番外編8
ネッケツの視点の番外編。
ここは温泉旅館のとある一室。教師二人が息を荒げていた。
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「あーら、先生がどうしてこんなところにいるのかしらねえ!?」
「いてえ、いてててて、ちが、違うんだこれは!」
温泉から出たところをレイケツに見つかり、問い詰められつい本当のことを話してしまった。
よからぬことを企んでいた思われた俺は、きついお仕置きをされていたのだった。
「全く、あんたって人は昔っから全然成長してないのねえ」
「な、何を言ってるんだ! 僕は生徒のことを思ってだねえ……」
レイケツとは、付き合ってるわけでも結婚してるわけでもない。
まあそりゃあ若いころは過ちもあったわけだが、今となってはもう過去の事だ。
だから俺の交友関係にとやかく言われる筋合いはないはずだ。
おっと、生徒に手を出すのはさすがに問題がないとも言えないわけだが。
「そ、それはそうと、君だって人の事を言える立場なのかね? 僕のクラスの男子生徒二人を連れてきたのは君なのだろう?」
「あら? 妬いてくれてるのかしら?」
そう、さっき露天風呂で女湯を覗こうとしたときにいた生徒は紛れもなくうちのクラスの生徒だ。
その二人をレイケツが連れてきたと考えるのが妥当だろう。
「妬いてるのは君のほうなんじゃないのか? 僕は生徒と楽しむためにここに来たのだからな!」
「ふふ、そうやって強がってばかり言ってるから今でも独身なんじゃないかしら? あの日のことがまだ忘れられないのでしょう?」
俺の心を何もかも見透かしてるとでも言わんばかりのレイケツ。
あの日のこと――。
それは俺がまだ大学生の時の頃のことだ。
バイトで家庭教師をしていたときに、生徒だったのがレイケツだ。
若かったこともあり互いに惹かれあうこととなった俺たちは、つい一線を越えてしまったのだった。
しかし、そのことがきっかけでバイトはクビ。
レイケツの母親からはもう二度と会わないでくれと言われる始末。
俺はレイケツのことを本気で愛していた。
決して遊び半分だったわけではない。
だから、辛かった。
俺はレイケツのことを忘れられずに何度も家に押しかけた。
けれど、決して会ってくれることはなかった。
俺はレイケツに嫌われてしまったのだろう。
もう二度と会えないのかと思うと何もする気力になれなくなっていた。
そんなときにレイケツから一通の手紙が届いた。
『私のことは忘れても、教師になる夢だけは忘れないでいてください』
要約するとそんな感じの内容だった。
俺は、その手紙のおかげでもう一度頑張る決心をした。
こんなだらしないところを見られたくないからだ。
そして、念願の教師にもなれた。
でも、生徒と話すのが、特に女子生徒と話すのが怖くなっていた。
レイケツとのことが今でも心のどこかに引っかかっているのだ。
俺はただひたすら真面目に、生徒のことだけを考え、生徒のためだけに生きることを決意した。
もう二度と、あんな過ちは犯さない、とそう決めたのだ。
それからというもの、俺は女っ気もないまま三十歳を過ぎていた。
そんなときに、レイケツが教師として同じ学校に赴任してきた。
運命だと思った。
俺は、すぐさまレイケツに告白をした。
ずっと、ずっと好きだった、と。
今でも愛している、と。
でも俺は振られてしまった。
もうあれは過去のことだから忘れてくれ、と。
そのほうがお互いのためだ、と。
レイケツは俺のことをもう何とも思っていないのだろうか。
あの日の出来事を今でも思い出してしまうのは俺だけなのだろうか。
「君はいつもそうやって俺をからかってくるな。一体いつになったら本心をさらけ出してくれるんだい?」
「ふふ、何のことかしら? 私は、先生には感謝してるのよ? 先生のおかげで教師を目指すキッカケにもなったし、素敵な宝物まで頂いたのだから」
レイケツは大人びた言動をとってはいるが、心は何一つ成長していない。
あの頃のままだ。
こうやって、本心を必死に隠そうとするところ。
また、俺をいたずらにからかってくるところ。
何もかもがあの当時のままなのだ。
いや、俺のほうがあの時のままなのかもしれない。
まるで時が止まってしまったかのように。
しかし、止まっていた時計の針が、カチカチと音を立てて動き始めていた。
「宝物? 何のことだ?」
「ふふ、本当に気付いてなかったようね。ずっと、ずっと黙っていたことがあるの――」
告げられた真実が俺の心を深く、深く突き刺した。
俺に息子がいたなんて――。
ユウジが、ユウジが俺の息子だったなんて――。
「なぜ、なぜそんな大事なことを言わなかったんだ!」
「ふふ、ごめんなさい、あなたにこれ以上迷惑をかけたくなかった。あの時、私のせいで大学をやめるつもりだったのでしょう? だからまた、私のせいであなたを傷つけたくはなかった」
……ッ!
そ、そうか、あの時に手紙をくれたのはそのことを知ったからなのか。
そう、俺はもう何もかもが嫌になって大学もやめるつもりだったのだ。
教師になる資格もない、そう思って全てを投げ出そうとしていたのだ。
でも、でも――。
「だからといって、そんな大事なことを言わなくていい理由にはならないだろうが! いや、俺が気付いてやるべきだったんだな……。すまなかった……本当にすまなかった…………」
「ううん、私のほうこそ言えなくてごめんなさい……」
あの時、頑なに俺に会おうとしなかったのは妊娠していたのを気付かせないためだったのか。
そうか、レイケツは俺のことを嫌いになったわけではなかったのか――。
「なあ、今更だけど――、俺と、俺と結婚してくれないか?」
「――ええ。喜んで!」
俺は、飾らずにかっこつけることもなくただ呟くようにそう告げた。
レイケツは、昔のように心から笑ってそう答えてくれた。
十七年の時を超えてようやく俺の声が届いた瞬間だった――。




