猫の横切る道
何の季節感もない街の無機質なコンクリートの道は、鏡のように歩く者の姿を足音に反映させる。
紗奈と種里の音にいつもの軽さはなく、零哉のものも少し重い。夕月だけが、ためらっているようなよそよそしさの小ささだ。
夕月とは、すでに何度か一緒に歩いたはずだ。いつでも、遠慮の混じるそっとした音をさせていた。
「よし、情報買いに行くぞ!」
大きな声を上げた零哉に、他三人の視線が集まる。
にっといたずらっぽく笑ってみせた。こんなことでも注目されるなんて、いかにもリーダーっぽい。
「街が静か過ぎる。何かあると思わねぇか?」
紗奈も、零哉と似た表情になる。何かが起こる予感と、それに対する期待。
次に打つ手はどうするか。相手の出方は? それに対する自分の行動は?
盤上の駒でもあり、司令塔でもある。思うままに動けても、戦略がなければ狩られるのみだ。
「だね。空気がぴりぴりしてる。どっかが大規模戦闘でもするのかな」
「それを探るってわけだ。おい、情報屋!」
「お呼びでー? 雷鳴部隊の方々」
零哉たちの頭上にある建物、ガラスのはまっていない窓のへりにアイリスが腰かけていた。ぶらぶらと揺らしていた足で壁を蹴り、反動で飛び降りる。
「今度はどのような情報をお求めで?」
くるりと一回転して着地したアイリスは、いつものうさんくさい笑顔を貼りつけてこちらを見る。
「アイリス、いっつも急」
「それも売りですからー。で?」
アイリスは一応春芽軍に所属している。だがほとんど単独行動をしているし、戦闘力は不明だが情報稼業により多くの領土を所持している。警戒を兼ねて、用件をはっきりさせておきたいのだろう。
もっともアイリスほどの情報量をもってすれば、その気になれば相手からの攻撃を封じるくらいは難なくできるのだが。
「何か近々あるだろ。それは何だ?」
「んー、それですか。対価はそっちで決めていーですよ」
「輝石 夕月が雷鳴部隊に所属した。これで足りるだろ?」
夕月の能力を見込み、仲間にしようとする者は少なくない。その夕月が部隊に所属したことが明らかになれば、元から領土が広く頻繁に狙われる雷鳴部隊は、これまでより強い相手からより多く襲われることになる。
だが、それが何だ。夕月が雷鳴部隊にいたいと言ったのを了承したのは、他でもない零哉自身だ。
「零哉……」
「夕月は、オレらの仲間だろ」
な? と笑ってみせれば、顔を輝かせて夕月がうなずき返してきた。
「何があるか、ですかー。春芽軍と冬白軍の戦闘ですねー。けっこう総力戦になるっぽいですよ。お釣りはまた今度お支払いします、ではではー」
現れた時同様唐突にアイリスはどこかへ行った。相変わらずのマイペースぶりだと呆れ半分に思う。
「春芽と冬白がぶつかんなら、他は派手には動けねぇだろうな」
もし何か動くにしても、小さなものになるだろう。特に、無所属へのマークは緩くなる。信用できるかわからない、新しい仲間を入れるわけにはいかないからだ。
逆に、小回りの利く部隊には動きやすくなる。零哉たちのような無所属、夏陽軍の速攻部隊や秋色軍の隠密部隊。
春芽か冬白が弱っているところを叩くという手もある。防御も必要だが、攻撃が成功した時のメリットを考えれば、攻める方がリスクが低い。
「作戦会議ってことだよね? 零哉」
さすが紗奈はわかっている。たまにはこうして零哉の言葉を先取りし、言葉足らずなところも補ってくれるほどには。
「ああ。てことで、基地に向かうか」
ここから一番近いのは、本拠地の隠れ家だ。歩き出した零哉に従って、紗奈たち三人もついてくる。
もう足音はいつも通りに弾んでいる紗奈と種里の二人に、思わず笑みを浮かべた。たぶん見えてはいないはずだ。
細い路地と合流するところにさしかかった時だった。
「にゃ!?」
「わっ」
ちょうどそこから出てきた誰かにぶつかった種里が、よろけて夕月に支えられる。
「んん? わー珍しい。無所属さんだ」
姿を現したのは、猫耳フードとしっぽのついたパーカーを着た少女だった。三毛猫柄で、フードをかぶっている。
「オレたちは雷鳴部隊だ。お前は」
「ライ大将の野良猫部隊所属の――」
「ミケ!」
猫耳パーカー少女の後ろから、さらに別の声がした。十代後半から二十代始め頃といった容姿の青年と、彼の数歩ななめ後ろに控えている少女だ。
こちらは先程の少女と柄だけが違う――白猫らしい――パーカーだ。声の主は白猫少女だったようだ。
「うちのミケが何か?」
青年の方が、三毛猫少女の後ろに立ち怪訝そうに問いかけてくる。
「いや。ぶつかっちまって悪ぃな」
「ごめんなさい」
零哉の謝罪に続いて、種里もぺこりと頭を下げる。
野良猫部隊などという名は、聞いたことがない。元々無所属の部隊の情報は流れにくいものだが、用心するに越したことはないだろう。
「へえ……」
「な、何だよ……?」
ふと近づいてきた、三毛猫少女が「ライ大将」と呼んだ青年に零哉は戸惑う。後方でも、紗奈や夕月が武器に手をかけるべきか迷っている。ただ、種里だけは感情の色が見えない瞳でそれを見ていた。
「失礼。良い物語が見えてきそうな気がしてな」
「……?」
物語、とは一体何のことだろうか。
「雷鳴部隊の零哉、君たちには期待している。ミケ、シロ。行くぞ」
「はい、大将」
「またね、雷鳴部隊のみんな。あ、ライ大将、待ってよー」
そうして布製のしっぽを揺らしながら、野良猫部隊は零哉たちの前を横切り再び別の路地へ姿を消したのだった。




