第0話 小学生マリちゃんの最初の事件簿 転
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
「じゃあ、今日は20時には終わると思うから」
現在時刻は15時半を過ぎたところだ。10月に入ったとは言え、まだまだ日差しは暑い。
お嬢様は車を降りながらそう言った。
私はサイドブレーキを引っ張り上げて、急ぎ車外へと飛び出す。
「わざわざいいよ。……ていうか見送りとか大げさで恥ずかしいし」
そう言ってお嬢様は雑居ビルの中に消えていった。
今日は週に一度の学習塾の日だ。
もう9歳になると、そんな感覚になるわよね。お嬢様は頭もいいから精神的に大人になるのも早いんだわきっと。
私はお嬢様が消えてもなお数十秒見送ってから、車に戻り屋敷に向かった。
え? もう18歳なので運転免許をきちんと取得してます!
もちろん、万が一のことがあってはならないので、乗り回して練習しまくりました。
在学中でもとにかく免許をとりなさいと父がお金を出してくれたので、私は迷わず取得した。こうしてお嬢様――もう見えないし、マリちゃんで良いわね。マリちゃんも送迎できるし。
マリちゃん本人を前にして、頭の中とは言えそう呼んでいるとつい現実でもそう呼んでしまいそうだから、目の前にいる時は封印してるの。
屋敷に戻り、私はまず自分の宿題や予習復習を終わらせることとする。お嬢様が外出の際はその時間を利用して先に自分のことを済ませるようにしているのだ。明日が体育祭など受験生の私たちには無関係なのよね……。
ちなみに、そうでない場合はお嬢様がお休みになってからが私の時間になる。
「おかえりなさい」
と私を出迎えてくれたのは中里さん。
マリちゃんが生まれた頃にはまだまだ新人だったこの人も、今ではすっかりベテランの域に達している。父も信頼を置く一人だ。当然私の大先輩にも当たり、私は先生と崇めている。
でも立場をわきまえる方なので、私が先生と呼ぶのは嫌みたいだ。「柚羽様にお叱りを受けます」とか言ってるけど、その柚羽様は間違いなく私を怒るだろう。ていうか、怒られるのが日課みたいになってるし。
「お嬢様は無事お送りできました?」
レトロなエプロンドレスに身を包んでいるせいか、地味な印象を与えるけれど、この人の容姿は随分と整っている。年を重ねるごとに妖艶になるというか、なんていうのかな、エロい? いやそれは下品だわ。でも大人の魅力が、女の私にも伝わってくるのよね。
「おぉ、」
奥の部屋から出てきたのは私の父だった。「戻ったか。ちょっと頼み……」
と、父はそこで言葉を切る。そして目を丸くした。
「なんだその格好は?」
なにって……メイドのたしなみ、漆黒のエプロンドレスだけど。
「バカタレ!」
いたっ! なんで叩くのよ!
「お嬢様の送迎の際は地味な私服にしろとあれほど言っただろう」
……あ! そうだったわね。
「『目立つから恥ずかしい』と仰っていたのだ。給仕として仕える主の意向に背くことはあるまじき愚行だぞ」
ごめんごめん、すっかり忘れてたわ。
「反省しとるのか!? まったく……お嬢様を見習ったらどうだ?」
そうよね。お嬢様の方が私よりずーっと大人だし頭もいいもんね。
私は、一切の皮肉を込めず、素直にそう思ったのでうんうんとうなずいていた。
「バカもん! 反省しとるのか!」
と父はもう一度私の頭をぽかり。
いったいわね! そんなに何度も殴らなくてもいいでしょ。それこそ頭悪くなっちゃうじゃない!
