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初星  作者: 音音


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8/8

嘘は言っていない

 


 たっぷり眠ったはずなのに眠い。

 早く起きたつもりだが、従姉妹ちゃんの部屋からは物音の一つもしなかったから、もう起きているのかもしれない。


(まぁ、いい時間だもんね)

 部屋を出るときはすでに七時半を回っていた。そこから離れにある洗面所で口を濯いで顔を洗って、最低限の身だしなみは整えて、普段は台所に直行するところを居間にいく。

 服装が寝たときの格好のままなのは、ご飯の時に汚したら大変だからという理由で昔から押し通している。

 気をつけてはいるけど目玉焼きの黄身が垂れることが多いんだよね。

 黄身に少しだけ熱が入ったトロトロのが好きだけれど、たれてしまうとせっかくの黄身が減ってしまうので満足感が一気に下がる。


「おはよ〜」

 お父さんと兄貴は既に家を出ている時間なので、居るとしたらお母さんと従姉妹ちゃんだ。

 自分でも間の抜けた声だなぁとは思うけど、寝起きはどうしても声が出ない。


 居間に繋がる引き戸を開けると、従姉妹ちゃんと、パチリと目が合った。

 従姉妹ちゃんの前のテーブルには、ハムエッグとご飯とお味噌に茄子のぬか漬けが母さんの手によって置かれたところだった。


「あら、今日は起きるの早いわね」

 そういって時計をチラリと確認したお母さん。

 私の分の朝食を用意する時間を考えたのだろう。


「いつものように自分で用意するから大丈夫。それよりも時間まずいんじゃない?」


「ありがとう。じゃぁ、後は頼んだわよ。何かあったら連絡ちょうだいね」


「わかった。

 あと、私が従姉妹ちゃんと一緒にご飯食べたいから、明日からは二人で一緒に用意するから朝ご飯は準備しなくて大丈夫」


「やぁだ、いつも八時過ぎに起きてくる、あんたに合わせよったら朝ご飯が遅うなってお腹すいてしまうやない」

 そうよねー とお母さんが従姉妹ちゃんに同意を求めるように話しかける。


「従姉妹ちゃんがいる間は、早く起きまーす」

本当(ほんま)かしら」

 けらけらと笑いながら、じゃぁ ――ちゃんよろしゅうね~ と従姉妹ちゃんに言いながら、荷物を手に居間を出て行った。


「ということで、明日から起こして。お願いします」

 従姉妹ちゃんに私は手を合わせてお願いする。

「はい」

 こくりと頷く従姉妹ちゃんは、一晩寝たら堅さが戻ってしまっている。


「で、従姉妹ちゃんはご飯何食べる?」

 私の言葉に従姉妹ちゃんはテーブルの上のご飯に視線を向ける。


「でも、叔母さんが……」

「うん。大丈夫、そっちは私が食べるから。

 勘違いだったらごめんね?

 従姉妹ちゃん 自分の見ていないところで準備されたものって得意じゃないのかなって思って」

 気まずそうに俯く従姉妹ちゃんの頭を撫でる。


「え、従姉妹ちゃん、毛がつやつやだね。トリートメントとか何使っているの? それとも若さかな」

 ぽかんと何言われたのかわからないといったように従姉妹ちゃんが私を見上げた。

「ん?」

「いや…… え? あー 家では ―――― 」

 従姉妹ちゃんが答えてくれた商品名は、私も以前使ったことがあるものだ。

 こんなにツヤがでたっけ? と考えるが、そういえば夕べからは、私も離れの浴室を使うようにしたから、従姉妹ちゃんが使ったのは私が普段使っているものと同じものだということに気がつく。

 自由に使っていいよとと伝えたし。

 となると、シャンプーやトリートメントではなく。

「これは若さだな。うん」


「あの……」

 伺うようにかけられた声に思い出す。

「従姉妹ちゃん、朝ご飯なににする? 冷凍した食パンで良ければパンも準備できるけど」

「えっと、えぇ…… 同じもので大丈夫です」

 聞きたいことがあるけど聞けないといった顔の従姉妹ちゃんに思わず吹き出す。


「ふふっ。ご飯食べ終わったら話そうか。

 同じものってなると、お味噌汁はインスタントになっちゃうけれど良い?

