第一話 雪夜の鈴
その夜、山の麓の家は、風の音に包まれていた。窓を揺らすほどの強い風。外は吹雪。
青年は火のそばで、静かに夜が過ぎるのを待っていた。
その時だった。風の音の中に、小さな音が混じった。
……チリン。
青年は顔を上げた。鈴の音。聞き間違いかと思った。しかし、しばらくすると、また聞こえた。
……チリン。
今度は少し遠くから。そして次の瞬間には、家の近くで鳴ったように感じた。一定の場所ではない。遠ざかり、近づき、また遠ざかる。まるで誰かが、雪の中を歩いているようだった。
青年は窓の外を見た。けれど、吹き荒れる雪が視界を遮り、何も見えない。ただ、鈴の音だけが聞こえていた。
なぜか、その音を無視することができなかった。怖いわけではない。ただ、放っておいてはいけない気がした。
青年は外套を羽織り、家の扉を開けた。一歩外へ出た瞬間、冷たい風が身体を押し戻す。視界は白く染まり、数歩先も見えない。
それでも――
……チリン。
鈴の音が聞こえる。青年は、その音を頼りに歩き始めた。
雪に足を取られ、何度も立ち止まる。そのたびに、鈴の音も止まった。急かすことなく。待っているように。青年が再び歩き出すと、鈴の音もまた先へ進んだ。
どれほど歩いただろう。突然、山の奥から大きな音が響いた。地面が揺れる。雪崩だった。
青年は振り返った。そこにあるはずの家の姿は、白い雪の中へ消えていた。
もし、あの鈴の音がなければ。もし、あの時外へ出なければ。
青年はしばらく動けなかった。やがて、風が少し弱まる。そして――
鈴の音は、もう聞こえなかった。
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数日後、青年は山へ向かった。あの鈴の音に、礼を伝えたかった。
山奥には、長い年月手入れのされていない古い祠があった。青年は苔や落ち葉を払い、雪を掻き分け、静かに祠を清めていく。
その手が、祠の陰に触れた時だった。
小さな鈴が、そこに掛けられていた。
青年はしばらくそれを見つめ、そっと手を合わせる。
「……ありがとう」
短くそう告げると、青年は踵を返し、山を下りていった。
その背中の向こうで――
……チリン。
小さな音が、静かに鳴った。