「それ以上悪くなるか!」
と私たちがにらみ合う。中里さんは何もできずおろおろとしている。
「おいおい、なにを騒々しいことを」
中央の階段より降りてきたのはお館様だった。
お屋敷の玄関の扉を開くと、正面に大階段がある。踊り場を経て左右に別れて2階へと続く様式だ。
へ? バイオ●ザードの屋敷みたいですって? そんな物騒なものと一緒にしないでよ。
……降りてくるお館様がゾンビに見えちゃったじゃない……。
「玄関前だぞ。もしお客様に聞かれたらどうする?」
からっと笑いながらそう仰るお館様はいくつになっても若々しい。多少の白髪は見えてきたが、はつらつとした印象だ。
「はっ。申し訳ございません」
父が頭を下げるのに慌てて合わせる。
「それより、もう少しで客人が来る時間だ。準備を頼むぞ」
私は宿題を後回しにして急ぎ自分の持ち場へと向かう。今日は屋敷内の清掃が主な仕事だ。父はお館様のお客様をおもてなしする担当。つい二年ほど前にあのアナウンサーがオリンピックのアレで使ったものだから、お客様の中にもお使いになる方もいらっしゃる。
そんなことはいいとして、私は給仕たちの控室にあるシフト表を確認した。
私と父、あとは中里さんと私の少し先輩になる千葉さん、そして……あちゃーっ、殿村さんかぁ。
偉そうなこと言えた義理じゃないけど、殿村さんはまだここに雇われて2,3週間の新人さんなのよね。
お任せできることもまだまだ。もちろんそうなのよ? そんなにすぐできるわけじゃないし。そのことを責めるなんてどうかしてる。でも今日に限ってはこりゃ大変だわ……。
それでもって厨房は……お、さすが料理長安中さん。今日はお客様の日だから当然よね。それと、むむ? 水上さんね。
厨房は最近は一人が多い。ま、それも当然だけど。だって普段はお館様にマリちゃん、そして私たちの賄いくらいだからシェフは少ない。どうしても人手が足りないときは給仕の人間が作ったりもする。
でも今日はお客様が来る日だから二人体制ってわけね。
お館様のお話では夕食を召し上がってお帰りになるかはまだ未定みたいだけど、まぁ準備しておいて損はないってわけよ。
さて、私も屋敷の掃除に入りますか。
屋敷の掃除と言っても私が今から始めるのは、1階の玄関前とお庭の掃除。それから浴室の清掃と入浴準備ね。他の部屋の掃除なんかは当然日中のうちに他の方が終わらせてる。
逆に私は日中は学校に行ってるからそこはできないのよね。それでも清掃する箇所を残してくれているのはありがたい。きちんと、責任もってその場を与えられているという使命感を持つことができるから。
玄関前の掃き掃除を始めてしばらくすると、中里さんが外から戻ってきた。
「ちょっと夕食の材料が足りなかったみたいで」
そう言ってスーパーのビニル袋をちょいと持ち上げる。丸々と膨らんだ袋は今にもはち切れそうだ。
いやいったいどれだけ足りなかったのよ。
「明日の藍の体育祭に持って行くお弁当の材料も入ってるわよ」
私は早くも警鐘を鳴らし始めたお腹にぐっと力を入れて、その高らかな鐘の音を聞かれないようにした。
一人のお弁当は寂しかったけど、そのお弁当の豪華さはうれしくて、寂しさを幾分かは紛らわせてくれた。それが今年はみんなで食べられる……ちょっと恥ずかしいけど、やっぱり嬉しい。
「ついでに自分の買い物もしてきちゃった……柚羽様には内緒ね?」
秋風が吹き始め、寒がりな葉っぱが、早くも枯れて落ちている。
せっかく千葉さんが綺麗に刈ってくれた芝生が台無しじゃない。
私はほうきでせっせと掃き集めていく。
「おかえり」
と上から声が聞こえてきた。
千葉さんだ。
茜色に染まった金木犀の木の上にその顔がひょっこりと生えていた。
年は私の6歳くらい上の男性だ。正式に給仕として働いている人の中では一番若い。
びっくりしたぁ……ていうか、なにやってるんですか?