 私が何時頃に起きてくるかわからないから、夏の間はお味噌汁は私の分は作らないようになっているんだよね。

 やっぱり食中毒は怖いもの。

 茄子のぬか漬けはぬか床から取り出すとこからになるけど。多いようなら私も食べるの手伝うから遠慮とかしないでね」


「ナスのぬか漬けは大丈夫です。それと、作っている間に冷めて…… 冷めちゃうから、先に食べてくれて良いよ?」

 夕べのやりとりを思い出したのだろう、砕けた口調で言い直した従姉妹ちゃんに笑みがこぼれる。

「じゃぁ、お言葉に甘えて。

 冷蔵庫の中に玉子もハムも入っているから好きなだけ焼いてね。インスタントのお味噌汁は台所のテーブルの上にあるから、自由に選んで」

 私の言葉に従姉妹ちゃんは頷くと、台所へ向かった。




 ◇◇◇◇◇◇




「お母さんのバイト時代の話なんだけど」

「伯母さんですか?」

「そう」

 時折、思い出したように本当に嫌そうに話す。


「学生時代上京していたときのバイト先が飲食店だったんだって。

 一応はチェーン店だったらしいよ。

 何度も話してくれるけど、話す内容もあってお店の名前は教えてくれないんだよね。

 そのお店ではウーロン茶はお店で煮出して作ってるんだって。

 それで…… 大っきい焼酎。ペットボトルのお酒があるの知ってる? これくらいの」

 手を動かしてサイズを伝える。

「スーパーで見たことあります」

「そのお店は、その焼酎のペットボトルに作ったウーロン茶を入れて冷蔵庫で保存しておいて出すってやり方だったんだって。

 それで、その日も注文を受けてウーロン茶を出していて、残り少なくなってきたときにペットボトルの底にカビができているのに気がついたらしいのよ」


 うわっ というように従姉妹ちゃんが顔をしかめる。

「で、お母さんは困ったわけ。

 残り少ないから、新しいものは作ってあるけど冷やしている途中で熱すぎて使えない。

 注文のウーロン茶は今すぐ持って行かないと駄目。

 悩んだ末に、一杯分だけ冷えれば良いんだからと、冷凍庫から出したビールジョッキに少しずつ注いで冷やしたのをグラスに注いで持っていったらしいんだけど。

 その後に今日一日、ずっとそのペットボトルからウーロン茶出していたし、ついさっきも出してたじゃんと気がついて、もう、色々と何やってんだろうってなったらしいよ」


 従姉妹ちゃんが拒否反応からかプルプルと首を横に振る。


「その後、すぐにカビが生えてたペットボトルの中身は捨てて漂白剤いれて洗ったって言ってた。

 後回しにしちゃうと、下手したら厨房に新しいウーロン茶を補充されちゃうかもしれないからって」


「ううっ。なんでお店の人、気がつかないの?」

「やっぱ、そう思うよね。私も突っ込んだ。

 お店に居るのが、ほぼバイトみたいなものだからじゃないかってのが、お母さんの意見だったなぁ。

 一つ、はっきりしてるのは、外食のとき、お母さんがウーロン茶がダメになったことだよね。

 今は、そんな煮出した後冷やして使うなんてめんどくさいことお店でやったりしないよ。とはいったんだけど無理みたい。

 ペットボトルとかドリンクバーとかは大丈夫なんだけど、グラスで出てくるのはアウト判定。ホットもグラスだとダメで、急須で出てくるのはセーフ」


「わたしも今、同じように無理になりました」

 従姉妹ちゃんは、ちょっと涙目だ。


「でも、そのとき話を聞いた兄貴が、オレがバイトしている店はめちゃくちゃ衛生管理厳しかったって、力説してた。

 お母さんの話を聞くまでは細かいムカつくって思っていたけど、これからは店主を崇拝するとまで言いだしてたよ」

「わたしも、その店主さん崇拝します」

 従姉妹ちゃんが真顔で力強く言う。


「結局、どんなお店かなんて、実際のところ中に入ってみないとわからないよね」

「伯母さんがバイトしていたお店って」

「バイトを辞めた次の年に潰れたって言ってた。

 今では展開していたお店も全部閉店してるみたいだよ。

 そこら辺いまだにチェックしてるあたり、お母さん、かなり根に持ってるなぁとは思うけど。

 まぁ、そんな話を聞いているので、従姉妹ちゃんが自分の見ていない所で準備された食事を無理だと感じる気持ちもわかるんだよね。

 無理なら無理でしょうがないじゃん?

