出すのは無理みたいだぜ」

「え? そうなのか?」

 と言ったのは正面の千葉さん。「落ち葉とか剪定したゴミ結構あるんだけどな~」

「こっちだって生ごみが山ほどだぜ。まぁ仕方ないさ」

 雑談の内容がゴミっていかにも使用人らしいけど、みんながほぐれたのなら少しは良かったと思える。

「藍」

 安中さんが声を潜めた。「親父さんのこと、頼んだぞ」

 え……。

「相当ショックみたいだ。まぁ俺もそうだけど、あの人は付き合いが長いしな。さっき戻ってきてからずっとあのままだ」

 そうなんだ……。

「こんなこと言うのもあれだけど、お前のお袋さんが出ていった時よりも落ち込んでるぜ。はは」

 へ? あぁ……あれね。まぁあれは仕方ないから。ははは。

 と、その時、食堂のドアがわざわざノックされた。

 返事をするまもなく、銭谷刑事と三木松刑事が入ってきた。

 父が慌てて姿勢を正し立ち上がる。みなもそれに続いて立ち上がったけど、

「あ、みなさん、どうかそのままで……」

 と銭谷刑事が両手を挙げて抑えるようなポーズをして見せたので、私たちはばらばらと着席した。

「えー、いろいろお話を伺いましたけど、みなさんどうもアリバイがはっきりしないんですね」

 アリバイ……。そんな言葉をまさか刑事の口から聞くことになるとは。

「ですんでね、今もう一度、今度はここで話を聞こうかなと思いまして」

 え? なんで?

 と思ったことを見透かされていたのか、

「もしかしたら、誰かが見ているかもしれませんのでね」

 とすぐに説明された。

「じゃぁ、柚羽さん、お宅から、18時から19時くらいの間は何をされてましたかな?」

「私は……一人で事務室にこもって、我々給仕たちの来月のシフトを作成しておりました」

 事務室と言っても1階の空いてる部屋を間借りしているようなものだ。もっぱら父の執務室とも言える。この部屋に関してはある意味でお館様の執務室以上に入室を禁止されている。給仕たちの履歴書などの個人情報もあるし、給与の管理もしているから当然と言えば当然。

「ふーん……」銭谷刑事も鼻息荒いため息を吐いた。「だとすれば、目撃者はいない……と」

 私たち一般の給仕はお互いに今なにをしている時間なのか大まかに把握しているけど、父はある意味フリーな存在だし、監督みたいなものだから、わざわざ私たちに自分が今から何をするかなど言ったりはしない。

「わかりました。誰か見かけたとか?」

 と銭谷刑事はこちらを一瞥するけど、誰も手を挙げることはなかった。

「じゃあ、次、安中さん」

「あ、俺? さっきも言ったけど俺は明日の仕込みをしたり、来週の献立を考えていたぜ。一応隣で水上が洗い物をしていたけど」

「は、はい……」

「厨房で? 出入りは?」

「そ、そりゃまあ、トイレとか、ちょっとタバコ吸いに外に出たりとかしていたけど……」

「なるほど……」

 銭谷刑事は手帳を開いてはいるが、ペン先は頭をかくのに夢中だ。おそらく「さっき」と同じ内容だから困ったのだろう。

「水上さんも、ずっと厨房に?」

「はい……一応……。時々、控室に食器を取りに行きましたけど」

 給仕の食事は控室で取ることが多い。出たり入ったりで忙しいので、自分で好きなタイミングで食べることがもっぱらだ。調理の方たちが配膳までしてくださっているので、さっと食べて、片付けもおまかせである。

 ただし、好き嫌いは許されない。私もホウレンソウが苦手だったけど、このシステムのおかげで嫌でも食べられるようになった。

「控室で誰かにお会いしましたか?」

 三木松刑事がぼーっとしてるわけにはいかないとばかりに質問を入れるが、

「いえ……」

 水上さんの返事はそれだけであった。

「そうですか。では、次は千葉さん」

「オレは倉庫の片づけをしていたよ。で、食事をしてからトイレに行って、そのあとは……あぁ、そうそう、2階の扉が傷んでる部屋があったから修理しようと思って下調べしてたっけな」

「なにか物音が聞こえたり、うめき声はきこえなかったか?」

 と三木松刑事が言う。

「あんたらもこの部屋に入ってくる時、話し声聞こえなかっただろ? この屋敷防音効果すげーからな。よっぽど、壁を直接殴ったりしなければ音なんて聞こえないぜ」

「う……そうですか……」

「じゃあ次は殿村さん」

「ぼぼぼ、僕はそのあの……ちょっと着替えてまして……」

 はぁ?