「剪定だよ。見ればわかるだろ?」
その若さからなのか、私と近いからなのか、私と話すときはラフな人だ。
いや見たら……って、千葉さんの頭しか見えないですけど。
「意味もなくこんなところでぶらぶらしてたら親父さんに怒られちまうっての」
千葉さんの頭が消えたと思えば、がしゃんと金属の揺れる音がした。脚立から飛び降りたみたいだ。
ちなみに、親父さんというのは、お館様ではなく私の父のことである。
「お前こそなにやってるんだ?」
大きな剪定用のはさみを肩にかついでこちらにやってきた。
なにって掃除に決まってるでしょ。せっかくの緑の絨毯の上に茶色い葉っぱが点々と落ちてたら見栄えが悪いじゃないですか。まして今日はお客様がいらっしゃるのに。
「おっとそうだった、すっかり夢中になってたぜ」
えぇ? 忘れてたんですか?
「うっかりしてたってことだよ。さて、早いとこ戻らねぇと」
そう言って、千葉さんは脚立をもう一方の肩にかけてさっさと行ってしまった。
うーん、夢中になるだけのことはある。別に庭師でもないのに、きれいに木が剪定されている。
私も、それこそ専門家ではないけどさ、このお屋敷でずっと生活しているものだから、切られた木が綺麗かどうかはなんとなくわかるもの。
それから何分くらい経ったのだろうか。
「あ、あのあのあの!」
うびゃあ!
「わあああ!」
どしん!
大きな尻餅をついたのは殿村さんだった。
なんでそっちがびっくりするんですか!
「いやだだだって、藍さんが急に悲鳴をあああ上げげげるから!」
いきなり大きな声で背後から声をかけられたら、誰だってびっくりしますよ!
おどおどしてるから声量を調節できないのかしら? この人が殿村さん。
年は30歳くらいだったっけ? ほっそりとしていて、まぁとにかく頼りない感じ。悪い人ではないと思うけど。
この屋敷に来て2,3週間は経つというのに未だに迷子になる時があるっていうんだから……。それほど大きな屋敷でもないでしょ? って私たちの感覚がマヒしてるのかしらね?
「すすすす、すみません……」
で、どうされたんです?
「あ、そそっそうでした。あの、お客様がもういらっしゃってるんですけど、柚羽様がですね、藍さんを探しておられましたよ?」
え……?
ウソ…………もうそんな時間!? やばっ……。
父の怒り狂う顔が瞬時に脳内にプレビューされた。
もっと早く言ってよ!
「すっすす、すみません!」
慌てて屋敷に戻ったけれど、当然父には怒られてしまった。
中里さんが代わりにお茶をお出ししてくださったみたい。
はぁ……。
私は控室にて大きなため息をついた。
まぁしょうがないわね。今更後悔しても。とにかくお風呂の掃除よ。それをしなきゃ。
「夕飯はどうも召し上がらないみたいだから、少しほっとしたわ」
正面で休む中里さんがそっとフォローしてくれた。
そういえば、表に車が止まったままでしたね。いかにも高級車って感じの。
「まったく、可能性はあったとはいえ、困ったもんぜ」
と頭をかくのは料理長の安中さんだ。
「腕を振るったコース料理がおじゃんだぜ。どうすっかな?」
私がお呼ばれしましょうか? 安中さんのコース料理なんて絶対おいしいに決まってるし。
「お、そうしてくれるかい? 自分で食べるのもなんだしな。水上はもう食べちまったし」
安中さんがクマみたいな体格なのをいいことに(?)、その後ろに隠れるように立っていたのが水上さんだ。
目が合うと黙って会釈した。すっごく大人しい人で、無口なんだけど、料理は上手なのよね。この私ですら一口食べただけで黙ってしまったんだから。
……まぁ私が何者って話だけど。
「……お願い、しま……」
消え入りそうな声でそう言われた。せっかく女の子らしいカワイイ声なのにもったいないんだから。
ていうか、うちの父はどういう面接してるのよ!? なんかモゴモゴした人ばっかり採用してるわね。