 生理的に無理なんだもん仕方ないよね」



 従姉妹ちゃんは静かに考え込んでいる。

 今は話しかけるのも違うかな、とスマホに視線を落とした。

 親友から来ている連絡にタプタプと返事を返す。


「あの…」


 従姉妹ちゃんの声に、適当なスタンプを送って画面を閉じる。


「昨日のお夕飯」

「うん」

「大皿の料理。大丈夫だと思ったんです。お腹いっぱいで、大皿のまでは食べられなかったんですけど」

「うん」

「だから…… なんて言えば…… えっと… シェア。そう、シェアするのは大丈夫なんだなって思ったんです」

「うん、うん」

「朝ごはんのときも、お姉ちゃんが食べてたナスのぬか漬けを分けてもらって食べれるかな? って考えてみて…… それはちょっとまだ(・・)難しいなって感じたんです」

「うん」

 無意識に出たのであろう、まだ(・・) という従姉妹ちゃんの言葉に口元がほころぶ。

「伯母さんを信用してないとか…… そういうことじゃなくて………… お姉さんがいうように、準備してるのが見えないと無理なのかなって。

 でも、それって信用してないってことと同じじゃないのかな…… って……」


 ぼたぼたと従姉妹ちゃんが涙をこぼし始めた。


「でも…… でも、そんなつもりはないんです。でも……」

「うん」

「…… 小学校のとき、男子のツバがシチューに入ったことがあるんです。

 その瞬間をみたわけじゃなくて、近くにいて話が聞こえちゃって」

「…… うん」

 自分の小学校の頃の記憶が刺激されて、相槌が遅れる。

「その男子は野菜が沢山入っているから、自分で食べるのはイヤだって言って、先生のトレイにシチューを置くことにしたんです」

「あー。うん。うん。なるほど」

 シチューって、そういう事を誘引する力でも備わっているのかね。

 罪悪感と真偽を問う気持ち。

 正当化しようという感情と言い訳。

 生温い何かが過去の思い出の上で転がっている。


「それを思い出したら、なんかダメになっちゃったんです。

 自分でもこんな事でって思うんです。

 クラスメイトが何か入れたりする事しないって思ってるのに、わかってるのに…… 給食を食べれない自分が怖くて…… 気持ち悪くて……」

 従姉妹ちゃんが俯くと、目の縁に溜まっていた涙がテーブルにぼたりと溢れ落ちた。

「うん」

「食べたくても食べれない人とか、いじめのニュースとか見ると、もっと大変な思いをしてる人は沢山いるのにわたしなんか…… わたしなんか……」

「うん」

 従姉妹ちゃん、真面目だなぁと思う。

 人生も、身体も、誰かと交換なんてできないから、自分を一番大切にするのが良いと思うけど、それって、けっこう難しい。


「今、私が言えることがあるとしたら、こんなこと言うのもなぁ〜 とは思うんだけど。

 修学旅行が終わってからで、従姉妹ちゃんラッキーだったのかなぁって、思ってる」

「……ラッキー?」

「こんなふうに言われたら、ムカつくだろうし、わかってないとか、いろいろ思うかもしれないけれど。修学旅行前に今の状態になってたら、厳しかったかなぁって」

「…… あ…… そうだと、思う」

 ポカンといった感じで、従姉妹ちゃんは頷いた。

「従姉妹ちゃん、クラスメイトのこと大好きだから、色々困っちゃったのかなって思ったんだよね。

 クラス全体仲いいの?」

「一年、二年生のときと比べてものすごく居心地が良いです」

「うん」

「みんなのこと信じてないみたいで、疑ってるみたいで。でも、そんなつもりは無くて…… どうしちゃったんだろう。自分が……気持ち悪い生き物に見えてきちゃって……」

 んー。これは、叔母さんたち従姉妹ちゃん、こっちに来させて正解だったかも。ちょっと一人でお留守番させるのは怖いかな。


「どうもしてないと思うよ。

 従姉妹ちゃんは気遣いできるし、物知りだし、優しくて良い子だよ。

 今は給食だから、食べれないことが珍しいことのように意識しちゃってるけど、アレルギーとか関係なく他人(ひと)が作ったもの、準備したものがダメなひとって、意外にいるんじゃないかな。


