第24話 Dive to the sky!!(前編)
突然だが、俺には苦手な科目がある。
二学期も後半に差し掛かったというのに、その科目において、俺には一向に進歩の兆しが見られない。その苦手な科目というのが、まさに今から始まる飛行魔法実習の授業である。
「はーい、じゃあまずはウォーミングアップがてら、校内を五周してきましょ〜う。よーい」
ピッ、とホイッスルを吹いたのは、飛行魔法実習担当、浦野先生。三十代くらいの女性で、ほんわかした雰囲気の優しい先生だ。
先生のホイッスルの音を合図に、体操服姿のみんなが箒に跨り、次々と飛び立っていった。あっという間に高度を上げて、校舎の向こう側へと見えなくなっていく。
浦野先生が俺のほうを振り返った。
「はい、では藤巻くんは今日も基礎練からいきましょう」
「はい」
「まあ焦らずにね。ゆっくりいきましょう」
先生が言う。小さい頃から当たり前に飛行魔法を使っていたみんなとは違い、この学校に転校してきてから魔法を始めた俺は、毎時間、浦野先生に基礎練からみっちり叩き込んでもらっているのだ。
……が、しかし。
「はい、じゃあまずは箒に跨って〜」
「はい」
俺は言われた通り箒に跨った。ぎゅっと柄を握りしめる。
「魔力をしっかり体にためたら〜、地面を思いっきり蹴って!」
ふわり、と体が浮き上がった。
「はいはい良いですよ〜。真っ直ぐ真っ直ぐ〜。箒と地面は常に平行〜」
浦野先生が俺の隣を箒で並走しながら声をかけてくれる。先生の箒は安定してブレが全くないのに比べ、俺の箒はなんだかひょろひょろと弱々しい動きだ。
「はいじゃあ、ちょっと高度あげていきまーす。ゆっくりゆっくり〜」
浦野先生の箒が少しずつ浮上していく。俺もそれを追いかけ、高度を上げようとするが、上手くいかない。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと箒しっかり持ってたら大丈夫だよ〜」
「うぅ……はい……」
そう返事はするものの、俺の箒は一向に超低空飛行をやめてくれそうにない。
*
放課後。今週は、駿太郎、土井くん、諸星くん、和倉くんとともに、教室掃除の当番だ。
「はあ〜……」
俺は掃除用具入れから箒を取り出して、ため息をついた。
「どした〜? 元気ないじゃん」
土井くんが聞いてくれる。
「いやー、飛行魔法が。まったく上達しない」
俺は箒の柄の先に両手を重ね、そこに軽く顎を乗せて言った。
「まあまあ、まっきーなんてこの前魔法始めたばっかじゃん」
「そうそう。飛行魔法は最初の感覚を掴むのがちょっと難しいかもだけど、一回分かったらあとはスムーズにいくと思うよ?」
「まあ飛べなくても死ぬわけじゃないんだしさあ~。急ぎの時は俺の後ろ乗せてあげるし!」
諸星くん、和倉くん、駿太郎が、口々に言う。
「アリガトウ……ミンナ、ヤサシイ……」
「なんで片言?」
みんなの優しさに感動していると、諸星くんにツッコまれた。
その時、ふと顔を上げると、ぐっと背伸びをして黒板を消している日直の優の姿が目に入った。
「あ、優。俺やる俺やる」
「……さんきゅ」
「お〜、まっきーイケメン」
土井くんにそうからかわれつつ、ちょっと不服そうな優から黒板消しを受け取って、上の方を消していく。
「零治は、キャンセルとか他の基本魔法とかはだいぶ上手くなってきてるし、カンは悪くなさそうなんだけどな」
優が、キュッキュッと黒板を消していく俺を見上げながら言った。
「俺、ジェットコースターとかダメなんだよ〜。だから飛ぶのは怖いんだよお〜。ん、消えたよ」
「サンキュー」
黒板消しを優に返し、床の掃き掃除に戻る。すると、土井くんが言った。
「てかさ、まっきーバレー部なら黒木先輩いるじゃん! 黒木先輩に教えてもらえば? 飛行魔法」
「もちろん教えてもらったよお~。黒木先輩ってめちゃくちゃ面倒見良い人だから、一学期の成績出たあと、『飛行魔法がヤバくて……』って言ったら、部活の前後に特別授業してくれたんだけどさ……」