「ま、藍に頼むにしても、親父さんに許可がもらえれば、の話だろうけどな」
うっ……確かに。どうせ「お前だけ贅沢をするのはおかしい」とか言うに決まってるわよ。
「ふふ、似てるわね」
「冗談だよ。俺からもお願いしておくから、じゃ、後で取りに来いよ」
と、安中さんと水上さんは厨房の方へと戻っていった。
でも、せっかくいつもよりこっちも多めの配置なのに、無駄になりましたね。
「ふふっ、そうね。でも、おかげで楽になったと思えばいいじゃない。藍ちゃん、明日は早いんでしょ?」
はい、いつもよりは早く登校しなくちゃです。応援の準備とかもありますし。
「千葉くんも殿村くんもいるんだから、手分けしてさっと終わらせちゃいましょ」
そんな風に、忙しくもゆるい空気の中、いつものように私たちはその日を過ごしていた……。
はずだった。
「大変です!」
それから約2時間後の19時03分。
「お館様が……お館様が!」
中里さんの擦り切れそうな悲鳴が、私たちの控室に届けられた時、平穏な日常は終わった。
お館様……。
執務室の開け放たれた出入り口から、ちょうど正面にお館様の執務机が見える。
お館様は、その執務机に、うつ伏せ状態で死んでいた。
そこからの私はほとんど記憶がない。
いや、その言い方は間違いだ。
泣き続けて記憶が一定なだけだ。
お館様の背中を見る。
泣く。
そして我慢しなくてはと涙を休めたつもりになり、再度お館様の背中を見ると泣く……。
そんな行為を繰り返していただけだった。
やがて警察が駆け付けた。
警察の、いわゆる制服を着た人たちが入ってきて、そして鑑識の人が入ってきて、手際よく捜査を開始できるように準備を始めた。
そしてスーツ姿の、いわゆる背広組の人が二人やってきた。
「あーどうも、時乃瀬署の銭谷と申します」
年配の刑事さんがゆったりとした口調で手帳を縦に開いて見せた。白髪交じりの頭に、くたびれたトレンチコートと、随分ステレオタイプな刑事だ。本当にこんな人がいるんだなと、おかしなところに関心をしている自分が一番不思議である。
そしてもう一人、こちらはまだ若そう。
と言ってもおそらく同じく刑事さんだろうから、30手前くらいだろうけど。
紺の綺麗なスーツに妙に整った頭髪の刑事は、真新しいような黒光りのする手帳をぱかりと開いた。
「私は、同じく三木松署の時乃瀬でありやす!」
は?
「バカ野郎、逆になってるぞ、逆に」
「あ、申し訳ありません! 時乃瀬署の三木松であります!」
カチコチの挨拶だ。大丈夫かしらこの人。
「えっと……じゃあそこのあなた」
と銭谷刑事は父を指さし、「ちょっとお話聞かせてもらえるかな?」
目を赤く腫らした父が代表して事件のいきさつを別室で語ることになった。
残された私たちはというと、さらに別の部屋をと言われたので1Fの食堂に一旦移動することになった。
食堂は静かだった。上で捜査をしている人たちの足音がかすかにだけど聞こえてくるくらい。
食堂には、私はいつものごとく、一番出入り口に近い場所に座り、左隣から順に殿村さん、千葉さん、中里さんと続き、反対側に安中さんと水上さんが座る。
私たちの相手である三木松刑事は、知ってか知らずかお館様がいつもお座りになっていた席に着いた。
あんな感じで指名されるんですね。
「銭谷さんのやり方が特殊っすね。自分はまだまだ新米なのできないっすよ」
え? 新米なの? という疑問が頭に浮かぶ。
私だけではなく、従業員一同、そう思ったみたい。みんな三木松刑事を見返している。
「ちゃんと事件を解決してくれるんですか?」
中里さんがためらいもなく言った。
「もちろんです!」
随分と力強い返事だった。
「異動早々事件を解決し、そして俺はエリートコースを歩むことになるっすからね」
随分と思い切りのいい欲望なことで。
「ふざけるなよ!」
安中さんが怒った。父がいない上、この場では最年長の男性だ。頼りがいのある迫力だ。