 無理なものは無理だもん。

 自分を責めたり否定したりしなくて良いと思うよ。


 ここまでは大丈夫だけど、ここからは無理みたいな感じで線引きしてる人も多いと私は思うよ。

 私だって、ぬか漬けに限らずだけど、このまな板で切ってそのまま出されるのはちょっとなって思って、漬物とかサラダとか帰省したときに食べなかったことあったし。

 だから、従姉妹ちゃんも気に病まなくていいと思うんだよね」

 顔を上げた従姉妹ちゃんと、パチリと目が合ったので微笑む。


「そのあと漂泊しやすいようにって、予備のまな板を買ってきたんだけど。

 そうしたら、お母さんに神経質なのがズボラなのか分からないわね。って言われたから。

 お母さんはお母さんで私が無意識にしてる何かを、ちょっとなぁと思ってる部分があるんだと思うんだよね」


「わたし、ダメじゃないのかな?」

「駄目なとこなんてないよ。それにさ、大皿のを食べられるって思ったのなら、それはぬか漬けが駄目だとしても、うちの両親や兄貴のこと信用してくれてるってことだと思うよ。

 だって、大皿は先に運んじゃったから、従姉妹ちゃんの視界にずっとあったわけじゃないでしょ?」


 なにが正解なんてわからない。

 感情には正解も不正解ない。

 受け入れるか。受け止めるか。

 受け入れられないか。受け止めきれないか。

 明確な線引きなんてどこにもなくて。

 感情って矛盾していても仕方がないものだと思ってる。



 生き物は、きっと、幼ければ幼いほど、なにも考えずに動くのだ。

 そして、その幼さに年齢は関係ない。



 まずは、従姉妹ちゃんの目元を冷やすタオルを用意しようかな。




 ◇◇◇◇◇◇



「従姉妹ちゃん、自転車乗れる?」


 従姉妹ちゃんの目も涙も、冷やしたタオルの下。

 私も従姉妹ちゃんも、あれから何も話さずに流れた時間。

 スマホはメッセージの受信を通知する。

 家族か親友か、友人。企業からマーケティングメッセージ。

 何がきているのかはわからないが、確認するのは今ではないだろうとスルーしている。


 私の言葉に、従姉妹ちゃんはタオルを外してこちらを見た。

 目は赤いが、目の周りが腫れてないのは冷やすのが早かったからだろう。

 これなら出かけても大丈夫。


「乗れます」

「良かった。今から出かけるとちょうど良いと思うから、試しにパン屋さん行ってみない?」


 私は壁に掛かっている時計を指差した。




 ◇◇◇◇◇◇



「あれ、おでかけ?

 暑いけん気ぃつけてね。

 一緒におるんは? 学校はどしたんな?

 まだ夏休みやないじゃろう?」


 敷地を出たところで行きあった近所のおばさんに、矢継ぎ早に質問を投げかけられる。

 後で従姉妹ちゃんが縮こまりながらペコリとお辞儀をした。

「こんにちは。暑いね〜。

 この子は、昨日から、こっちに帰ってきてる従姉妹。

 おばちゃん、日本はまだでも外国はもう夏休みだよ」


「そう言うたら、去年、甥っ子のクラスにも、そなん子がおったってこと聞いたわ。

 六月の途中から、夏休みが始まるまでだけど仲間が増えた言うて喜んどったって話してくれとったわ。昨日帰ってきたんじゃ行ってもすぐ夏休みだものね。こんどは全員で帰っといで」

「伝えとくね。おばちゃんも熱中症気を付けてな」

 おばさんを見送ってから、再び自転車に跨ると、消えそうな声で、従姉妹ちゃんが話しかけてくる。

「あの……」

「とりあえず行こうか」

 急ぐ予定も無いので、自転車のスピードはゆっくり。

 車の通行量が多く、少し車道の幅が狭い道路に来たところで、自転車から降りて歩道を歩く。

 私に続くように従姉妹ちゃんも自転車から降りて、数歩足早に進み私との距離を縮めた。

 自転車を押しているので、並ぶことはないが、大きな声を出さなくても、会話ができる距離。


「さっきの会話だけれどね、嘘は言ってないよ。おばちゃんが勘違いしただけ」


「でも…… ママが帰ってきたときにばれるんじゃ」

「ばれるも何もおばちゃんが、伯父さんの子供だと勘違いしただけだから」

「伯父さん?」

 従姉妹ちゃんの反応に、あれっ?と思う。

 叔母さん話さなかったのかな?


