冬の空に春の陽
桜色の風は、雪を溶かして去っていく。揺れる梢が花を散らせば、風の色はさらに薄紅色に染まった。
ここは、流巡の春芽軍と冬白軍の領土の境目。今回両軍が衝突するに当たって選ばれた土地だ。
雪の積もる中、春芽軍を示す桜も咲いている。流巡の外ならばそれは単なる季節の移り変わりに過ぎないが、ここでは境界線の役割を果たしている。
強い風に舞う雪と桜の吹雪を背に並び立っているのは、それぞれの能力者とごく一部の精鋭だけだ。
リスクは小さく、だが利益は大きく。それは互いに言えること。相手を倒すことは困難だが、それが達成された時の見返りが魅力的だ。
「春芽軍の方はお一人いないようですが、そろそろ始めてもよろしいですか? わたくし、待ちくたびれてしまいましたわ」
欠伸を噛み殺しながら口を開いたのは、本当にそれで戦闘をするのかと聞きたいほど、淡い色使いのフリルたっぷりなワンピースを纏った少女。華やかにまとめられたココア色の髪を揺らし、整った顔立ちに花のような笑みを浮かべる。持っている薙刀とひどく不釣り合いだ。
その人こそ、冬白軍隊長の冬白 霜月。元の世界では名家の跡取り娘で、侍女である冬白 夜半と共に流巡へ迷い込んだらしい。
「構わん。あの情報屋は、こんな抗争になど興味を持たないだろう。そちらこそ、あの迷子はいないのか」
返答したのは春芽軍隊長、春芽 百だ。黒い前髪に隠れかけた赤い目が、見る者に強気な印象を与える。
「ええ。また、どこかでお昼寝でもしているのでしょう。次に帰ってくるのはいつになるのか、わたくしにもわかりませんの」
「ではこれで、互いに能力者は三人ずつだな。始めるとするか!」
目にも止まらぬ速さで二人が飛び出した。後には風だけがふわりと吹いたかと思うと、ぶつかり合った百の太刀と霜月の薙刀が火花を散らす。
「お嬢様のくせに、どこでこんな重い一撃を身に付けたんだかな」
「あら。武道は大和撫子の嗜みですのよ?」
戦闘中にも関わらず、霜月は上品に笑う。その姿は確かにヨーロッパの貴族の令嬢というより、淑やかだが強い日本の武家の娘と言えそうだ。
ぶんっと大きく振られた刀が、避けた百が一瞬前までいた空間を薙ぎ払う。その名の通り、薙刀は薙ぐための武器なのだ。
その横を、突風が吹き抜ける。春芽軍の紅羽だ。応戦しているのは夜半で、重い斧で『パンジー』の能力を使い白い翼でひらひらと飛ぶ紅羽を追い詰めていく。
「わあ。君のことは苦手だよ、嫌いだ。来ないでってば!」
「逃げられれば、こちらも追いたくなるものですから。大人しく領土を頂けますね?」
「嫌だ、嫌だよ! 百の領土は、君には渡さないよっ」
高く飛び上がった紅羽の繰り出す矢を、夜半は斧で叩き落とす。同時に能力『ポインセチア』を発動させ、紅羽のまわりに火をつけた。
と、それを妨害するように銃弾が夜半を襲う。それに応じて夜半は大きく左に跳んで回避した。ぶわりとロングスカートが空気を受けて膨らむ。
「紅羽! 飛べるからって油断するなって、いつも言ってるですよね!」
「弥生~」
情けない声で紅羽が呼んだのは、同じ春芽軍の少女春芽 弥生だ。夜半と違いその敬語はめちゃくちゃでズレているのが特徴で、『スイートピー』の能力者でもある。
「二対一でどうしますですか、夜半さん」
「……ですとつければ良いものではないのですが、弥生様」
「百にやれって言われてやってます! 敬語なんか嫌いです!」
やけにでもなったのか、弥生が構えた銃を連射する。そこにふわりと舞い込む影一つ。
「働き者のメイドさん。よろしければ、僕がこちらのレディのお相手をしますよ」
「お願い致します、フィエルード様」
そんな夜半の返事を聞き、フィエルードが舞踏会でダンスを申し込む貴族のように胸に手をあて一礼する。わずかに白の混じった金の髪が、どこか浮世離れした印象を与える。
「どうぞよろしく。言葉遣いがチャーミングなお嬢さん」
「バカにしてやがりますよね、それ。んもう! だから冬白の人たちって嫌です!」
「そんな冷たいことを言わず、僕とダンスのような戦いをしてくださいませんか?」
「しかたありませんです。相手してあげるですよ!」
弥生が銃を構えると、応じてフィエルードがレイピアを鞘から抜く。距離を詰めて攻撃を仕掛ける動作は、行動とはまったく似合わない上品な仕草だった。
弥生が銃を撃っても、そこにフィエルードはおらず一瞬遅い。彼のまとっているマントが、特に邪魔だ。速い移動に遅れてついていくことで、目眩ましの役割を果たしているらしい。
ぶわり、吹雪が辺りを覆う。フィエルードの能力『スノードロップ』だ。真っ白な出で立ちのフィエルードは、その白い景色に紛れ込む。弥生が彼の姿を見失ったと同時に、レイピアによって手首にあるスイートピーが切り落とされた。
「フィエルードさま、退きますわよ!」
雪の中から聞こえた声に反応したフィエルードは、弥生を確認することなく立ち去る。冬白軍は、隊長である霜月の言葉に忠実に従うというのは事実らしい。
花が落とされたためすぐに移動ができない弥生の元へ、春芽軍隊長の百が来た。同じ軍の他の人に触れられれば、再度行動が可能になる。
「戦況、どうなったですか?」
「……お前に敬語を使わせようとしたのは、間違いかもしれないな。結果だけ見れば、春芽の勝ちだ。お前に預けていた領土は奪られたが、俺があちらから奪い返したからな」
「そう、ですか。百はさすがですね」
「当然のことを言っても、何も出ないぞ」
そんな百の態度は、不遜だが嫌味はない。座り込んだままの弥生に手を貸して、立ち上がらせる。
「あの……ごめんなさい、百。負けたりして」
「構わん。勝ったんだからな。弥生が気にすることじゃない」
「百ー、弥生ー」
上空からののんきな声は、紅羽のものだ。白い羽でふわりと舞い降りる。
「帰ろう、帰ろうよ。勝てたし、良かったよねぇ」
春芽軍が勝ったこの総力戦は、流巡に大きな変化をもたらしたのだった。