そして次に声を荒げたのは千葉さんだった。
「俺たちのお館様が死んでたんだぞ! 意地でも解決しろよな……。それに、もしこれが殺人事件なら絶対犯人を捕まえろよ!」
「わ、わかってるっすよ。さっきのは冗談として、俺だって警察に入った以上、犯罪者がいるなら見逃したいわけないっすからね」
まぁまぁとそれぞれの部下が例にもれずモゴモゴしながらもなんとか座らせた。
「ひとまず、こちらでも経緯説明をしてもらいましょうかね」
と三木松刑事は手帳を開いた。
「まず……第一発見者はどなたですか?」
「私です」
と中里さんが手を挙げた。
「お館様にお薬を持って行きました際に……うぅっ!」
中里さんは顔を覆い隠す。
「え?」
三木松刑事は目を丸くしていた。「おやかたさま?」
「うちの屋敷の主人、大宜見誠之輔様のことだよ」
安中さんが説明に入る。「うちではご主人様ではなくて、お館様って呼ぶことになってるんだ。奥方さんとの約束でな」
「はぁ。珍しいっすね。わかりました、続けてください」
中里さんは呼吸を落ちつけながら、一言一言を紡ぐ。
「ノックをして、お返事がなかったから……外から声をかけても返事がなかったので、不思議に思ったんです。それで、再度お声掛けしながら不躾ですがお部屋に入らせていただきました。すると、お背中が見えました。執務机にお着きになってらしたのです」
「部屋の扉を開けると、その正面に執務机があり、扉に背中を向けるように座る配置になっていた、と」
「はい。机の正面には窓があり、執務をする上で外を眺めることが気分転換になることと、部屋に入ってまっすぐ歩いたら席に着ける方が効率がいいからという理由でその配置になっているとお聞きしております」
来室者に対して背中を向ける形にはなるけど、実際お館様の執務室に入る人は限られている。
先ほどお越しになった方もそうだけど、お客様は通常、客室にお通しするのでお館様の執務室にお通しすることはまずない。
もっとも、お館様の旧友とかで、お館様ご自身がご案内された場合はその限りではないけど。
「背中が丸まっていて、お休みになっているのかと思い、近づいたら、近づいたら……わああああああああ!」
中里さんは思い出したようで、大声で泣き始めた。
私たちが駆け付けた時のことを思い出せば、目を見開いたお館様が、机につっぷしていた。授業中に寝ている人となんら変わりない姿勢だった。
「ちなみに、その薬というのは?」
「お館様は、」
と間に入ったのはまたも安中さんだった。「最近血圧が高いとかで血圧低下の薬を飲んでたんだよ。それほど特別なことじゃない。もうあの人も50を超えてるしな」
「なるほど……で、すぐに連絡をされた?」
「いえ……」
ぐずっ。中里さんが涙声になって繋ぐ。「私も気が動転してましたが、ひとまずと思い、柚羽様に伝え、そして皆さんのもとに向かいました。それで執務室に向かわれた柚羽様から警察に連絡をと言われたのですけど、取り乱していた私に代わって連絡をしてくれたのはこの千葉です」
と、右手で千葉さんを示す。
「いや、俺も焦ってたけどな……とにかく、電話したのは確かに俺だ」
「ふーむ……」
三木松刑事はペンを咥えて腕を組んだ。何か考えているみたいだ。
「その柚羽さまってのは、先ほどうちの銭谷が連れて行った人?」
「そうだけど」
「その人、なんで警察って最初に言ったんだろな?」
はぁ……? あんたなによその言い方……。私の父が怪しいとでも言いたいわけ!?
「あああ、あの、藍さん落ち着いて」
落ち着いてるわよ!――私はそう言いながら机をばんと叩いた。
「悪いけど疑ってるよ」
三木松は遠慮なくそう言った。
「俺は刑事だ。事件を解決しにやってきている。まして今回みたいな事件、柚羽さんだけじゃなくて、その時屋敷にいた全員を疑うのは当たり前だ。ある意味平等だろ」
何よ急に、偉そうな言い方しちゃって……!