「叔母さんから聞いたことない? 海外に行ったっきり戻ってこない伯父さん……うちのお母さんや従姉妹ちゃんのお母さんの兄の話。お母さんが結婚する前に海外に出て行っちゃったから、私も会ったことないんだけど」


「え? お母さんにお兄ちゃん居たんですか?」

「居たんだよね。いきなり海外に飛び出して、そのまま三十年近く音信不通だったらしいよ。

 タイミングが良いのか悪いのか、祖父(じい)ちゃんの葬儀の翌日に伯父さんから写真入り絵はがきが届いたんだけど。

 伯父さんとオラウータンとのツーショットの写真で、結婚しましたの一文とメールアドレスが書いてあるだけのものだったからね。」

 祖父(じい)ちゃんが亡くなった悲しみが吹っ飛ぶくらいに家族は混乱した。

「え…… それって……」

「そう思うよね。実際は仕事中の写真で、なんの仕事しているのかの説明がわりに、その写真使ったらしいんだけど」

「えぇ……」







 向かったのは昔からある小さなパン屋さん。

 そこのパン屋さんはケーキ屋さんのようにショーケース越しにパンを選ぶ。

 おじいちゃんとおばあちゃんで営んでいたお店は、一年前から孫が戦力に加わった。

 チリリンと来店を告げる鈴の音と一緒に店内に入る。

 運良く、ちょうど来客が途切れた隙間に着いたようで、お店の中には誰もいなかった。


「あれっ? 今日は看板娘は?」

「いらっしゃいませ。第一声がそれか」

 一年前から戦力として加わった孫が気安くケラケラと笑う。


「ばあちゃんとじいちゃん、今日は同好会の仲間とお出かけ。っていうかさ、来る人みんな第一声が同じなんだけど」

 笑いながら応えるパン屋さんの孫は、中学と高校の同級生だ。

「まだまだ看板娘の座は奪えそうに無いねぇ」

「いや、看板孫っていう肩書を、この間つけられた。看板娘より看板孫のが若いイメージでええじゃろう言うて」

 看板孫は、そう言ってチラリと私の後ろに視線を向けた。


「私の従姉妹ちゃん。可愛いでしょう」

「うん。あんたに似ず可愛い。こう、純粋さが全身から溢れ出てるよね。

 うちのパンは、どれもオススメだよ。このお姉さんが好きなの買ってくれるって言うから好きなの選んでね」


 ショーケースの中には惣菜パンや調理パン。

 ショーケースの外には菓子パンや食パンが個包装された状態で並べられている。

 私が選んだのはカレーパン。

 従姉妹ちゃんが選んだのはツナコーンパン。

 入れ替わるように入ってきた知らないお客さんの邪魔にならないように、レジ前の看板孫に軽く手を振って お店を後にした。


 パン屋さんから少し離れた公園まで自転車を走らせる。

 小さな公園は、お昼どきだからなのか、ラッキーな事に人がいない。

 二人で公園のベンチに座ると、パンが入った紙袋を開けた。

 紙袋のなかには、白のワックスペーパーで包装されたパンが二つ。

 包装を開かなくても透けて見える形と色に、どっちが自分の選んだパンなのかが見てわかる。


 目立つんじゃないかと、居心地悪そうにしていた従姉妹ちゃんの背筋も、パン屋さんを後にしてからは伸びている。


「無理なら大丈夫。私食べるし。

 その時は、コンビニで従姉妹ちゃんが食べたいもの買って帰ろう」


 さすがに、今から家に帰って何かを作る気にはならない。

 カップ麺はあるけれど、お昼が二日続けてカップ麺なのはともかく、その前で私がパン屋さんのパンを食べているのは、ちょっと良心が痛む。


 まぁ、選べたのだから大丈夫だと思うけど。