 私以外の人も驚きの声を漏らした。

「あの、お客様にお出しした水を片付けているときに転んでしまって……ズボンがぬぬぬ、濡れてしまったんです。我慢していたんですけど、あままあまりにも寒くて……そっそれに、外で尻餅をついてしまったから汚れてたのもあって……」

「今も震えるほど寒いのですか?」

 三木松刑事が悪気なく尋ねる。

「あ、ああの、いえ、こっこれは生まれつきで……ははは……」

「転んだのはどこです?」

「か、階段を下りたところです。幸い、食器は割れませんでした。それから、更衣室で、明日の朝への引継ぎ記録を書いていました。食事は着替える前に済ませました」

 うーんと銭谷さんはうなっている。どうみても挙動不審だから仕方ないかもしれない。

「じゃあ次は、中里さんね」

「私は1階の廊下の蛍光灯が切れていたから交換して、それからこの食堂の掃除をしていたわ。掃除って言ってもテーブルの上を拭いてただけだけど。そのあとはちょっと休憩して、食事を取って。それから藍が来たからお話をして、薬を持って上がったんです。その時に……」

 中里さんがまた目頭を押さえた。

「藍っていうと、君かい?」

 銭谷さんが、優しそうで、その実、ずっしりと重く響く声で私を呼んだ。

 は、はい。私はお風呂の準備をして、ちょっと時間があったから宿題をして……ご飯を食べて、お嬢様の入浴じゅん……………びってあああああああああああああああああああ!?

 私の奇声に合わせて、父も目を見開いて立ち上がった。他のみんなもそれぞれに驚いている。

「おい! お嬢様は!?」

 刑事たちは目が点になっているけど、私たちはお構いなし。

 もう21時半前だ。どうしよう!? さっき思い出したのに、すぐ執務室でいろいろ気になって……。

「おい、今からでも迎えを――」



「もう遅いよ」


 食堂の出入り口からその聞きなれた幼い声が届く。

 振り返ると、マリお嬢様がすでにそこには立っていた。

「「「「お嬢様!」」」」

 その隣には警察官が一人。

「銭谷刑事、この子が先ほどタクシーでこちらへやってきまして、なんでもこのお屋敷の娘様だとか……」

 私はなにを、なにから伝えればよいのか言葉が出てこない。

 それは父ですら同じだったようだ。

 言葉を言いあぐねて、口をわななかせているだけだ。

 それをしばらく眺めていたお嬢様。

「携帯に電話してもでないし、どうしたの? 外にもパトカーが停まっ」




 お嬢様の言葉が不意に止まった。

 食堂という空間を見つめている。

 そして、お嬢様の瞼が、静かに、だけどはっきりと開いた。

 

 勘付かれたのだ。

「あ!?」

 お嬢様は警察官の脇をすり抜けて食堂の外に飛び出した。

「お嬢様!」

 父が叫ぶか、私が飛び出すが早いか。

 ただ当然、私たちと同じで、お嬢様もこのお屋敷の構造はご理解されている。

 

 追いついたのは、お館様の執務室の前だった。

 部屋の前に立ち、中を見ているであろうお嬢様のお背中は、ひどく静かで、ひどく冷たかった。

 

 あの……お嬢様…………。

 それ以上の言葉が浮かんでこない。

 ダメ、私が泣いてはダメ……。

 そう思えば思うほど、言葉よりも先に涙が浮かんでくる。


「――お嬢様!」

 後ろから父の声が聞こえた。

 私は涙をぬぐって視界を取り戻す。

 すると、お嬢様はもうお部屋の中に入り、探し物をされるかのように、きょろきょろと、頭を動かしながら歩き回っていた。

 お館様をお探しになっているのだわ……。

 私は大声をあげて泣いた。

 私の隣に追いついた父が、土下座をした。

「申し訳ございません……! 我々が不甲斐ないばかりに……お館様は……お館様が……!」

 私も急いで頭を床にこすりつけた。

「……」

 お嬢様は何も言わない。

 いや、言えるはずはない……。

 私にできることと言えば、きっとお泣きになるであろう、お嬢様を抱きしめることくらいしか……。

 いや……。

 主を守れない私たちに、そのような権利があるのだろうか……。

 私はまた、お嬢様の大切なものをお守りすることができなかったのだ……。


「藍、じぃ」


 お嬢様が……呼んでる!?

 私とじぃこと父は、急いで顔を上げた。


 お嬢様は腕を組んでいる。

 そして、少し長くなった前髪を人差し指で払うと、こう仰ったのであった。


「この部屋、おかしいよ」


 

 お嬢様は、一体何がおかしいと思われたのでしょうか?

隔週日曜日更新していきたいと思います!

回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。

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