感覚で飛んでる人だから、『ここでシュッてやる!』とか『もっとふわーって感じでやってみ?』とか擬音語と擬態語が多くてよく分からなかったんだよな……。
「あ、でも、そのときちょうど黒木先輩を迎えに来た菅谷先輩もいろいろアドバイスくれて。菅谷先輩のレクチャーは、わかりやすかったかな」
俺が言うと、和倉くんが頷く。
「ああ、菅谷先輩。教えるの上手そう。将来は小学校の先生になりたいって言ってたし、教える役に向いてそう」
「うん。スゲー分かりやすかったんだけど、やっぱ高所恐怖症だから高度あげんの怖くてさ。無意識にブレーキかけちゃうんだよな……。魔法使いで高所恐怖症の人っていないの?」
「うーん……。箒で飛ぶのなんて小さい時からやってるから、あんまり怖いと思ったことないなあ」
駿太郎が机を運びながら言う。
「そっかあ〜」
そう言った俺の目の前を、「忘れ物したあ〜」と教室に戻ってきたミヤビが横切っていく。
「まあ、やり方ってより恐怖心の問題なら、ここぞって時が来たら、火事場の馬鹿力で飛べるんじゃないの?」
諸星くんが言う。
「そうかな〜?」
そう言いながら、俺は駿太郎の机を運ぼうと持ち上げた。
「おもっ」
俺は駿太郎をじとっとにらむ。
「駿太郎、置き勉するならロッカーに入れといてくれよ〜」
「えへへ、ごめんごめ〜ん」
「……ってか、そういえば前から思ってたんだけどさあ」
俺は駿太郎の机をなんとか運び終え、口を開いた。
「そもそもなんで魔法使いって箒で飛ぶの? 箒以外にも棒状のものっていろいろありそうだし、そもそも棒状じゃなくてもさ、それこそ絨毯とか? てか体ひとつで飛ぶのは不可能なの?」
すると、みんなが首をひねる。
「んー、なんでだろ?」
駿太郎が首を傾げると、諸星くんが口を開いた。
「持ってて不自然じゃないからとか? 魔法使いしか持ってない特殊な物だとさ、もし持ってるとこ見られたら、『なんだそれ!』ってなっちゃうじゃん」
「あとは、フツーに飛びやすいからじゃね? 重さもそんなにないし。絨毯もムリではないけど、柔らかすぎて扱いづらいし、体一つで飛ぶのも、バランスが安定しなくてやりづらそう」
土井くんが言うと、和倉くんも頷く。
「箒の柄を地面と並行にして、柄で軽く体を支えるようにすればバランスが安定しやすいし、方向転換なんかも箒の先端を目安にすればカンタンだよね」
「ほお〜。なるほど〜」
そういうもんなのか〜。納得。前にネットで調べてみた時は、当たり前だけどそんな説明は見当たらず、宗教的な背景から説明しているものなんかが多くてイマイチ納得いってなかったのだ。
そんなふうにダラダラおしゃべりをしつつやっているうちに、掃除もあとは集めたゴミをちりとりで取るだけ、というところまできた、その時。和倉くんが時計を気にしながら、申し訳なさそうに言った。
「ごめん、僕、今日は演劇部で次の公演の配役決める、大事なオーディションがあって。あと任せてもいいかな? 代わりに週末のゴミ捨ては僕がやるから」
「オッケー! もう終わりだし、あとやっとく! オーディションがんばって〜!」
駿太郎がそう返事をして、俺たちも頷いた。
「ありがと〜! すいませーん!」
和倉くんが急いで箒を片付け、スクールバッグを肩にかける。俺は、掃除用具入れからちりとりを持ってきて、ゴミを取ろうとしゃがんだ。
「零治……」
ちりとりでゴミを受けていると、いきなり後ろから名前を呼ばれたので、振り返った。そこに立っていたのは、黒板掃除を終え、席で日直日誌を書いていたはずの優だった。
「ん? どした?」
「なんか……体、おかしい……。めまい、する……」
「うそうそ、大丈夫? 保健室行く?」
優は、どこか焦点の定まらない目をしていた。呂律もなんだかよく回っていない感じだ。俺は驚いて立ち上がった。
「うん……」
突然、力が入らなくなったように、優が膝から崩れ落ちた。