 従姉妹ちゃんは、私を見て、紙袋の中から手に取ったツナコーンパンを見る。

 じっと見られても困るだろうと、カレーパンが入ったままの紙袋を膝の上に置いて、私はベンチに木陰を作ってくれている木を見上げた。


 木の葉の隙間から、柔らかくなった丸い日射しが落ちてくる。

 視線を上から下に落とせば、葉が風に揺らされると、(かげ)に落ちた木漏れ日がゆらゆらと踊るように揺れる。


 あたりまえに思っていたものが、実は特別なものだと気づいてしまうのは、何故なのだろう。


 幼い子供のように、木漏れ日を捕まえようと伸ばそうとした手は、従姉妹ちゃんの呟きで、紙袋の中のカレーパンに行き先が変わった。


「食べれます。平気です」

 二口目を食べる従姉妹ちゃん。

 私も、取り出したカレーパンにかじりついた。


(飲み物も買ってくるべきだったなぁ)


 自動販売機はと視線を走らせて、この距離を買いに行くのは面倒だなぁと、一口目を飲み込む。


(食べ終わってからでも良いか)

 パンを二個も三個も食べるわけじゃないから、飲み物の調達は食べ終わったあとでも良いかと、二口目にかじりついた。





 ◇◇◇◇◇◇



 そういえば、連絡先を交換していなかったな。と気がついたのは三日目の昼だった。


 従姉妹ちゃんが着いた日の昼には、叔母さんから家の電話に連絡がきて挨拶をしたが、それから家の電話に叔母さんから連絡はきていないので従姉妹ちゃんが家の電話で話していることはない。

 お母さんが留守だったこともあって、その日はお母さんのスマホにも叔母さんから夕方に改めて連絡があったみたいだけれど、もともと叔母さんとお母さんは普段から家の電話ではなく、スマホで連絡を取り合っている。

 だからといって、お母さんが叔母さんからの電話だと従姉妹ちゃんにかわっているやりとりも目にしてもいないし、従姉妹ちゃんの部屋から夜に着信音だと思われる音が聞こえるときがあるから、従姉妹ちゃんがスマホを持っているのは確実だとおもう。


 友達からかもしれないが、きっと叔母さんか叔父さんからの電話だろう。

 だと思うのだが、スマホを触っているところを見ない。


( ん ―――― ? っていうか持ち歩いていないのか?)

 今も私がスマホをテーブルの上に伏せて置いているのに対して、従姉妹ちゃんは置いていないし、ズボンのポケットにも入れていなかったような気がする。

 それってとても珍しいことのような気もするが、どこにでも持ち歩くことに抵抗がある人もいるだろう。

 それに、従姉妹ちゃんにとっては、お母さんのや実家ではあるが他人の家だし、気を使って持ち歩かないようにしている可能性もある。


「従姉妹ちゃん。ごはん食べ終わったら連絡先交換しよう。それと、遠慮とかしないでスマホ使って大丈夫だよ」


 私の言葉に、そうめんを持ち上げていた従姉妹ちゃんが、そのままで固まった。

 惰性でつけているテレビからはお昼のワイドショーを担当するアナウンサーの軽快なしゃべりが耳を刺激して、視線がテレビ画面へと誘われるように二人とも流れた。


「…… はい。部屋にあるから、後で持ってきま……じゃなくて、持ってくるね」

 まだ、たった三日目。

 言葉と態度が硬いのは仕方ないこと。

 だからこそ、友達と話すように砕けた口調で話してとはお願いしたものの、砕けた口調じゃなくてもいいよといってあげた方が、従姉妹ちゃんは喋りやすいのかな? と思ったが、私が友達に話しかけるのと同じように話しかけて欲しいから、まだ様子見。と決めた。