「あのさ、刑事さん」
安中さんが冷めた視線を三木松刑事に向ける。
「なにかしたり顔で言いたそうだけど、別に警察に電話しても問題ないだろ」
「そうですよ」中里さんが続く。「状況を説明すれば、警察から救急車を要請してくれるでしょ? 逆も然り。それくらい知ってます」
「現に救急車も来てくれたじゃねーか。まぁすでに硬直も始まってるとかで、結局警察任せになったけど」
「あら? よくご存じで」
ホントにね。なんか大人って感じ。私なんて119番通報すらしたことないからわからなかったわ。
それにしてもこの刑事なかなかやるわね。
「で、その後、その部屋には誰も入ってませんよね?」
「はい。柚羽様に厳しく言われたので。部屋からすぐに追い出されました」
「わかりました……」
三木松刑事は手帳を閉じると、椅子から立ち上がり、「では、ここからは個別にアリバイなどを確認して参りますから、皆さんはこちらでお待ちください。この部屋からは一歩も出てはいけませんからね」
えぇ!? といの一番に言ったのは私。トイレ行きたいんだけど。
……ていうか、気づけば少し気持ちが落ち着いてるわ。
「お気持ちはわかりますが、捜査のためです。お手洗いなどはそちらの警官に言っていただければ、付き添いありになりますけど、構いませんので」
と、出入り口の扉の両脇に立つ女性と男性の警官1名ずつを指す。
「その前に私はちょっと現場を拝見したいので……あ、そこの君」
と私を指さす。
へ? 私?
「ちょっと建物の案内を頼みたいんだけど」
「いやぁ、広いなぁ」
私は言われるがまま館内を案内していた。ていうか、案内というより、この人が勝手に動き回り、その都度質問してくるからそれに答える形だけど。
「こんなに広いと色々大変だろ?」
えぇ、まぁ。
なんだか随分と馴れ馴れしい人ね。最初の挨拶の時の感じがウソみたい。
ていうか、なんで私? 他の人もいるのに。
「君があの柚羽って人の娘だからだ」
三木松刑事は煙草を取り出した。
館内は禁煙です。
「おっと、そうか……」
刑事はさみしそうに煙草を片付けると、「銭谷さんが見極めたのだから間違いなくあの人はこの屋敷に置いて重要な人なんだろ? その娘さんともなればいろいろ知ってるかなと思ってな」
どういう意味? っていうか、私娘って言いましたっけ?
「さっき怒った時に『父』って言ってただろ」
あ……。
「あんたんとこの、お館様?、か。なにか人から恨みでも買ってそうだったかい?」
あんたねぇ……警察だからってそんな言い方許されるとでも思ってるわけ!? 失礼よ!
「と、いうことは心当たりはないってことか」
ないわよ!
……たぶん。という言葉は口に出さなかった。
「今日いる他の従業員についてもそうか? お館様って人となにかトラブルとかはなかったのか?」
それは自信を持って言えるわ。ないわよ。
今日は珍しくお屋敷にいらっしゃったけど、基本的にお館様はお仕事で外に出かけてらっしゃる時間の方が圧倒的に長いから。
私たち給仕や調理員たちと何かトラブルを起こすような暇さえないもの。1週間顔を合わせないなんてことも珍しくないから。
私が日中学校に行ってる間はまた違うかもしれないけど、それこそその時間はお館様も会社に出向かれてるわけだし。
「それは今日休みの従業員にも言えることか?」
ええ。
「なるほどな……うーん。まぁまだ司法解剖もこれからだけど、最後にお館様を見かけたのは何時ごろだ?」
えっと、16時くらいだったかしら? 確か…………あ………………!
「ん? どうした?」
あ、いえ……。
「それから発見が19時頃。この3時間のアリバイを調べていく必要がありそうだな。ちなみに、食事はいつもはさっきの部屋で取るのか?」
はい。私たち給仕と一緒ということはありませんけど。
「なるほど……で、」
2階を一周して、たどり着いたのは執務室だった。
「今日は珍しく、この執務室で食べていたのだな」
執務机と扉を結ぶ直線上から数歩ほど脇へそれた場所にこじんまりとした円卓がある。お館様が本を読む時は、そちらでコーヒーなどをお飲みになりながら、というのが定番だ。
だけど今、その円卓には食器が置かれていた。
ホント、珍しいわね……。そんな指示あったかしら?
ていうか、そんなことより、マリちゃん……どうしよう!?
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。