 後片付けを終えた後。従姉妹ちゃんはスマホを持ってくると、テーブルの上に画面を上にしたまま置いて差し出してきた。


 すでに画面のロックは解除されているため、ホーム画面が見える。

 ホーム画面はフォルダを作って整理してあるためスッキリしていて、壁紙にしてある青空の写真が綺麗に見えるようにフォルダやアイコンが配置してある。 


 スマホのホーム画面を目にした私は、目についたアイコンに、思わず、賞賛なのか、そうでないのか自分でもわからない褒め言葉を口にしていた。

「999って…… 初めて見たわ。すごいね」

 フォルダに入れられることなく画面に配置されているメッセージアプリのアイコンは、表示上限値までいっていることを示いている。。


 従姉妹ちゃんは無言でアプリをタップした。


「見ていいの?」

 念の為に確認した私に従姉妹ちゃんは頷く。

 開かれたトークの一覧画面。そこにも上限までいった数字に+がついたものが3つのグループに表示されている。

 他のグループや、個人の未読も結構な数字だ。

 グループの人数が多いほど未読の数字が多い。

 グループ名を見た感じ、上限を超えているのは、学年全体とクラスと学年女子のグループ。

「あ、これ、クラス女子のグループに招待されてるけど」

 そっと従姉妹ちゃんは斜め下に視線をそらした。

 まぁ…… 参加しにくいよね。

 従姉妹ちゃんが学校に来なくなって作ったグループなのかなぁ。

 最初から追加じゃないのは従姉妹ちゃんのことを考えてなのだと思うし、従姉妹ちゃんが話してくれたことを考えると、何かあるなら、味方になりたい、助けたいという意思表示の様にも思えた。


「あ―― もしかして、この通知を見たくなくて持ち歩いていない?」

「……はい」

「でも、叔母さんとか叔父さんと連絡取るのには? 毎回電話なの?」

「パパとママのアイコンは、ホーム画面にショートカットつくってあるから」

 スイッと指を走らせて、次の画面を出せば、確かにホーム画面にショートカットが2つ仲良く並んでいる叔母さんと叔父さんと(おぼ)しきアイコンが二つ並んでいる。

「なるほど」



「これ読めないのは、自分のことが話題になっていたら嫌だからだよね?」

 従姉妹ちゃんは、視線を下に向けたまま頷く。

「何を言われているのか怖いっていうのと、既読つけてしまったら、質問きそうで。

 こう…… どう答えればいいかわからなくて」

 そう言って更に俯いてしまう従姉妹ちゃんの様子に、どうしようかと考えを巡らす。

自分のことが話題になっているのなら、返信しなきゃって考えているから開けない。


「うーん。そうだねぇ……」


 どうしようか? 多分だけど、従姉妹ちゃんがメッセージをチェックできないのって、学校に、クラスに戻りたい。行きたいって気持ちがあるからだよねぇ。返事に失敗できないと思うから開けない? とか?


 私としては、従姉妹ちゃんの話を聞いている限り、メッセージに既読つけなくても、既読付けて無反応でも、夏休み明けに学校行ったときにクラスメイトの対応が何かかわるような気はしないから、気にするほどのことじゃないとは思うけど、当事者はそう簡単には考えられないよね。


「あー、なら、私のお見舞いに来てるってことにしたら? 従姉妹のお姉ちゃんが不治の病で〜とか?」

 私の言葉に従姉妹ちゃんはぶんぶんと首を横に振って拒否する。


「じゃぁ、祖父(じい)ちゃんが危篤ってことにする? すでに亡くなってるし、孫のためなら許してくれると思う」

 何を許すのかわかんないけど。とりあえず、そう言ってみる。


「…… 知ってる人います」


「そっかぁ……」


 それくらいしか、穏便な理由が思いつかない。


 既読をつけるにしても、つけないにしても、私が、どうしろこうしろと強制するものでもないしなぁ……


「「あ…」」

 テーブルの上で震えながら音楽を奏でるスマホに従姉妹ちゃんと声が重なった。


「クラスメイト?」

「小学校からの友達で、中学は別です」

「中学違うなら、出てみたら?」


 従姉妹ちゃんはゆっくりと頷いて、電話に出たのだが、スピーカーにしてる? と思うくらいはっきりとした叫びが響いた。


 従姉妹ちゃんは大きすぎる声に、スマホを耳から遠ざけると、スマホを持たない手で耳を押さえる。

 相手の大きすぎた声に、思考が追いつかないのかパチパチと瞬きをする回数が多い。

 こっちを見た従姉妹ちゃんに、自分の部屋で話しておいでという意味を込めて、左右に手を振った。

 意味を理解した従姉妹ちゃんは、ペコリとお辞儀をして、居間を出ていった。



『ぶじだぁっだぁ〜』

 通話状態にしたときに、私にまで聞こえた声だ。

 そこまで心配してくれる友人が居る事実に、微笑ましくなりながらも、従姉妹ちゃんの周囲の人達が、彼女の不在をどう理解しているのか気になるひと言でもあった。





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